表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/175

第117話 独断

 荘厳な石造りの会議室。

 中央に置かれた白銀の円卓を囲むようにして、枢機卿たちは沈黙していた。

 壁にかかる七つの光輪を象った紋章──神聖評議会の象徴。その下に、封蝋の割られた書簡が無言で置かれている。

 重々しい空気を破ったのは、一人の老枢機卿の咳払いだった。


「……〈零班〉の壊滅。対象の生存。部隊は“圧倒的な力”により敗北。……これは、ただの失敗ではない」

「敗北どころか、力の誇示だ」


 別の若い枢機卿が、書簡を睨みつけながらそう吐き捨てた。

 その顔は今、怒りと焦燥に歪んでいた。


「これが世に出れば、我らの権威は地に堕ちる。神の名のもとに放たれた刺客が、“異端”に敗れたなどと!」

「だからこそ、今は静観すべきでは?」


 重苦しい声が続く中、ひと際柔らかな声が割って入る。

 褐色の肌を持つ若き女性枢機卿──和平派の旗手として知られるエレナが、静かに立ち上がった。


「……彼の力はもはや神代に匹敵します。我らの手に負える段階ではありません。これ以上の敵対行為は、神の名を汚すことにもなりかねない」

「ふん。神の名を汚しているのは奴だ。スキルなき者が神の摂理に背き、生き延び、王国の希望などと持ち上げられている」


 先ほど声を荒げた青年枢機卿が、怒気を含んだ目で睨みつける。


「異端を許せば、やがて正義が歪む。我々の信仰基盤そのものが崩れるのだ。再度、排除に動くべきだ」

「ならば──()()()()()排除するつもりだ? 何か考えがあるなら構わんが」


 老枢機卿が重々しく問いかける。

 その声音には、叱責の響きすらあった。


「何か策があるのか? 〈零班〉を差し向けた時点で、我々は切り札を切ったのだぞ」


 沈黙。


 返す言葉はなかった。

 力による排除が通じなかったという現実。

 神罰を掲げた正義の剣が、まるで風に散る葉のように折られたという現実。

 その沈黙の中、ふと、灰衣を纏った枢機卿の一人が静かに立ち上がる。

 冷たい眼差しをレンズの奥に宿す、名をラザフォード卿とする男。


「……あれは、“神に選ばれし者”ではない。己の力に酔い、神の秩序から逸脱した異端者にすぎん。だが、我々が動くことで逆に“正統の価値”が疑われるのならば……今は、敢えて動かず“見届ける”のも一手だ」

「ほう……最初に排除を言い出したあなたが、静観を唱えるとは意外ですね」


 エレナ枢機卿が目を細める。

 だがラザフォードは、怯むことなく答えた。


「人は時に、神すら欺く。だからこそ、真の異端か否か……裁きはしかるべき“兆し”を待つべきだ」


 ──誰も気付かなかった。

 ラザフォードの言葉ににじむ“恐れ”を──。

 彼こそ、暗殺部隊〈零班〉を密かに動かした〈黒翼〉の密偵であるという事実を。


(……馬鹿げている。まさか、〈零班〉があれほど一方的に壊滅するとは……“あの男は、我らの想定を遥かに超えすぎている”。完全に“次元”が違う。あれは……災厄そのものだ)


 計画の一環として動かしたはずの刺客が、力の片鱗すら引き出すこともできずに消えた。


(このまま排除を続ければ、いずれ己の関与も明るみに出るやもしれん……)


 自らの正体が露見する危険、神聖評議会内の立場の崩壊。

 ならば──今は「沈黙」こそが最良。いや、“唯一の逃げ道”。力を削ぐ機会を待つのが最善。


「……では、静観とするか?」


 老枢機卿の問いに、会議室内で賛否が交錯する。

 最終的に、多数決により“暫定的な静観”が決定された。

 だがその裏では、それぞれの思惑が密かに蠢いていた。

 再度排除を狙う者。接触を試みようとする者。

 そして──〈黒翼〉の意図とは別に、“彼”に惹かれ始める者も、確かにいた。

 静かに、聖教国の闇が揺らぎ始めていた。



 足音が響く、冷たい石の回廊。

 微かな燭光が揺らぐ先に、二人の影が交差する。


「……あれほどの力。もはや人ではあるまい」


 ひそやかな声。

 暗がりの中でフードを被った男──若き強硬派のザール枢機卿が吐き捨てるように言った。


「神に与えられしスキルを持たぬ者が、神の使徒を屠る──そんな理不尽が許されるのか」

「理不尽ではない。“神を冒涜する存在”に、鉄槌が届かなかっただけだ」


 応じたのは、同じく黒衣に身を包んだ老年の枢機卿。

 その声には微かに焦燥と苛立ちがにじむ。


「だが、我らは沈黙を強いられた。枢機卿会議は“静観”という名の敗北を選んだのだ」

「……ならば動くしかあるまい。我らが“正義”を守るために」


 ザール枢機卿は声を潜め、懐から一枚の羊皮紙を取り出す。

 そこに記されていたのは、新たな刺客部隊の編成計画。

 前回の〈零班〉とは異なり、今回は直接“教団の影”に属する秘密戦力──


「〈神の右腕(ディエステル)〉を動かすのか?」


 老枢機卿の声が低くなる。

 その問いに、ザール枢機卿は静かに頷いた。


「ええ。既に接触は済ませてあります。任務内容は──対象の完全抹殺。二度目はありません。奴が次に現れる前に、痕跡すら残さず消す」

「……本気で〈神の右腕(ディエステル)〉を使うつもりか?」


 老枢機卿は険しい目で問い詰める。


「奴らを使わなければ討てない。あれほどの力を前に、通常の手段など無意味だ」


 ザール枢機卿の言葉には、迷いはなかった。

 その瞳には、執念にも似た熱が灯っている。


「……教皇庁には?」


 老枢機卿の声に、鋭さが増す。


「知らせる必要などない。あのお方が真に動かれるまでに、“異端”は消えているべきだ。そもそも姿を現さないのですから、問題ありません」


 声は冷たく硬い。

 ザール枢機卿の眼が、燭光の中で鈍く光った。


「“あれ”が存在し続ける限り、我らの信仰も、世界の秩序も揺らぐ。レオン──あの男は、“存在してはならぬ者”だ」


 その言葉に、もう一人の枢機卿も無言で頷いた。

 やがて二人の影は左右に分かれ、それぞれ異なる通路へと消えていった。

 地下の回廊には、再び沈黙だけが残る。

 だがその沈黙の裏で、第二の刃が、密かに鍛えられていた。

 “正義”の名を掲げながら、神の意志とは別の──もっと黒く、冷たい、狂信の刃が。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