出会い
その瞬間はきっと必然だった。
超常現象から春山冬樹の命を救ったのは水色の髪をたなびかせる少女だった。
そして彼女は美しかった。
この世のものではない程に。
†
最近ずっと人目や気配を感じる。
それは一人暮らしの部屋の中はもちろんお風呂や布団の中などどこにいても何か気配のようなものを感じるのである。
しかしその気配は不思議と嫌な感じがしない。まるで昔にあった旧友のような安心感のある気配であり、逆に心地よさまで感じる気配なのである。
「でもこれって普通じゃないよね?」
どこにいても、布団の奥深くに潜り込んでも感じるためいくら心地の良い気配であったとしても恐怖を感じるのである。
自分、春山冬樹は普通の大学生であるはずなのに!
いつも普通であろうとし普通であることを享受することを常に心掛けているのに!
なぜこんな変わった普通ではない状況になってしまったのか!
そう冬樹が自問自答しているともう大学へと行かなければならない時間になっていた。
準備はすでに済ませてあったので冬樹は鞄を背負って彼が一人住む家をそそくさと出て行った。
†
自宅から大学へはバスで駅まで行ってから、電車に乗ってついた先からは徒歩で行く。
つまりはバスと電車に乗らなければならないのだが、バスの中でも、電車の中でも自宅で感じていた気配を感じ続けた。
さらには座席に座った時不思議と隣の席が一つ空き続けた。まるでそこに誰かがいるように。
こうして冬樹の大学のある下月という街の中の下月大学前駅で降りると大学はすぐに見える。
いつもの道を歩いて行くが、その間も全く途切れることなくあの気配を感じ続けた。
†
大学について今日最初の授業の教室へ向かった。
その教室である授業は単位の穴埋めで取った”この世ならざる者の文化学”という授業であった。
「今日の授業はデュラハンについて解説する。デュラハンとはアイルランドに伝わる悪しき妖精の一種であり首のない騎乗者である。デュラハンの特徴としては……。」
取る授業を間違ったかもしれない。
「デュラハンねぇ……。」
ゲームやファンタジー小説であればよく出てくるやつではあるがこれって大学の授業でやることだろうか?
しかし大学という場所は案外そんな授業がけっこう存在するのである。
恐らくこの授業の先生である吉田晴明という先生はこういうことを日頃研究しているのだろう。こちらにそういった知識を押し付けられるのもちょっと迷惑といったものである。
冬樹がそういったことを考えている間にもやはりあの気配はあり続けた。冬樹の座っている席は両隣とも空いているのだが、まるで隣に誰かが座っているような気配を感じていた。
冬樹がその気配に向かってボーっとみていると、
「春山冬樹君、ちゃんと聞いておきなさい。この知識はきっと君の役に立つだろうから。」
と言われ再びちゃんと授業を聞く姿勢に戻った。
吉田先生とはほとんど喋ったことがないのになぜ自分の顔と名前を覚えているのだろうか?
冬樹はそんなことを少し気に留めつつ、残りの授業を真面目に聞いた。
†
大学の授業が終わり冬樹はバイト先である学校近くのコンビニに向かった。
もうあの気配に関しては少し慣れてきたこともあってあまり気にしないようにできてきた。
しかしその気配とは別の気配を感じ始めていた。
その気配はあの気配と違ってとても嫌な感じの気配がするのである。
以前から感じていた方の気配は一つの強く大きな気配であり悪くない気分になる気配であったが、今回感じ始めた気配はいくつもの小さい気配が雑多に混じっており、不快感と少しの恐怖を感じる、そんな気配であった。
しかしだからと言って何かできるわけではないのでそのままバイト先へと行くことにした。
†
やばい。流石にやばい。
何か湯気のようなものが見え始めたのである。
ただ目が霞んでいるだけの事に最初は思っていたが、結構色とりどりな様々な半透明の存在が冬樹の周りを取り囲んで飛んでいるのである。それらの一つひとつから嫌な気配を感じ取れる。
他のバイト仲間に聞いても特にそんなものは見えないとのことであった。事情を少し話すと体調不良ではないかと言われ早退を勧められた。
実際やばい状況なのでありがたくその話を受け今日はバイトを早退する事にした。
†
バイト先のコンビニから駅への道すがら、嫌な予感が止まらなかった。
相変わらず変な湯気のような奴らは飛び回っており、以前から感じていた安心する気配が打ち消されそうであった。
そして何か邪悪で大きな気配が急速に近づくのを感じた。
その気配は背後から感じたので恐る恐る振り返って見ると……。
「おい、マジかよ。」
つい声が出てしまった。
なぜならそこには首がなく西洋の重鎧を着て首のない馬にまたがる騎乗者がいたからであった。
それは間違いなく授業で出たデュラハンであった!
