表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/54

上下関係

 目を覚ますと、体が軽くなっていた。怪我や疲労による痛みや、俺の体を埋め尽くす守り人の苦しみが感じられない。今の俺の体には、何も無い。

 均等に並べられた長椅子。色鮮やかな窓。清潔感のある白い壁。壇上の背後に立つ奇妙な像。長い間封じられていたにも関わらず、教会の中は当時のままかと思う程に綺麗であった。

 最前列の席に座っている俺が隣の席を見ると、窓から差し込む陽光を独り占めするセイレンがいた。 


「目が覚めましたか?」


「……ああ」


「君と、見知らぬ協力者さんには感謝しなければいけませんね。十二の行事による封印だけでなく、監視役の守り人も対処してくれたのですから」


「……あんたの足止めをしようと考えていたが、今の俺じゃ、どうにも出来そうにない」


「ここまでの荒行。守り人からワタシの過去を聞いたようですね」


「セイレン……人を救い、人によって封じられた救世主。それが、あんたの正体なんだろ?」


「人からその名で呼ばれるのは、随分と久しい。ワタシがセイレンとして呼ばれていた頃は遥か彼方。どうにも型にハマらない。どうか、以前と同じくネムレスと呼んでください」


 そう言いながら、ネムレスは俺に目も暮れずに奇妙な像を眺めていた。俺もネムレスに合わせて奇妙な像に目を向けた。塔のような体と、風車のような顔。男と女の特徴が混ざった腕を生やし、指は十本。本当に奇妙な像だ。

 

「ワタシが穢れを祓った後、人と共に主を模した像を創りました。形こそ似せましたが、本来はこれよりも遥か頭上に聳えるお方。何度見ても、やはり小さすぎますね」


「……恨んでるか? あんたを封じた人間を」


「恨む? まさか。むしろ、ワタシは嬉しい。かつては脅威に為す術も無かった人が、ワタシを封じ込めるだけの力量に成長したのです。恨むどころか、お祝いに値する偉業だ」


「じゃあ、何故封印を解こうとしたんだ?」


「人が成長した今、ワタシの事を憶えているのはごく僅か。善と悪を持ち得た人に、ワタシが与えるものなど何も無い。ならば、ワタシの使命は完遂したという事。帰還する時なのです」


「あんたの使命は地上の不浄を浄化する事。なら、人の心にある悪を浄化しなければ、使命は完遂したとは言えないんじゃないのか?」


「確かに! ここを飛び出し、この世界の悪という悪を浄化しましょう!……とは、いかないのですよ」


 席を立ったネムレスが、俺の目の前にやってくる。黄金に輝く瞳に見つめられ、目が離せない。出会った当初に感じていた恐怖は感じず、感じるのは無力感ばかり。人が自然に勝てないように、目の前に立つネムレスに逆らう気力がまるで起きない。

 

「善と悪。それは対極でありながら、実際は一つの塊なのです。どちらか一つに偏れば、塊から雫が漏れ、雫はやがて穢れとなる。悪を完全に消去しても、残った善が腐敗していき、やがて穢れとなって爆発する。要は、善と悪は等しくなければいけない。秀でた才能が限られた者にだけ開花するのも、バランスを保つ為。上下関係というものがあるからこそ、人は対策を練る。上の者は自らの地位を守る為。下の者は地位を獲得する為。その過程で、善と悪が拮抗する」


「……さっぱり、分からんね」


「フフ。それで良いのです。今の君が感じているように、我々と人は対等ではありません。見上げても見えぬ位置にワタシは立ち、その天空の座に主が鎮座しているのです。理解をする必要も可能性もありません」


「……ネムレス。あんたは、人を見下し過ぎだ」 


「ほぉ。というと?」


「さっきあんたが言った上下関係。上の者は自らの地位を守っていると言ったが、それはあんたが計れる人間の限界だ。だがな、長い年月の中で、人の中に例外という括りが出来た事をあんたは知らないようだ」


「我々に匹敵する人が誕生しているとでも?」


「具体的な時間は分からんが、あんたは大昔に人間によって封じられた。ほとんどは劣化したかもしれないが、例外の人間は成長した。時間の積み重ねと共に、遥かに力を増してな」


 ネムレスが言った事は本当だろう。このまま見過ごしても、ネムレスは本来の場所へ帰っていく。荒事にならず、世界に一つの変化も無いままに帰る。誰にとっても、ベストな結果だ。

 だが、こうまで差を見せつけられると反抗したくもなる。逆らう事が出来ないと感じているのが本能なら、俺の思想が反抗心を焚きつけている。人は神に届き得る力を持っていると信じているからだ。


「随分な自信だ。そうまで君を焚きつけるのは、一体何でしょうか?」


「言ったろ。あんたは人を見下し過ぎだ……気に喰わねぇんだよ」


「こうまで言われてしまうと、会いたくなりますね。君が言う、特例の人間というものに」


「あんたが向かわずとも、向こうから来るさ。守り人の監視は消え、俺が張った結界とは別の結界も消えた。門は開かれた……奴が、来るぞ」


 教会の扉が開かれた。扉の方へ視線を向けたネムレスの表情に、驚愕とも歓喜とも取れる感情が表れた。振り向かずとも、その表情で誰が現れたかは想像に容易い。

 酷く冷たい空気が、窓から差し込む陽光で暖かった教会内を凍てつかせる。目や耳や鼻で捉えずとも、脳に直接訴えかけてくる危険信号。まるで死が実体となって現れたかのような存在。大袈裟な表現さえも超えてくる現実。


「門倉冬美……彼女、いや彼か? 一体……誰なんだ?」


「ルー・ルシアン。天才を自称する狂人だ」


 聞こえる足音が、徐々に近付いてくる。視界の端に見えていたルー・ルシアンの足が通り過ぎ、ルー・ルシアンは壇上に立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