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持たざる者は、世界に抗い、神を討つ  作者: シベリアン太郎


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第102話 戦いの後

 重たい鉱山の空気を抜け、レオンが外に足を踏み出した時、山の麓には既に数百の兵が展開していた。

 王国の青き軍旗、帝国の黒き軍馬の紋章、そして聖教国の純白の使徒旗。

 それぞれの陣営が距離を取りつつ、張り詰めた警戒の中で現場を取り囲んでいる。


「誰だ! 止まれ!」


 帝国の斥候が低く叫んだ。

 待機していた三国の兵たちの視線が集中する。

 王国、帝国、聖教国──それぞれの陣営の前衛が、一斉に身構えた。

 剣を抜く者、詠唱を始める者、距離を取りつつ様子を伺う者。


「待て、俺はその男を知っている」


 緊張が空気を切り裂く中、一人の男が手を挙げて制した。周囲に制止を促すと、彼は一歩前へと進み出た。


「レオン殿!」


 駆け寄ってきたのは、王国軍の騎士だった。〈暗黒騎士〉討伐に、共に戦場を歩いたこともある、戦友である。


 険しい空気の中、騎士が周囲に向けて声を張る。


「この者は我が王国が把握する探索者であり、各地の異変に対処してきた。敵ではない」


 騎士の言葉に、周囲の剣が少しずつ降ろされていく。

 だが、完全に警戒が解けたわけではなかった。

 特に帝国の将官は険しい視線を向け続け、聖教国の司祭たちも訝しげに目を細めていた。


「鉱山跡に入っていたんだな? 中で何があった?」

「〈黒翼〉を追っていた。目的はそれだけだ」


 レオンは簡潔に口を開く。

 帝国の将官が歩み寄り、鋭い目を向けてきた。


「その詳細、我々にも聞かせてもらおう。ここで何があった? 答えろ」


 帝国の将官──黒髪に短く刈り込まれた髪、鋭利な鷲のような眼光を持つ男が、堂々とした足取りでレオンへと歩み寄った。鎧の軋む音すら、威圧の一部に聞こえる。


「貴様のような無所属の探索者に、この地での自由は許されぬ。我々は国家の代表として、当然の権利を行使する」


 その声音には、強い圧力と支配欲が滲んでいる。


「これが“聖域”に関わるものであれば、我ら聖座の務めとしても見過ごすわけには参りません」

 続いて、聖教国の女司祭──黄金の刺繍を纏った白の法衣に身を包み、仮面のように冷たい美貌の女が、細い指を組んで静かに告げる。その瞳は、レオンを値踏みするように細められていた。


 レオンは二人の視線を受け、わずかに片眉を上げた。


(帝国はいつも力でねじ伏せるつもりか。聖教国は……相変わらずだな、自らを絶対正義と信じて疑わない。まったく、どちらも疲れる連中だ)


