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優しい地球外生命体?

月曜の朝、可燃ゴミを捨てに行く、仕方なく。この辺りはゴミ収集車が早い時間に回ってくるので、今日は頑張って早起きした。

一人暮らしなのでマメにゴミ出しする必要が無く二週間溜めてしまった。指定袋に溢れそうな奴らをギュッと押し込んで口を結ぶ。袋の中の密度が高いので結構重い。

外に出るとやはり寒かった。二月だから当たり前か。見上げると今にも降り出しそうな曇天だ。頭上ではチッチチッチと小さな鳥たちが電線や高い枝で騒いでいる。


「元気だね」


思わず呟く。まあ彼らは生きるために寒い日も暑い日も朝から鳴いて情報交換してエサを探して暮らしているのだ。私より遥かに充実した生き方なのかもしれない。


部屋に戻ってコーヒーを淹れた。って言うか、ただインスタントにお湯を注いだだけだ。

マグカップを持って窓から外を覗う。降ってきた。少し雪も混じっている様で、


「寒っ」


マグを包み込んで両手を温めた。


私は只今失業中だ。去年までアパレル関連の仕事をしていた。そもそも私はオシャレに関心が無い。ただただ周りに流されたと言うか、気づいたらその仕事をしていたのだが、それなりに充実していた。私の在籍していた部署は激務では無かったし業務内容も嫌では無かった。まあ、ざっくり言って人間関係に疲れたから…退職した。

そう、疲れた。(みぞれ)を降らせている鈍色の空を見て、フーッと息を吐く。


──イマノハ タメイキ?


えっ、今のは何。


──フーッ ワ タメイキナノカ?


空耳?私、おかしくなった。


──ソラミミデハナイ


何々、私は周りを見回そうと体の向きを変えようとした。その時、


──ウゴカナイデ!フマレル!


慌てているその声に、自分の足元を見ると、


「ええっ」


危うくコーヒーをこぼす所だった。

そこには五センチメートル程のナメクジがいた。それは透き通ってふっくらとした体を虹色に輝かせた、まるでオパールみたいなナメクジだった。古い建物だと何処からともなく侵入するのだろうか。


──ワタクシハ ナメクジ デハナイ


「じゃあ何?」


──ワタクシハ チキュウガイセイメイタイ デアル


電波状況が良くないみたいに、その声が不鮮明で聞き取れ無い。


「あなた何者?」


もう一度聞いてみた。


──ネエ テノヒラニ ノセテヨ


えーっ、私は躊躇した。この形状の物を手にするのは勇気がいる。


──ネバネバヌルヌル シナイカラ  テノヒラニ ノセテ


マグカップをテーブルに置くと、勇気を出して右手で摘まんでみた。何の感触も無い。そっと左の手のひらに乗せた。重さを全く感じないがオパールみたいなナメクジは確かに私の左手で煌めいている。


