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輪廻

 聖歌高校を卒業し、入学した大学卒業後、すぐに就職。気付けば、もう二十九歳だ。人間関係や仕事も上々。容姿が良いおかげで、性別関係なく求婚されるから。婚期はそれほど焦っていない。他人から見たら、私の人生は順風満帆。何一つとして不満があるように見えないだろう。

 でも、私の心に開いた穴は埋まらずにいる。高校一年の時に再会し、すぐに離れ離れになった門倉冬美。可愛い容姿の癖に、攻撃的で、不意に優しい。私の好意に散々な扱いをした挙句、別れの時は期待させるような事ばかりをしてくれた。

 あれから十四年。私は未だに冬美を待っている。お互いの居場所を見つけたら再開しようと言ってくれたけど、あの時から冬美は携帯も持っていなかったから、再会の連絡手段なんか無い。向こうから来てくれるのを期待して、この町に留まり続けているけど、もう十四年も経った。

 案外、別の場所で、別の女と一緒になっているのかもしれない。冬美は容姿が可愛いし、棘のある口調の割に優しい。彼の本質を知った人なら、きっと好きになる。昔の私なら、冬美が他の女性と一緒にいるだけで機嫌が悪くなったけど、歳を重ねて、悲しみや辛さを受け入れられる余裕が身に着いた。 

 それでも、やっぱり、ちょっとだけ。


「……ショックだな」


 差している傘越しに、雨空を見上げた。ここ数日、ずっと雨が続いている。次に晴れる日が分かっていないみたいで、逆に雨の日が来月まで続くのは確定らしい。年々おかしくなる気象だけど、今年のは少しおかしい。まるで冬に積もる雪のように、明日も雨が降るのを誰もが予感している。いつか、四季に新しい季節が増えてしまうかもしれない。

 そんな事を考えながら、自宅までの帰り道を歩いていると、子供が一人、傘も差さずに降り落ちる雨を見上げていた。少し変な子だと思ったけど、今の時刻は午後十七時。一人で外にいるなんて、何か事情があるのかもしれない。

 私はその子を傘に入れてあげると、視線を私の顔に向けてきた。歳は十歳前後だろうか。少年なのか、少女なのか判別し辛い。そんな可愛い外見とは裏腹に、目付きがやけに鋭い。目の下には濃い隈があり、私を見上げる瞳は、黒く塗りつぶされていた。


「……誰?」


 この子、私の奇病が効かない。冬美以外に、私の奇病が効かない人がいたんだ。浮気をするわけじゃないけど、凄く嬉しい。この子は、この子が持つ自分らしさを私にぶつけてくれる。

 

「君、こんな場所でどうしたの? 家は?」


「……家出」


「両親と喧嘩しちゃった?」


「俺に親なんかいない」


「ご、ごめんね……!」


 普段、他人に何を言っても問題なかった弊害が出てしまった。私、こんなにコミュニケーション能力が落ちてたんだ。

 なんとか機嫌を取り繕うとした矢先、この子から腹の音が鳴った。


「お腹、空いてるの?」


「……」


「……家、来る?」


「……行く」


 私は見ず知らずの子供を家に招き入れてしまった。悪い事をしているみたいでドキドキしてたけど、私が作った料理を美味しそうに食べるこの子の顔を眺めている内に、不安が消えてった。よほどお腹が空いてたのか、一心不乱に料理を口の中に放り込んでいる。ちゃんと噛んでるか心配だ。


「美味しい?」


「ハフ、ンフ!」


「フフ。喉に詰まらせないようにね」


「これ、美味い」


「本当? 嬉しいな」


「……その、今更だけどさ。なんで、俺に飯を食わせてくれたんだ? あんたと俺に、面識は無いはずだけど」


「なんで、か」


 本当になんでだろうね。お腹を空かしている子を見逃せなかったのか、初恋が拗れて十代前半の子にしか恋愛感情を向けられなくなったのか。

 それとも、この子が、冬美に似てるから? 年齢も容姿も違うけど、なんというか、捻くれた感じが似てる。私が歳をとった所為か、それが可愛くて仕方ない。


「君が可愛かったからかな?」


「男に可愛いとか言うな」


「そんなに可愛いんだから、女の子と間違っちゃうよ」


「俺は男だ! 今はこのままだけど、いつか体をデカくしてもらうんだ……まぁ、今はアイツに会いたくないけど」


「まぁ、とりあえず今日は泊まっていきなさい。ゲーム機とか何も無い代わりに、美人なお姉さんが添い寝してあげる!」


「いらん!」


 そう言っていたにも関わらず、結局二人で一つのベッドで眠る事になった。対面だと恥ずかしいからと、背中側から抱き着いてくる。なんだかんだ言って、寂しいのかも。


「勘違いするなよ……俺は、毛布が無きゃ眠れないんだ。悪夢を見るから」


「うんうん。大丈夫だよ~」


「なんか、ムカつく……なぁ、本当に何で俺にここまで優しくしてくれるんだ?」


「言ったでしょ。君が可愛いから」


「また可愛いって……もういいや」


「そうそう。自分の武器は素直に使わなくっちゃ。それじゃ、おやすみ……えっと……ねぇ、君の名前は?」


「名前? 門倉冬美だけど」 


「……え? それってどういう―――」


 私が振り返った時には、既に眠りに落ちていた。体を揺さぶって起こそうとしたけど、深い眠りに落ちているのか、目覚める気がしない。

   

「……ハァ……こっちは歳を取ったってのに、君は少年になっちゃったのか」


 記憶とは違う年齢と容姿をしているにも関わらず、目の前にいる子供が冬美だという事を不思議と受け入れてしまう。元々、不可思議な出来事に首を突っ込んでいた人だったし。それに、この子が門倉冬美なら、今までの言動に既視感を覚えていたのも頷ける。

 私の初恋の人は、私との約束も、私の事も、全部忘れてしまっていた。だが、これはチャンスだ。私の記憶とは違う門倉冬美は、私の事を何も知らない。でもそれは、他の女も同じはず。ここで好感度を稼いで、私に依存させる。年上の余裕と魅力で、今度こそ私だけを見てくれるようにしてみせる。


「私を待たせた分、遠慮なく可愛がってあげるから……たとえ、君が憶えてなくてもね」


 彼にソッと手を回し、ゆっくりと私の胸に抱き寄せた。明日から早速、冬美をこの家に閉じ込めよう。

 予定していた終わり方があまりにも寝取られみたいで可哀想で、こうなりました。

 この後の二人の暮らしについては、近い内に短編で出しますが、今作品についてはこれで完結とさせていただきます。

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