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ロックが鳴り響く

 今日は高校の入学式。不安と緊張で動悸が止まらない生徒や、無事に入学出来て安堵する生徒がいたはずだ。

 どうして疑問形かって? 寝坊したからだ。目覚まし時計のタイマーを七時に指定してたはずだが、目覚まし時計が俺の目を覚ます事はなかった。それもそのはず。目覚まし時計も跡形もなく消えていたからだ。おまけにベッドも消えてる。

 消えた理由は、目を覚ましてすぐに分かった。俺の傍で、クロが申し訳なさそうに両手の人差し指を当てたり離したりしていたからだ。自らの行いに反省する怪異なんて初めてだ。

 遅めの朝食を取り、歯を磨いて、制服に着替えた俺は家を出た。間に合わないと分かっていても、顔を出すのと出さないのとでは、印象が全く違う。遅刻魔か不良の二択なら、俺は前者を選ぶ。

 しかし、これが運命なのか、あるいは今朝の占いが最下位だったのか、俺は見知らぬ裏路地を彷徨っていた。意気揚々と家を出たのはいいが、肝心な事を忘れていた。


「学校……何処……?」


 学校までの道が分からない。訳あって入学試験は在宅でやったから、学校の場所も、学校へと辿る道も分からないままだった。思わぬ誤算……いや、馬鹿をやらかした。


「これじゃあ学校に着くまでに陽が暮れそうだ……」


 途方に暮れていると、横にあるボロボロの店から金髪の女が出てきた。その女と目が合い、彼女の赤い瞳に興味をそそられた。前髪で片方の目が隠され、見えている目元には酷いくまが出来ている。眉や唇にピアスを着けており、髪や服で見えない所にもピアスを着けていそうだ。背負っているのはギターケースのようだが、中に入っているのは本当にギターなのか? 服装は所々に傷があり、そういうファッションだと理解出来る程に様になっている。

 ロック、というのが彼女に抱いた第一印象だ。音楽のロックという意味ではなく、我が道を行く存在を表すロックという意味でだ。俺が女性なら、きっと一目惚れしただろう。


「おいガキ。ここはテメェみたいなチンチクリンが来ていい場所じゃねぇんだよ。とっとと失せろ」


「じゃあ案内してくださいよ。この場に相応しいあなたが」


「ハハ……言ってくれるじゃねぇか、小娘!」


「俺は男だ」


「見栄を張れば怖気づくとでも? 例え本当に男だったとしても、アタシはビビらねぇ。吐いた言葉は飲み込まねぇ主義でな」


「いや、だから男ですって。この服を見れば分かるでしょ? 男子用の制服ですよ」


「服で性別は判断出来ねぇ。男か女かは、面構えに出るもんだ」


 この人、馬鹿だ。言葉は格好良く聞こえても、文字に書き起こしてみれば、馬鹿としか言いようがない。それか単に話が通じない人なだけ。

 ともあれ、一触即発な雰囲気に変わりない。男だと分かってもらえても、彼女の怒りは収まらないだろう。

 だが、どんな手を使っても、俺が男だと彼女に認識させなければいけない。立場の上下など二の次だ。俺は男なんだ!


「……あなたは、男か女かは面構えに出ると言いましたね?」


「ああ、言ったさ」


「吐いた言葉、飲み込むなよ」


「なんだと!?」


 俺は彼女の右手を掴み、下半身の中央に触れさせた。金切りな悲鳴を上げればいい。後で訴えればいい。俺が男だと証明出来れば、それでいいのだから。


「どうですか? これでも、俺を女だと見るつもりですか?」


「……ハワッ!」


 彼女の顔が一瞬で真っ赤に染まった。なるほど、確かに面構えに出る。ただの馬鹿だと思っていたが、意外と賢い考えを持っているようだな。


「さぁ、これで白黒ハッキリ出ましたね。俺は男で、あなたは女。面構えにハッキリと―――」


「キャァァァ!!!」


 彼女は俺から距離を取ると、俺と俺のモノを掴んだ手を交互に見ていた。


「お、お前馬鹿か! アタシに、アタシに……! まだ、あなたと手も繋いでないのに!」  


「……え、ごめん」


「初対面だというのに、こんな破廉恥な……!」


 第一印象で感じたロックな彼女は消えた。今俺の目の前にいる女、いや少女は、穢れを知らない乙女だ。なんか一気にどうでもよくなってきた。そもそも、俺はこの裏路地から出る道を聞きたかっただけなのに、どうしてこうなったんだ?

 ああ、今日は散々だ。ベッドと時計は消えるし、入学式に寝坊するし、会ったばかりの女に下半身を触られたし、人生最悪な日だ。叶うなら、屋根から飛び上がった鳥のように空へと羽ばたき―――あ、落ちた。 


「……責任」


「え?」


「責任!」


「なんの?」


「アタシを穢した責任だ! 男なら、責任を果たせよ!」


「ようやく俺を男と認めたか。なら、謝ってもらおうか。俺を女と頑なに押し付けてきたあんたの罪。男のプライドを圧し折った償いだ」


「ッ!? ア、アタシに、何を……?」


「変に身構えるな。まるで俺が卑しい行為を強制させようとしてるみたいじゃないか」


「してきただろ!?」


「過去の事は水に流せ。それで、ここから出る方法。ついでに、聖歌高校まで案内してくれ。今日が入学式なんだ。間に合わないと知っていても、一応顔は出さなきゃだろ?」


「入学式に遅刻って……お前……ロック、だな?」


 さっきまで赤かった彼女の顔が、徐々に冷めていく。潤んだ瞳は渇き、羨望のような輝いた瞳を俺に見せてくる。ロックな彼女が戻ってきた。

 すると、彼女は自分から俺の手を握り、口角を吊り上げながら、俺を睨みつけてくる。


「色々と取り乱しちまって悪いな。純情なんて、もう捨てちまったと思ってたんだが……まだアタシは、過去に足を掴まれてるみたいだな」


「ふむ」


「自己紹介がまだだったな。アタシは豊崎桃子。だがそれは過去のアタシであり、今のアタシに名は無い。だから、ナナシと呼んでくれ」


「俺は門倉冬美。過去も現在も未来も門倉冬美」


「冬美? そんな名前、アタシの相棒らしくないな」


「そうだな」


「よし。アンタは今日から、ネムレスだ。ナナシの相棒として、ぴったりの名前だ。気に入ったか?」


「最高だ。出来れば、その呼び名は他の人がいない時に使ってくれ。ネムレスとナナシは、俺達だけが知る、俺達だけの名前だ」


「ハッハハハ! 今日は最ッ高の日だな! 長年追い求めていた相棒と出逢えちまうなんてよ!」


「そうだな。それで、道案内の件は?」


「お安い御用さ、相棒! アタシについてこい!」 


 そう言って、豊崎さんは意気揚々と走り出していった。他の人がいる前で、今のような会話を繰り広げる事がないように遠回しに伝えたが、おそらく理解していない。

 でも、それは仕方がない事だ。何故なら、彼女はロックなのだから。

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