『これで聞こえるであろう。触れていると伝達がスムーズになる』


「確かに良く聞こえる。あなた軽いわね、手に乗っている感触が無いわ」


『ワタクシは姿が有って無い様なものだ』


「どういう事?」


『ワタクシは地球外生命体であり、地球上の生物を調査する為、いろいろなものに潜り込む』


「はあ」


『ワタクシは、ワタクシの仲間と共にこの星の優秀な生物の経験や発明、功績、それらを創り出した頭脳や神経や身体全ての情報をレコーディングし、それをグウンに送る』


「グウンって?」


『ワタクシたちのセンターと言うか故郷とでも理解してくれれば良い』


「はあ」


何とも安っぽいSFだ。


『サイエンスフィクションでは無い』


「あなた、心の声も読めるんだ」


『ワタクシは優秀だからな』


「じゃあ、あなたが取得した凄い情報を教えてよ」


『それは秘密事項だ。教える訳にはいかない』


「なんか胡散臭い」


『失礼だぞ、広岡花子』


「何で名前知ってるのよ」


『ワタクシが優秀だからだ。花子、ワタクシの名前を教えてあげよう。ああ、花子には難しくて発音出来ないな。よし、それではワタクシをタマと呼びなさい』


「タマ?猫みたいね」


『ワタクシの名前は、タで始まってマで終わるのだが、その間が果てしなく長く難しい発音だから省略する』


「そう。それじゃタマ、なぜここにいるの?」


『まあ、一仕事終わって只今バカンスを取っている』


「じゃあ、こんな寒い所にじゃなくて沖縄とかハワイに行ってトロピカルドリンクでも飲んでれば良いじゃない」


『ワタクシだってそうしたいよ。こんなジメジメで薄暗い所になんて居たくないわ。でも花子に伝えたい事があるのだ』


「なんかむかつくけど…それでタマは私に何を伝えたいの」


『その話をする前に、ワタクシの先程終了した任務をかいつまんで話そう』


「それって秘密事項じゃなかったの」


『重要事項では無い部分、例えるなら大豆から豆乳を絞ったカスつまりオカラに当たる部分を話す』


おからに失礼だ。私はおからの炒り煮が好物だ。


『ワタクシの任務はグウンが優秀と認定した生物、今回のターゲットは人間でそれが生まれた瞬間その中に入り込む。そしてグウンにとって有益な情報を取得する。その際ターゲットのエモーショナルな部分もワタクシは記録する。これはあくまでもワタクシのコレクションだ。それを花子に聞いてもらいたい』


「はあ」


『今回のターゲットだった男の話だ。彼は長男で、待望の初孫だったので一緒に暮らしている祖父は大喜びだった。彼もおじいさんが大好きだった。彼の少年時代は山に囲まれた自然豊かな所で育った。やんちゃ坊主で小学校に向かう途中、仲間と山の中に入りヤマブドウや桑の実や木いちごを食べたり、木の枝でチャンバラをして夕方まで遊んだ』


「つまり学校をずる休みしたって事ね」


『ある時は理科の授業で虫眼鏡を使って光を集める実験をした。先生からは虫眼鏡で絶対に太陽を見てはいけないと注意するが天邪鬼(あまのじゃく)の彼は、禁止された事をどうしてもやりたくなるのだ。そして、太陽をレンズ越しに見てしまった』


「まじかー。お馬鹿だね。失明したんじゃない、その子。私の知り合いにもそんな人がいた。そのせいで視力が悪いんだって言っていた」


『急いで処置してもらったが眼鏡では矯正できない程の視力ダメージだった。また、ある時、畑で彼は友達と遊んでいた。時期的に籾殻の山を燻して肥料が作られていたんだが、そこをみんなでジャンプして越える遊びをしていた。その時彼だけが長靴を履いていたため、重さで燻っている籾殻に足を突っ込んでしまった。長靴の中に燃えている籾殻が入って両足に大火傷を負った』


「大変じゃない。それでどうなったの」

『彼のおじいさんが、彼の両足を急いで流水で洗って摺り下ろしたじゃがいもを患部にまぶしてキャベツで包んだ』


「そんな事で大丈夫なの?救急搬送して手当をしないと感染症とかで危ないんじゃ」


『かなりの田舎で昔の事だったからね。彼の祖父は民間治療の知識があったらしくて、手厚い看護で大事な孫である彼の足は奇跡的に火傷の跡も全く無く完治した』


「凄いね。悪運強い子だ」


『彼が十三歳の冬、彼の大好きな祖父がこの世を去った。老衰による多臓器不全だったのだが、心臓と呼吸が止まるぎりぎりまで意識はしっかりしていた。入院している祖父の手を彼は毎日通って握っていた。

そしていよいよ最期の時、祖父は彼に好物だったアメ玉が食べたいって言ったのだ。彼は傍にいた医師に許可をもらい黒飴を祖父の口に入れた。美味しそうに舐めていた祖父はそのまま静かに息を引き取った。

彼はその後、やんちゃをやめて真面目な青年へと成長していった』


あれ、私はこれに似た話を聞いたことがあったな。


『月日は進んで彼が社会人なって間もなく、好きな人が出来た。彼は喧嘩は得意だが恋愛については超奥手だった。何度かデートはしたが手を繋ぐまではいかない。そうこうしているうちに彼女は遠くに引っ越してしまった。で、文通と電話で連絡を取り合った』


「随分奥ゆかしいね」


『彼女からの手紙にはあなたに会いたい。近くに来ることがあれば寄って下さい。って綴られていた。丁度、出張で彼女の住まいの近くに行く機会が出来たので、こっそり行って驚かそうとしたんだ。ところが、刑事ドラマで見る張り込みみたいに塀の陰から彼女の記した住所の家を伺っていると、男と彼女が出てきた。しかも彼女の腕には幼い子供が抱かれていた』


「最悪だね。しかも結構ベタなシチュエーション」


あれ、こんな話も、何処かで聞いたな。


『彼はこれをバネにして仕事に邁進した。やがて結婚して子どもも生まれ幸せを手に入れた、はずだった。しかし彼の奥さんがなかなかの発展家で彼女の浮気でかなり揉めた。硬派な彼は許す事ができず、別居する事になったんだ』


