表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/173

第107話 初日

 王宮訓練場の石畳の上に、乾いた足音が響く。


「貴様が俺の“教師”だと? 笑わせるな!」


 ラグナルが咆哮をあげ、剣が鋭く振り下ろされる。

 殺意に満ちたその一撃は、ただの訓練ではない。怒り、羞恥、屈辱──すべてを混ぜ込んだ渾身の斬撃。

 だが──。


 キィンッ。


 金属が触れ合う軽い音だけが、静かな訓練場に響いた。

 レオンは一歩も動かず、その剣をわずかに傾けるだけで、ラグナルの斬撃をいとも容易く受け流す。


「……ぬっ?」


 王子の顔が歪む。次の瞬間、再び踏み込む。

 連撃が振るわれる。右から、左から、そして渾身の突き。

 だが、どれも届かない。


「なぜ……っ、止めるな、止まるな俺……!」


 ラグナルの動きが荒くなっていく。焦燥と怒りが混ざり合い、動きが徐々に雑になっていくのが、誰の目にも明らかだった。


「お前のような……成り上がりに……!」


 さらに強く、速く、重く──憎悪に突き動かされるまま、王子は剣を振り続ける。

 しかし、レオンはその全てを受け流す。剣を最小限に動かし、斬撃の力を外へ逃がし、体重を用いず、ただ「受けている」だけ。

 戦っているのではない。

  “処理している”──まるで、格の違いを見せつけるかのように。


「お前のその怒りの先に、何がある?」


 レオンの声が、静かに響く。


「殺して満足か? 倒して、何を得る?」

「黙れッ!!」


 ラグナルが叫び、振るわれた剣が、大きく軌道を外れる。

 その瞬間、レオンの剣が初めて動いた。


 一閃。


 風を切る音。ラグナルの剣が吹き飛び、彼の体が仰け反る。

 地面に落ちた剣が、乾いた音を立てた。


「……!」


 王子の足元が揺れる。剣を失い、言葉も出ないまま、その場に立ち尽くす。

 沈黙。

 そして、静かに歩み寄るレオンが、冷ややかに言い放った。


「どうした。もう終わりか?」


 その声は、情けも容赦もない。まるで、真実を突きつける刃のようだった。


「──拾え」


 レオンの視線が、地に転がる剣を指す。

 王子の顔が、怒りとも屈辱ともつかぬ色に染まる。

 訓練場に、重苦しい空気が満ちていった。

 ラグナルは歯噛みしながら、再び地に落ちた剣を拾い上げる。


「うおおおッ!!」


 怒号とともに、執念を込めて打ちかかる。その剣筋は鋭く、しかし荒れていた。


「雑だな」


 レオンの一言で、再び剣が軽く弾かれる。

 ラグナルの攻撃はことごとく払われ、体勢を崩した彼は膝をついた。


「なぜだ……!  なぜ俺では、届かないッ!」


 悔しげに地を叩きながら、ラグナルは吠えるように叫ぶ。


「俺に……聖剣さえあれば! あれさえあれば、貴様などに……!」


 その言葉を聞いたレオンの目が細く鋭くなる。

 だが、彼はすぐに力を抜くように小さく息を吐いた。


「……少し待っていろ」


 そう言って、レオンはゆっくりと背後を振り返る。

 訓練場の片隅で静かに控えていた近衛騎士の一人が、無言のまま歩み寄る。

 レオンは真っ直ぐにその騎士を見据えた。


「──あれを持ってきてくれ。王子殿下の聖剣を。大丈夫だ、陛下の許可は前もって貰ってある」


 騎士は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、やがて静かに頷いた。


「かしこまりました」


 その背に、ラグナルの息が荒く響く。


「まさか……本気で……!」


 レオンは王子を振り返ることなく、ただ一言を返した。


「お前が欲しいと言ったんだろう?」


 訓練場の空気が張り詰める中、やがて運命の剣が運ばれてくる時を、誰もが無言で待ち続けた。

 数分後、訓練場の静寂を裂くように、重厚な足音が響いた。

 騎士の手には、厳重な封印が施された黒革の鞘。その中には──王家に代々伝わる、選ばれし者にしか応えぬ聖剣。


「──お待たせしました」


 無言でそれを受け取ると、ラグナルは一瞬だけ躊躇した。しかし次の瞬間、燃え上がるような怒りがその迷いを打ち消す。


「ようやく……取り戻したぞ」


 鞘から抜かれた聖剣が、淡く銀色の光を放つ。王家の血に呼応するかのように、剣は鋭く震え、力を帯びていく。

 その光景を前にしても、レオンは表情一つ変えなかった。


「さて、続きをやるか」


 静かに構えるレオン。その声には、敵意も侮蔑もなく、ただ事実を受け入れるような冷徹な静けさがあった。


「ッ──うおおおおッ!!」


 ラグナルは怒りをそのまま剣に乗せ、スキルを解放する。

 光が迸り、風が唸る。〈聖剣〉の加護が雷のように周囲に奔り、彼の一撃はさながら天の裁きのような威力を伴っていた。

 だが──


「甘い」


 その一言とともに、レオンの剣が動く。

 一振り。たったそれだけで、雷を帯びた〈聖剣〉の一撃が、無へと還った。


「……な、に……っ!」


 信じられない、と言いたげな表情のまま、ラグナルは再び構える。

 もう一度。スキルを限界まで解放し、雷刃が閃く。

 だが──結果は同じ。

 斬撃は受け止められ、弾かれ、無力化される。ラグナルの攻撃は、まるですべて見透かされているかのようだった。

 三度、四度。

 叫び、力を振り絞り、スキルを限界まで酷使してなお、結果は変わらない。

 レオンは一歩も退かず、すべてを受け流し、打ち払う。

 そして五度目の交差の直後──


「……終いだ」


 レオンの剣が、聖剣ごとラグナルの手元を跳ね上げた。

 聖剣は高く舞い、地面へと落ちる。ラグナルもまた、膝をつき、息を荒げる。


「今日はここまでにするか」


 レオンは剣を納めながら、淡々と告げる。


「聖剣は──明日また、持ってきてやる」


 その一言だけを残し、レオンは落ちた聖剣を拾い上げ、再び封印用の鞘へと収める。


「すまんが、明日また用意してくれ」


 重々しい足取りで近づいてきた騎士に、それを手渡すと、背を向けた。

 夕暮れの訓練場に、ただ、ラグナルの悔しげな呼吸音だけが響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