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飛んで火にいる夏の虫

 星の少ない夜の下、俺と宮下さんは恋人のように身を寄せ合って歩いていた。離れようとしても、宮下さんが離してくれない。

 こういう時、どういう反応をすればいいのだろう。腕に当たっている胸の感触に驚く? 鬱陶しいから突き放す? どれがすべき反応なのかが分からない。誰かと話す事はあれど、誰かと身を寄せ合うのは初めてだから。

 

「……門倉君……胸、痛くない……?」


 消えかけた残り火のように弱弱しい声。まだ罪悪感を拭いきれていなのか。あるいは、罪悪感を拭おうとしていないのか。


「俺は大丈夫。もう傷は塞がったから」


「でも、結構深くまで……」


「傷が治りやすい体質でね。おかげで怪我をしても、仮病だと言われてたよ」


「……あれ、何……?」


「知らなくていい。知らない方が、お互いの為だ」


 憑依された状態で意識を持っていた所為か、宮下さんはなんとなくだが、怪異の存在に気付いている。怪異についてを上手く説明出来る自信は無いし、説明したくもない。知っても良い事は無く、一人の時や暗闇に怯えるだけだ。

 今が良い例だ。宮下さんはただ俺にしがみついて、歩いている自分の足を見下ろしている。俺は暗闇に目を向けながら、常に身構えている。怪異の存在を知る者と知らない者で、ほぼ全てに関して真逆だ。普通にしているだけでも、俺が思ってる普通は、世間一般では異常。腫れもの扱いだ。

 宮下さんは確かに恐ろしいものを秘めているが、それは単なる感情なだけであって、それ以外は恵まれた人間の一人。容姿が良く、運動も勉強も出来て、他人に好印象を持たせる。

 そんな人間が、俺のようになってほしくない。知り合いなら尚更だ。


「明日から二連休ですけど、宮下さんは予定があるんですか?」


「……どうして?」 


「話題を振ってるんですよ。このまま無言で歩き続けても、苦しいだけですから」


「……門倉君の家を探しに行こうとしてた」


「他人の家を本人の了承なく探すのをストーカーって言うらしいですよ」


「だから、言った……」

 

「まだ了承してませんけどね。というか、了承しませんけど。もっと他にやる事ないんですか? ほら、友達とショッピングとか、映画とか。友達を作ろうと思えば、宮下さんならいくらでも作れるでしょ?」


「行きたいけど、門倉君が私に心を許してくれないから……」


「ごめんなさいね。誰にでも警戒心を抱いてしまう臆病者で」


「……でも、だから惹かれる」


 もしかしたら、俺は勘違いをしていたかもしれない。宮下さんは俺に恋愛感情を抱いていると思っていたが、実際は単なる好奇心だったのかも。自分と違う何かを持っている人に興味が湧くのは、人間なら誰にでもあるシステムだ。

 そもそも、恋愛感情って何だ? 胸の動悸や相手を目で追ってしまう事が恋愛感情なら、俺は怪異相手にいつもしている。つまり、俺は怪異を恋愛対象として見ているのか? それはあり得ない……とは、言い切れないな。

 クロ。黒い線を辿って俺の前に現れた怪異。見た目や雰囲気が常人離れしているのに、俺は常人と接するように……いや、それ以上の平然さでクロと接している。今まで不思議な怪異や現象に遭ってきたけど、自分自身に不思議を見出すのは初めてだ。 


「……まただ。また、他の女の事を考えてる。今、門倉君の傍にいるのは私なのに。その人も、私とソックリな女なの?」


「全然。宮下さんにも、他の誰にも当てはまらないよ」


「好きなの……?」


「どうだろうね。嫌悪はハッキリ分かっていても、好意はよく分からないから。傍に誰かがいても平気なのが好意なら、俺は宮下さんの事も好きって事になるね」


「もは余計だよ……フフ」


「やっと笑った。宮下さんは可愛い顔をしてるんだから、人より多く笑わなきゃ。宝の持ち腐れにしない為にもね」


「じゃあ、門倉君も笑わなきゃだね。私に負けず劣らずの可愛らしい顔をしてるんだから!」


「ますます笑うわけにはいかなくなったよ。髭でも伸ばすか。でも、肝心の髭が全然伸びないんだよね~」


 宮下さんの調子が戻った所で、宮下さんの家に辿り着いた。豪邸とまではいかないが、十分大きい家だ。二階建てで屋上付き。窓の数から察するに、部屋の数も多い。家の前にある庭には花が植えられていて、よく手入れされている。

