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 俺の家に住み着く怪異に、心が加わった。変異化による容姿の変化で、陽のある内の外出を禁止にしている。元々インドア派を掲げる心にとって、外出禁止は苦になる事ではなく、あっさりと認めてくれた。

 しかし、別の問題が起きている。それは前から住み着いているクロと進藤先生との仲が良好ではない事だ。俺の傍に誰かがいると、すぐに自室に戻ってしまう。食事の時も部屋から出てこなく、進藤先生がわざわざ部屋の前まで食事を届けに行っている。変異した容姿を見られるのが嫌なのだろうが、少しは仲良くしてほしいものだ。

 心が家に住み着いてから三日後。時刻は深夜一時を回った頃。部屋の扉が開く音で目を覚ました。扉の方を見ると、フードを外した心が俺の部屋に入ってきていた。


「……散歩、行こ」


 明日から二連休。夜更かしをしても何の支障も無い。この家に心が住んでから、マトモに会話をする機会が無かったし、今の心境を聞いてみよう。

 家の明かりは消え、街灯だけが光る夜の道を心と歩いた。この近辺では誰も深夜に出歩かない。みんなそれぞれの生活があり、溜まった疲れを減らす為に眠りについている。訳アリな俺達にとって、都合の良い時間だ。

 しばらく歩いていくと、使われなくなって放置されたままのバス停を見つけた。そこには雨を凌ぐ屋根があり、四人は座れるベンチが一つ設置されたままだった。バス停の看板は錆で文字が見えなくなっており、劣化した棒の部分には穴が開いている。

 先にベンチに座っていた心の隣に座ると、心は俺の太ももに頭を乗せ、肘掛けに足を乗せた。黒く染まっている左目と潤んだ右目。本当に半分で済んで良かった。もし完全に変異化し、怪異に変り果てていたら、彼女は今頃あの加護の世界で独りきりだっただろう。


「冬美ってさ。財布から募金箱にお金を入れるタイプでしょ」


「どういうタイプですか……」


「だって、あの家にいるのはみんな訳アリじゃん。あの黒いドレスのデカい女は怖いし、消息不明になったはずの進藤先生だって平然と住み着いているし。私だって、化け物だし……でも、冬美が場所を作ってくれた。帰ってこれる場所、居ても良い場所を」


「まぁ、無駄に部屋が余ってますからね。進藤先生みたいに、家事をやってくれる人は助かりますよ」


「……やっぱり、あの先生が作ってくれてたんだ」


「一度くらい感謝の言葉でも言いなよ? あの人単純だから、感謝されただけで満足しますから」


「うん……考えとく」


 俺達の会話を鬱陶しく思っている人がいてもおかしくない程に、本当に静かだ。風も虫も音も聴こえない。聴こえるのは、心が息を吸って吐く呼吸だけ。 


「……静かだね」


「深夜だからな」


「私の頭の中で、いつも音楽が奏でられていた。良い曲もあれば、時々聴いていられないくらい酷い曲もあった。でも今は、何も聴こえない。頭の中が空っぽになったみたい」


 目を閉じた心は、俺の腹部に顔を押し当てて深く深呼吸をし始めた。


「……冬美の中に入りたい。母親のお腹にいる赤ちゃんみたいに」 


「あいにく、俺は男だ。母親役なら進藤先生をオススメするよ」


「嫌。冬美がいいの。こうして顔を押し当てて、匂いを嗅いでても分かる。凄く落ち着く」


「言ってなかったかもしれないが、俺の体は少し特殊でね。俺の体液は怪異にとって猛毒になる。今の心が俺の中に入れば、一分も経たずに消滅するよ」


「それでもいい……私が死ぬ時は、冬美の中で死にたい」


「変わった奴」


「あなたもね」


 十分堪能したのか、心は立ち上がった。屋根の下から出た心を月の光が照らし出す。歪で、脆く、弱い少女。不謹慎かもしれないが、人間だった頃の心よりも、今の彼女の方が俺は好きだ。今日までの十五年間で、人間よりも怪異と関わってきたのが原因か。 

 そうなると、俺の恋愛感情は人間でなく、怪異に抱くようになっているのか? 実際、クロには他とは違う特別さを抱いているし、今の心を好きだと自覚出来た。怪異を祓う片棒を担いでいる俺としては、なんとも皮肉な事実だ。こういう時ほど、俺の雇い主がルー・ルシアンで良かったと思える。あいつは金にならない事はしない主義だし、問題を起こさないように俺が見張っている限り、あいつは見て見ぬふりをしてくれるだろう。

 

「……帰るか。そろそろ」


「うん」


 バス停から出て、俺達は帰路についた。物音が一切しない夜の道を歩いていると、時間が止まっているような錯覚に陥る。時間の流れを確かめる術は、夜空に浮かぶ月の位置だけ。

 そうして気付く。電柱から伸びている電線の上に、何かがいる事に。それは夜の闇に紛れ、俺達をジッと見つめている。


「……心。フードを深く被って顔を隠せ」


「え?」


「俺の合図で走り出す」


 何事もないかのように歩きながら、心の手首を掴んで走れるように準備をする。視線は前に向けながら、意識は頭上の何かに集中させる。今の所、電線の上に徒党を成して並ぶ怪異達が動く気配は無い。具体的な数は分からないが、かなりの数だ。家に帰る前に、怪異の目から離れないといけない。

 

「走るぞ!」


 路地裏へと通じる道に曲がった瞬間、俺達は走り出した。電線の上にいた怪異も、俺の行方を捜す為に動き出している。真っ直ぐ突き進んで出た所で、すぐに見つかってしまう。幸か不幸か、この町の路地裏は入り組んでいる。出口は複数存在しているはずだ。

 心の手首を掴みながら走り続け、路地裏から出る出口を見つけた。怪異に見つかる前に出ようとした矢先、道を挟む建物の屋上から、鴉の死骸が雪崩のように落ちてきた。山となった鴉の死骸によって出口を塞がれてしまい、後ろに引き返そうとしたが、巨大な手の形を為した鴉の死骸が俺に迫ってくる。掴まる寸前に心を突き飛ばし、心だけは助ける事が出来た。

 

「冬―――」


 俺の体を覆う鴉の死骸によって、心の叫び声が掻き消されてしまう。暗闇から視界が晴れた時、俺は夜空に少し近付いていた。鴉の死骸が巨大な一羽となって、俺を乗せて空を飛んでいる。肩から下が鴉の死骸に埋められて身動きが取れない。

 怪異によって拘束された状態で、俺は山に連れ去られた。地上に投げ落とされると、間髪入れずに今度はコウモリの群れが囲い、俺の体に歯を突き刺した。俺の血液によってコウモリの群れが全滅していくのと同時に、コウモリの毒が俺の体を蝕んでいた。

 全身の麻痺によって体が硬直し、意識が遠のいていく。閉じていく視界に見えたのは、鴉の死骸を媒体にして形成された女の姿。それが誰かを理解する前に、俺の意識は暗闇の底へと落ちていった。

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