「あらあら、何て言えば良いのかしらね」


これに似た話も私は聞いたことが……ある。


『それから暫くして、彼の職場に新入社員が配属された。その中に飾り気のない真面目な女子がいた。周りへの気配りと仕事に対して真摯に向き合う姿勢がとても好ましく思った。仕事帰りに何度か二人で食事をする事になって、様々な話をしているうちに彼は彼女に恋心を持ってしまった』


「それって……」


『そう。彼が好きになったのは花子だよ』


「もうこの先の事は聞きたくないわ」


思い出したくも無い。


「彼は奥さんがいるくせに私を誘ったのよ。やがて社内に不倫の噂が広がって、私は針の(むしろ)だった。彼はとっとと関連会社へ移って、私だけが好奇の目にさらされた。それでも仕事に没頭してあの会社で二年頑張ったのよ。でも私疲れちゃった」


『彼はね花子が大好きだったよ。本当は奥さんとのけじめをつけて花子と一緒になりたかった』


「タマ、そんな作り話慰めにならないわよ」


『彼の本心よ。ワタクシは彼の中枢部にずっといたのだから。彼は彼自身に嘘をつかない。ワタクシは彼の本当の気持ちを記録しているのだ』


「じゃあ、なぜ私から逃げたのよ」


『逃げたのではない。まず彼の奥さんと話を着けた。決着がついて花子に改めて連絡をするつもりだった。そんな時、彼に病気が見つかったんだ』


「病気って、随分都合のいい言い訳ね。彼は私よりかなり年上だったけど病気に無縁に見えたわ。人間ドックでも結果はA評価だと自慢していた」


『それでも病は襲ってくる。元々健康体な分進行が早い。先が見えてしまった。だから花子に連絡を取らなかった』


「へえ、物は言いようね。冗談じゃないわ──私は会いたくて彼の家に行ったの。でも住まいは変わっていた。携帯の番号は使われていないってメッセージが流れた。もう私に関わりたくないって事でしょ。結局彼の心には私なんていなかった、ただそれだけよ」


『そうじゃない。病魔は驚くほど彼をやつれさせた。本当に見る影もない程にね。でも花子の事をずっと思っていたよ。あまりにもその想いが強すぎて、ワタクシは任務完了した今、普通なら絶対こんな事しないのだが、花子に伝えに来た』


「ちょっと待って。タマがここにいるって事は」


『そう。今朝亡くなった。その瞬間ワタクシは彼から脱出した』


「彼は」


『田舎の…彼の実家で送り出すであろう』


「タマ、あなたは彼の実家を知ってるわよね。彼が生まれ時から中に潜んでいたんでしょ。教えて」


『行くつもりか』


「ええ」


『彼はそれを望んでいない』


「タマ、あなたと彼はそれで良いかもしれない。けど私の気持ちはどうなるのよ。それなら初めからこんな話聞きたくなかった」


『花子、ワタクシは彼の最後のメッセージを伝えに来たのだ』


「…………」


『花子、ごめん、そしてありがとう。花子に出合えた事が俺にとって最高の幸せだ。大好きだ、ずっと大好きだ。でもさようなら』


「…………」


『これが彼のメッセージだ。それから彼は医療スタッフに自分が死んだらポストに投函してほしいと封筒を託していた。そのうちここに届くであろう』


「…………」


『花子』


「彼は、彼の最期は苦しまなかった?」


『穏やかだった』


「そう」


『花子、彼はできればずっと自分を忘れないで欲しいと思っていた。でもそれが花子を傷つけたり前に進めないのなら忘れて欲しいとも思っていたよ。彼の中は──彼の頭と心の中は花子で溢れていたよ。以上がワタクシのオカラ、いや、ワタクシのコレクションのひとつだ』



……分かった。ありがとう。私、ちゃんと前に進むし、彼のこともずっと忘れないし、ずっと大好きよ。



「ところでタマはこれからどうするの」


『ワタクシはバカンスが終わると、また優秀な生物が誕生する瞬間に、その中にダイブする』


「そう、じゃあもうタマと会うことは無いんだ」


『そうだね。ただ花子の中にもワタクシの仲間がいるかも……あっ、今のは聞かなかった事に。秘密事項でした』


「えっ、私の中に虹色ナメクジ……」


『おい、言い方』


「あっ、ごめんなさい」


『ま、軽口言えるのなら、ワタクシも安心しました。それでは』


タマは私の手のひらから蒸発するように消えた。

ありがとう、優しい地球外生命体。

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