 

「無事に宮下さんを家に送り届けたし、俺は自分の家に帰るよ。宮下さんが家に入ったのを確認してからね」


「後は尾けないよ。だって、今から私は門倉君を家に招き入れようとしてるんだから」


「夜中に愛娘が男を連れてきたら騒ぎになるんじゃない?」


「まぁ、そうかもね。でも、それでも私は門倉君を家に招きたいの。ファミレスで起きた事のお詫びじゃなく、家まで無事に送り届けてくれたお礼としてね」


「詫びじゃなく、礼か。なら、貰わなきゃ損だね。じゃあ今日は、宮下さんの罠にまんまと嵌まろうかな」


「やった! それじゃあ早速、行こっか!」


 そう言って、宮下さんは満面の笑みを浮かべながら俺の手を引いた。扉を開けた先で見えた家の中は、外観よりも立派なものだった。掃除が隅々まで行き届いた綺麗な廊下。壁や棚の上には家族写真が飾られており、どの写真も楽し気な雰囲気だ。

 そして一際目を惹いたのは、廊下の真ん中で座るデカい犬だ。ゴールデンレトリバーとかいう犬種だろう。犬は家主の一人の帰宅に舌を出して喜び、真っ直ぐに俺の方へ寄ってきた。

 いや、なんで俺なの?


「あら? パインちゃんは門倉君の事をもう気に入ったのかな?」


「パインちゃん?」


「パイナップルを食べてた時に、お父さんが買ってきたからパインちゃん」


「もっとマシな名付けがあったでしょうに―――うぉっ!?」


 パインは俺の体に飛びつき、つぶらな瞳で俺を見つめていた。デカい犬なだけあって、二足で立った状態だと俺の肩まである。抱え上げてやると、尻尾をフリフリと揺らしていた。上機嫌なようで何よりだ。

 ふと、宮下さんに目を移すと、宮下さんは羨ましそうに自らの飼い犬を睨んでいた。


「門倉君から抱きしめて貰えるなんて、羨ましい……!」


「犬相手に嫉妬しない。可愛がってるんでしょ? パインちゃんの事」


「それとこれとは別! もういいや。私は空いてる背中にっと!」


 犬を抱きつつ、背中から宮下さんに抱きつかれている。いつまでも玄関で立ち止まってないで、そろそろ家の中に入りたいのだが、しばらく膠着状態が続きそうだ。

 

「麗香、帰ったのか? 今日は遅かっ……たね……」


 廊下を進んだ先にある扉から、一人の男が出てきた。眼鏡を掛けた清潔さに溢れた人だ。おそらく、あの人が宮下さんのお父さんだろう。


「どうも。宮下さんと同じ学校に通ってる人間です」


「あ、ああ……どうも……ママ! ママ!! 麗香が男を連れて来たぞ!!!」


「何ですって!? あら、本当じゃない!!! どうも~、麗香ちゃんの母です~!」


「あ、父です! どうぞこれからも良好な関係を!」


「……うす」


 どうしよう、凄く帰りたい。宮下さんの両親なだけあって、どちらも凄く容姿が良いし、良い人そうだ。

 ただ、尋常じゃないくらいに俺に興味を示している。まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のように、大声で喜びを露わにしている。

 背後から、カチャリと鍵が閉められた音がした。振り向くと、宮下さんが笑みを溢しながら扉の鍵を閉めていた。  


「絶対に逃がさないよ。この好機を不意にしたくないからね」

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