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寄る辺

 呪いを解く方法は簡単なようで難しい。術や薬を必要とせず、自分の認識だけでいい。世界がモノクロに見える呪いを掛けられたのなら、カラーに見えるように自分に暗示すれば呪いは解ける。

 言葉で言えば簡単なように思えるが、実際に行うとなると不可能に近い。人は五感で判断する。その五感のどれかが改変しても、気付く事が出来ない。それが当たり前だと認識しているからだ。だからこそ、呪いの内容を知る事が第一であり、呪いを解く手掛かりは自身の記憶だけ。 

 だが、今の俺の状況は更に困難なものだ。もしもルー・ルシアンが俺を苗床にして厄物を育てているのであれば、厄物の呪いを解く方法は二つ。一つは厄物を埋め込まれる前の俺の状態を思い出し、それを現在の自分として認識する事。もう一つは、怪異の呪いで厄物を上書きする事。

 前者の【厄物を埋め込まれる以前の認識】は、死に直結する。死産で産まれた俺が生きてこれたのは、厄物のおかげ。その厄物を無かった事にするという事は、無かった事にされていた死が戻ってくる。

 後者の【厄物の呪いを怪異の呪いで上書きする】は、前者とは違い、俺は生き永らえる。その見返りとして、俺は地の底に縛り付けられる。生命は活動し続けるが、生きているとは言えない。

 前者と後者のどちらも選ばなかった場合、俺は【新しい生命の犠牲】になる。今すぐ死ぬ事もなければ、一つの場所に縛り付けられる事もない。俺に残された時間が三年という短い時間なだけ。短い寿命に目を瞑れば、これが最善手だ。不安なのは、厄物を取り除かれた後。厄物で死人の器に留まっていた俺は、単純に死ねるのかという不安。天国や地獄にも行けず、怪異に変異する事も出来ず、暗闇の中を孤独に彷徨うのではないかと考えてしまう。

 いや、今は目先の事を考えよう。怪異となった過去の女が俺をここに縛り付けようとしている。例え生き永らえても、こんな地の底で束縛質な女と一緒はごめんだ。美味いご飯を食べる事も、ゆっくりと落ち着く事も、陽の光を浴びる事も出来なくなる。

 厄物の呪いを上書きされるのは駄目だ。しかし、今の俺は身動きを取れない。助けを呼ぼうにも連絡手段なんか無い。俺の血肉を怪異に喰わせようにも、怪異は俺の体質を知り尽くしている。打つ手が無い。


「結論は出たかしら? きっと君の事だから、色々と試行錯誤して状況を打開しようとしてるんでしょ? 私を見捨てた時のように。でも今回ばかりは、私に賛同するしかないわ。呪いを上書きしなければ、君は死んでしまう。今じゃなくても、残された時間は僅かだけ」


 怪異は俺の服の襟元を裂き、厄物が埋め込まれている左胸を露出させた。このままでは、呪いを上書きされてしまう。

 俺の腹部から伸びている黒い線に目がいった。この黒い線は、俺が十五になった時に見えた。そして、黒い線で繋がったクロと出逢った。ルー・ルシアンは最愛の人を蘇らせる為に、俺の中で厄物を育てていた。この二つを繋げて考えると、クロと繋がっていたのは厄物であって……俺じゃ、なかった。  

 違う! これは怪異から聞かされた話に影響されて結び付けられた結論だ! これが真実なわけがない! だって、クロは俺に優しくしてくれた。包み込んでくれた。家族になってくれた。それが全部俺の勘違いだったなんて、そんなの嘘に、決まってる……はずだ。

 真実が知りたい。クロにとって、俺は一体どんな存在なんだ。蘇る為の苗床か、あるいは家族か。クロに、聞きたい。


「……クロ」


「クロ? それって―――」


 その時、左胸に埋め込まれている厄物が発火した。熱くなる心臓は鼓動を速め、鬱憤とした気持ちを安心感が侵食してくる。

 目の前にいたはずの怪異は忽然と姿を消し、蛍の群れを引き連れた鴉が一羽飛び立った。俺を縛っていた蜘蛛の巣は消え、拘束から解かれた俺は地面に倒れ込んだ。

 背後に振り返ると、暗闇の中に巨大な何かがいる。長い白い手を俺に伸ばし、俺の体をすくい上げると、勢いよく引きずり込んでいった。 

 一瞬。一秒も経たぬ一瞬の間に見えた光景。薄暗い肉の中に光が差し、そこから伸びてきた手に掴まれ、また暗闇に包まれた。 

 その光景から覚めると、俺は自室のベッドで横になっていた。全身から汗が流れ、頭痛がする程に目が覚めている。心臓から感じる確かな温かさに恐怖を覚え、あり得ない恐怖から正気を保つために両手で顔にしがみついた。精神状態が酷く不安定だ。平常時の自分がどんな自分だったかを早く思い出さないと、俺は俺を見失ってしまう。

 錯乱状態に陥っている俺の頭に、温かい手の平の感触があった。常人とは思えぬ大きな手でありながら、肉が無いと思えるような細い指。そんな手に頭を撫でられていると、自然と気持ちが落ち着いていった。

 顔を上げ、俺の頭を撫でている人物を確かめた。クロだった。相変わらず黒いベールで表情は読めないが、傾げた首や、俺の顔を覗き込む所から、俺を心配しているように思える。


「クロ……クロは、俺に何を求めてるんだ……?」


 俺の問いかけに、クロは返答しない。ただ黙って、俺の頭を撫で続ける。本当の想いを知りたいが、それよりもクロが俺に与えてくれる安心感への欲求が勝った。

 クロの体に身を寄せ、倍以上もある大きな体に抱き着いた。頭を撫でられ、背中が優しくさすられる。身に沁み込む安心感と優しさに、不安や恐れが消えていく。この感覚は、ずっと前に……俺が、死ぬ前から感じていた。


「……お母さん」


 クロに包まれ、クロの身に体を寄せ、クロの温かさが空っぽの俺に注がれていく。母の愛情によって守られていた胎児の頃を思い出した。

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