 レオンは一瞬だけ目を細め、そして王国軍に向き直った。


「──俺は、無所属ではない。王国の人間だ。冒険者でもある。従って、報告すべき相手は王国に対してだけだ。帝国や聖教国に答える義務はない」


 レオンは冷たく、だが落ち着いた声音で言い放った。


「貴様……我々を愚弄しているのか?」


 帝国将官の目が鋭く細められ、腰の剣に手がかかる。その背後では帝国兵たちがざわめき、いつでも剣を抜くことができる態勢に入っていた。


 聖教国の女司祭も冷ややかに言う。


「あなたのような得体の知れぬ者に、“聖域”の真実を握らせてはならぬと判断すれば──排除することも選択肢に入るのですよ」


 だがレオンは、まったく動じなかった。


「別に愚弄などしてはいない。それに……得体の知れぬ者、か。ならば尚更、俺の言葉など信用する必要もない、違うか?」

「くっ……」


 その皮肉混じりの冷笑に、帝国将官は顔をしかめ、女司祭はわずかに瞳を揺らした。


「知りたいのなら、外交を通せばいい。王国に正式に照会することだ。もし、それが信用できないというのなら……お前たちの大好きな神にでも真実を尋ねればよかろう?」


 レオンの口元に、ほんのわずかに影を落とすような笑みが浮かぶ。


「……我らが神を侮辱するのですか!」


 女司祭が鋭く声を上げる。その頬に、微かに怒気の色が差していた。


「侮辱? とんでもない。お前たちの信仰と神の神秘性とやらを、()()()()()()()()()だけだぞ? 感謝こそされても、怒られる筋合いはないな」


 その淡々と煽るような口調に、聖教国の者たちは返す言葉を失う。

 帝国将官の額には青筋が浮かび、低く唸った。


「随分と傲慢なことだな」

「傲慢、ね。……まあ、だとしても、お前たちほどではないと思うがな」


 レオンは微かに肩をすくめる。


「少し自覚というものを持った方がいい。己が力や信仰の正義を振りかざす前にな」


 帝国、聖教国──両陣営から発せられる敵意は、もはや剣呑というより殺気に近かった。

 だがレオンは微動だにせず、冷たく澄んだ目で一瞥し、無言で背を向けた。


(これでいい。奴らには“理解させる”より、“突きつける”方が早い)


 その背に、なお詰め寄ろうとする両陣営の高官たち。だがレオンは、あえて王国軍へだけ言葉を向けた。


「報告する。王国軍の陣へ行こう」


 ──その言葉に、もはや誰も止められなかった。レオンはそのまま、静かに王国軍の陣へと入っていく。

 帝国兵たちは唸るようにざわめき、聖教国の司祭たちは祈りのような呪文を唱えつつ、不穏な目で彼を睨みつける。

 だがレオンの足取りは揺るがない。邪魔だと言わんばかりに、“そこをどけ”、と帝国・聖教国の兵士に鋭い視線を飛ばす。


(これでいい……余計な口を挟ませるな。今は“王国の者”として動く。すべてはそれからだ)


 彼の内心は冷静そのものだったが、わずかに、胸の奥で苛立つ熱を感じていた。


(どこまでも欲深い奴らだ。あの兄も……そして、この国も……いや、きっと、どこでも同じなのだろう)


 それでも彼は、言葉を重ねる。

 ──自分の歩む道は、力を与えられた、傲慢な欲深い連中のためではない。力を持たぬ、虐げられた、見捨てられた弱き者の自由を守ることなのだ。これだけはもはや迷わぬと、心の奥底で自らに告げながら。


「……無事だったか。中の様子は?」

「ひとまず簡単な報告だ。要点だけ話す、いいか?」

「ああ、事態が把握できればそれでかまわん」


 レオンは頷き、静かに語り出した。


「結論から言うと、事態は収束した。〈黒翼〉の連中はほとんど行動不能だ。だが……妖しげな儀式を行おうとしていた」


 その言葉に、周囲の空気が一層緊張する。


「俺は〈黒翼〉を追ってこの地に入った。坑道の入り口、そこには待ち伏せていた〈黒翼〉の末端構成員が潜んでいた。これを拘束し、意識を封じて入口に集めてある。後で引き渡す」


 騎士が顔をしかめる。


「……見張りだった可能性が高いな」


 レオンは頷いた。


「坑道内では複数の戦闘が発生し、深部まで何度も交戦を重ねながら進んだ」

「その最奥。そこに……エリオットがいた。〈黒翼〉の幹部たちと共にな。奴らはなんらかの儀式を行おうとしていた。だが──」


 レオンの声に、わずかに苦い感情が混じる。


「エリオットは……俺との戦いで命を落とした。彼は、その儀式の〈鍵〉として利用されていたらしい」

「残った〈黒翼〉の幹部たち、そしてその他の末端構成員は、儀式の反動と魔力の枯渇により意識を失っている。俺としては尋問の意志もあったが、機密情報を漏洩させないためにも、捕縛と取り調べは王国軍に任せたい」


 騎士は真剣な表情で頷き、手を振って王国軍の兵士に指示を出す。


「……分かった。あとは王国軍が責任を持って対応する。今後は我ら三国の代表で協議する」

「必要なら、後日改めて話す場を設けるといい」

「おそらくそうなるだろう。それにしても、大変だったな……」


 レオンは何も答えず、静かに空を仰いだ。

 空はいつの間にか赤みを増し、夕暮れへと変わりつつあった。

 その下で、かつての兄弟が交わした最後の言葉が、遠い風に消えていった。


「……俺は、もう行く。国王陛下には直接詳細を報告しなければならんだろう?」


 背を向けて歩き出したレオンの足取りには、迷いはなかった。

 ただ、次に進むべき場所を見据える者の、確かな歩幅があった。


 王国、帝国、聖教国──三つの勢力の兵たちは、彼の背を無言で見送っていた。

 彼の名は、やがてそれぞれの国家で語られることになる。

 封印を守り、闇に堕ちた兄を葬り、なお静かに歩み続ける者として──


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