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伝承

 ネムレスと教会についての情報を仕入れるべく、生徒会室を訪れた。空間に入るのも慣れたものだ。案内人としての橘先輩の立場が無いな。

 生徒会室に入ると、いつもは副生徒会長が座っている席に、別の人間が座っていた。服装は聖歌高校の学生服だが、明らかに老人だ。開いている目には光が無く、生気の無い顔をしている。


「おぉ。ここを訪れるお客さんとは、珍しいな」


「あー、まぁな。爺さん、俺は人を捜してるんだ。肩までの銀髪に、琥珀色の瞳をしている少女だ。知ってるか?」


「えぇ? なんだって?」


「銀髪の少女! 琥珀色の瞳をした女だ!」


「聞こえとるよ。そう大きな声を出さんでくれ。え~と、なんじゃったかな……あぁ、憶えとらん」


 思い出すまでに妙な沈黙が挟まれたせいで、体がガクッと動いてしまった。しかも結局知らないらしい。声を出せるだけでも奇跡な程に、この老人にはガタがきている。そもそも、なんでここに老人が。しかも学生服を着て。

 とにかく、いないと分かればここに用は無い。別の空間をあたってみよう。


「ちょいと待ちなさいな、若いの。久方ぶりの話し相手だ。今について教えてくれんか? そうじゃな……今は、何年になる?」


「二千、十六年」


「二千十六年! ハッハハハ―――ゴホッ! ゲホッ!」


「おいおい。大丈夫かよ、爺さん」


「カヒュ……! す、すまんな。年甲斐もなく大笑いしてしまった。そうか、もう二千年代か……」


「……なぁ、爺さん。あんたは何年生きてる?」


「もう、憶えとらんよ……ずっとずっと、ここに囚われておる。あの教会のせいじゃ。ほれ、ここの裏にある教会じゃ」


 老人は窓の方へ顔を傾け、窓から見える教会を眺めた。その横顔は、全てを失った顔にも、全てに諦めがついた顔にも見えた。

 この老人は教会について知っている。あの副生徒会長とは違い、ペラペラと自分から喋ってくれるし、ネムレスと教会の事を聞き出せるかもしれない。


「爺さん。あの教会は一体何なんだ?」


「あれは遠い遠い、気が遠くなる程に遠い時代に建てられた墓じゃ」


「墓?」


「教会が建てられる前、ここには学校など無く、乾いた土と枯れ木の世界だった。怪異と呼ばれる化け物どもがあちこちにのさばり、空を覆う雲は黒く染まっておった。打開しようとした人間がいたが、そのほとんどが返り討ちに遭った。だが、ある時。空が割れ、地上に差し込む光と共に、一人の男が現れた。宝石がただの石ころに見える程の美しさと、男が立つ場所だけが別世界に見える存在感があった」


 ネムレスだ。奴は封印されていて尚、死ねないはずの俺を殺せる異質な存在感がある。


「瞬く間に地上の怪異を滅した男は、自らをセイレンと名乗った。不浄の地を浄化させる為に降り立った天使だと。以来、乾いた土は水で覆われ、枯れ木に緑が繁殖した。全て、セイレンという一人の男の力で。人は彼を崇め、彼も人を愛した。自らの力と知識を与え、長い眠りについた。セイレンは人を信じていた。信じ過ぎていた……人が文明人となった頃、世界は再び不浄と化した。人工物が誕生したのだ」


「自然の世界から、人間の世界に変わったのか」


「人は知識をもとに、技術を手に入れた。この世界において、人間に敵う種族など存在していなかった……ただ、一人を除いて。セイレンが眠りから覚めた時、変り果てた世界に怒るのは目に見えていた。そこで、人はセイレンが眠る場所を人工物で隠した。あの教会がそうじゃ。それだけに留まらず、かつて自分達を苦しめた怪異を復活させ、教会の扉が開かぬように怪異を柱に封印を掛けた。その封印を守る者が、我々じゃった……」


「だった?」


「時代が進めば、物事も変わる。腰に差していた刀が、扇子に変わるように。教会が建てられた意味も、教会に封じ込めている者の名前すら、今の守り人は知らん。知っているのは、儂だけじゃ」


 この老人が言っている事が本当なら、安易に封印を解くのはマズい。ネムレスが人を救ったのは確かだが、今の時代にネムレスを復活させるわけにはいかない。もし、奴がまた緑と水に溢れた自然の世界を創造するとなれば、ほとんどの人間が適応出来ずに死んでいく。

 ネムレスが復活する時。それは人の文明が滅亡する時だ。となれば、ルー・ルシアンに頼んだのは早計だった。今も各地を回って、封印の柱である怪異を次々殺しているだろう。万が一、ネムレスが封印から解き放たれ、ルー・ルシアンの到着が間に合わなかった場合、俺が時間を稼ぐしかない。


「色々と知れて良かった。やっぱり歳上は敬うものだな」


「ホッホホホ。老人の与太話を素直に信じるとは、お前さんは随分と素直な子じゃな」


「そうだ。もう一つ聞きたい事があるんだ」  


「ん?」


「あんたらの器は、何処にある?」  

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