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サクリファイス やがてサヨナラを告げる君  作者: 夢乃間
三章 フィクションと現実
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台本

 屋根裏部屋に通じる階段の下で松田さんを待っていると、ハンカチの匂いで冷静さを取り戻した松田さんが下りてきた。


「さっきはごめん。僕としたことが、ハンカチを忘れてくるなんて……」


「構いません。それで、いくつか確認したい事があるんですが。まず一つ、松田さんは何処で何をしてましたか?」


「僕を疑うのかい? まぁ、僕も君を疑ってしまったしね。僕は君を部屋に案内した後、夜まで仕事をしていたよ。機材の準備や、映画の編集作業。それで、二十二時頃かな? 映画の出演者の三人がこのコテージにやってきたんだ。予定では今日の午前だったんだけどね。それで、三人に部屋の案内を軽くして、後は屋根裏部屋で休んでたよ」


「つまり、二十二、二十三時から、俺が訪ねてくるまで部屋にいたわけですね? それじゃあ、二つ目。あの死体、木村一郎はいつからこのコテージに?」


「それが……おかしいんだ。彼は役者の一人だけど、このコテージでの撮影には呼んでいない。彼は前の撮影で全て撮り終えていて、もう必要ないんだ。だから、彼がここにいる事に驚いているし、映画みたいに死んでるのも……」


「映画みたい? 彼は、映画の中で同じ殺され方を?」


 俺の問いに対し、松田さんはハンカチの匂いを嗅ぎながら頷いた。映画と同じ死に方……やはり、犯人はこの映画の内容を知っている。外部に漏れた情報から模倣した第三者か、このコテージに来ている出演者とスタッフの誰か。リビングにいる三人は着いてからずっと飲んでいたらしいし、松田さんは自分の部屋で休んでいた。

 残るは、監督だけだ。監督の姿だけは、未だに見当たらない。


「松田さん。監督の部屋って分かります?」


「監督は別館に泊っているよ。後ろにある森の中を進んでいけば、ここより一回り小さいコテージがあるんだ。でも、そこまでの道のりが夜になると何も見えなくて、今から行くのは無理そうだよ」


「じゃあ、第三者の可能性が高いですね。このコテージは部屋も多いし、物も多い。隠れられる場所なんて、いくらでもある」


「なんだか、探偵みたいだね。君は殺人鬼なのに」


「それは役でしょ。状況と情報を整理しているだけで、推理でもないし」


 時系列を改めて整理してみよう。午後二十二時に、役者にいる三人がコテージに到着。その後二十三時、役者はリビングで酒を飲み、松田さんは部屋で休んでいた。深夜一時、ノック音で目を覚ました俺が部屋の扉を開けると、木村一郎の死体が転がってきた。

 午後二十三時から、深夜一時までの空白の二時間がある。その二時間の間に、犯人はわざわざ映画と同じ殺し方で木村一郎を殺したか、あるいは殺していた。

 気になる点は二つ。一つは、木村一郎の血が黒く乾いていた事。人体についての知識は無いが、あそこまで血が黒くなるという事は、出血してから長く放置していたからだろう。現に、死体が俺の扉の前で寄りかかっていたのに、床に血痕がなかった。

 二つ目は、どうして俺だったのか。犯人は俺の部屋の扉に木村一郎の死体を寄りかからせ、ノックをして俺に扉を開けさせた。濡れ衣を着せる為なのか、あるいは別の理由か。

 とにもかくにも、まずはリビングにいる三人にも教えないといけない。もし、犯人がまだコテージ内に潜伏しているのなら、警告は一秒でも早くしておきたい。


「とりあえず、一階にいる三人にもこの事を知らせましょう。一人だと数で押し負かされそうなので、松田さんも来てください」


「もちろん。あ、そうだ!」


 松田さんは階段を駆け上っていき、屋根裏部屋から手持ちカメラを持ってきた。


「撮影外でも、何かあったらカメラを回せって、普段から監督に言われててね」


「別にいいですけど。殴られても知りませんから」


 俺が廊下に出た瞬間、後ろでカメラの起動音が鳴った。どうやら既に撮影は始まっているようだ。あえて言わなかったが、人が殺されているのにカメラを回すなんて不謹慎だな。

 俺達がリビングにやってくると、あの三人は酒を飲むのを止めて、何か考え事をしていた。表情は険しく、三人の距離は近過ぎず遠過ぎずといった感覚だ。


「あ……門倉君」


 駆け寄ってきた戸田さんに手を掴まれ、部屋の隅っこに連れて行かれた。戸田さんは俺の耳元に顔を近付け、他の人に聞こえないように囁く。


「君がやったんじゃないよね……?」


「何を?」


「イタズラ……さっき、変な物を見つけたの……」


「おい! そこで何を内緒話してんだ!」


 振り向くと、南さんが苛立ちを隠さずに俺の方へと近付いてきていた。


「お前だろ! あんな馬鹿みたいなイタズラしやがって!」


「ちょっと待って! その事について今聞いたけど、彼はやってないって言ったわ!」


「信じられるか! そのガキ、何かおかしいだろ!? ここは撮影場所で貸し切っていて、関係者じゃない奴がいるわけない! なのに、そいつは平然とここにいやがる!」


「落ち着いて。言うのが遅くなったけど、俺は映画に出てくる殺人鬼役です」


「殺人鬼~? んな役、この映画に出ねぇよ!」 


 殺人鬼が出てこない? だが、台本には殺人鬼の欄があった。台詞や要求は書かれていなかったが、確かに殺人鬼は映画に出てくる登場人物だったはず。

 俺は監督の言葉を思い出した。監督は「映画はほぼ最後まで作り終えてるから、残すは殺人鬼とのシーンだけなんだ。」と言っていた。松田さんは「どうせ本番になって、監督が内容を変えるけど。」と言っていた。

 つまり、殺人鬼が映画に出る事は予定されていなかったのか。


「確認ですが、みなさんは台本に目を通しましたか?」


「台本……そういえば私達、まだ台本を渡されてないよね?」


「そういえば、そうだね。南君は?」


「俺だって知らねぇよ! あの野郎、また勝手に台本変えたのか? 役者の事も考えろよ!」

 

「じゃあ次に、イタズラとは?」


 俺がそう言うと、垣田さんが一枚の紙を俺に手渡してきた。見ると、その紙には赤い文字で【全員殺す】と書かれていた。

 この紙が脅迫文だとするなら、台本通りに事が進んでいる。脅迫文を見つけ、若者達がイタズラだと考え、その後最初の殺人が起きる。俺はともかく、三人からしてみれば台本通りだ。 

 そんな事を考えていると、何処からか男の叫び声が聞こえてきた。


「な、なんだよ今の!?」


「この声、木村さん?」


「二階から聞こえた気がする。行ってみよう!」


 叫び声の主を探しに三人はリビングから出ていき、カメラを回している松田さんもその後を追っていった。しばらくすると、二階から三人の叫び声が聞こえてきた。台本通りに、木村一郎の死体を見つけたのだろう。

 あの叫び声が聞こえてきた瞬間、三人の様子が一変していた。まるで、演技をしているかのようだった。

 俺は確信した。この事件、常人の仕業ではない。怪異の仕業だ。


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