しかし冬樹は落ち着いていた。なぜならこれは幻視である可能性が高いからである。
だからいかにデュラハンが目の前にいるとて全く動揺する事なく無視すれb……。
そうしているとデュラハンのもったモーニングスターがこちらに向かって飛んできた!
モーニングスターの鉄球は冬樹の顔のスレスレを飛んで外れた。
しかし冬樹は戦慄した。
空気の動きや伝わってくる衝撃からして間違いなくあいつは物理的にこちらに危害を加えることができると理解したからであった。
その瞬間冬樹は踵を返して全力で走り出した。
†
「やばいぞ!どうすれば!」
冬樹はそう叫びながら全力で足を動かした。
周りの人から心配と呆れを含んだ視線が浴びせられたが、そんなこと気にしている暇はなかった。
後ろを振り返ると馬に跨ったデュラハンは拍車をかけて全力でこちらに向かってきていた。正直追いつかれるのは時間の問題であり、うまいこと距離を取れたのは奇跡と言ってもいい程であった。
「あいつ聞いとけと言いつつ何にも役に立たないじゃないか!」
授業でやったデュラハンの情報をひっぱり出してみるものの、歴史的な部分や伝承の成立などあまり現状に役立つ知識はなかった。
しかし速度を出した馬は急には曲がれないに違いない。そう考えた冬樹は目の前にあった路地に飛び込んだ。
これで距離を取れるに違いない、あわよくば振り切れるかもしれない。そう思った時であった。
デュラハンは冬樹が飛び込んだ路地に向かってアクロバティックに馬から飛び降りたのである!
美しくスムーズに前転受け身を取ったデュラハンは徒歩ではあるもののとてつもない速さで冬樹のことを追いかけてきた。
それをみた冬樹は何か賞賛を送りたい気持ちを抑えてまた走り出す。しかしすぐに一つ重要な事に気づいてしまった。
それはこの先が行き止まりであるということだった。
†
冬樹は完全に追い詰められていた。
前方にはデュラハン、その他の方は壁。もう逃げ道はどこにもない。
なんとか対処を考えてみる冬樹であったが一つも対処が思いつかなかった。
冬樹に残されたできることそれは……。
「神様、仏様、なんか心地の良い気配様とにかくお助けっ!」
そう神だのみであった。
それに対してデュラハンは声に対して少し驚いた素振りを見せたもののあまり効果はなさそうだった。
それから間髪入れずにデュラハンはモーニングスターを冬樹に対して打ち下ろした!
今度は間違いなく直撃コースであった。
絶体絶命である。
しかしその冬樹の目の前に人の形をした何かが浮かび上がるように現れ、手に持った鎌で冬樹に向かったモーニングスターを跳ね返した!
「やっとあなたに会えた。」
そう言いながら、鎌を持った人が振り返る。
その人物は水色の髪をたなびかせる美しい少女であった。
そしてこの少女こそあの心地の良い気配の正体であることを冬樹は察した。
その見返り姿はこの世のものではないほどに冬樹の目に美しく映った。