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サクリファイス やがてサヨナラを告げる君  作者: 夢乃間
三章 フィクションと現実
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ホラー映画

 ホラーは娯楽だ。善人も悪人も、怖がりもインテリも、みんな恐怖を求める。自らの意思で精神をすり減らすという意味では、人は自虐が趣味なのかもしれない。

 だが、この世界のほとんどの人間は、本当の恐怖を知らない。知っているのはあくまでフィクションの恐怖。本当の恐怖を知っている者は、コーヒーを求める。夢の世界に閉じ込められない為に。


 日曜日の昼。俺は進藤先生が見たがっていたホラー映画を観る事になった。カーテンを閉め、部屋の明かりを消し、飲み物とポップコーンを用意する。進藤先生は俺にポップコーンを持たせ、まるでラグビーチームのように俺の肩を抱きながらソファに座った。

 

「……怖いんですか?」


「怖いに決まってるでしょ?」


「じゃあ何で観るんですか?」


「話題になってたから。流行に遅れたら、生徒達との会話も弾まないでしょ?」


「会話どころか、今の先生は誰にも認識されないじゃないですか」


「そ、それは、そうだけど……! 細かい事は無し無し! ほら、観るよ! 覚悟して!」


「ハァ……」


 テレビの画面に出ている本編再生を選ぶと、映画が始まった。小鳥の鳴き声を耳にした主人公が、見覚えの無い森の中で目覚めたのが始まりだ。どれだけ歩いても森の外に出る事が出来ず、途方に暮れている主人公のもとに、化け物が現れる。その化け物から逃げながら、主人公は森の外を目指す。

 俺はホラー映画が嫌いだ。ロクに考えもせずに動く主人公。メイクや着ぐるみを着ただけの化け物。誇張した演技に、驚かせるだけの演出。ホラー映画最大の恐怖ポイントである長いエンドロール。

 これがフィクションという作り物だという事は理解しているが、フィクションだと理解してしまっているからこそ、俺は好きになる事が出来ない。本物の化け物や、本当の恐怖を知っているからだ。

 

「……ヒィッ!」


 映画のビックリポイントで、隣にいる進藤先生が跳ね上がった。しっかりと抱き着かれている所為で、俺の膝の上に置かれていたポップコーンが床に散乱する。後で掃除しないとと思った矢先、クロが散乱したポップコーンを消してくれた。初めてクロの能力の使い道が分かった気がする。

 映画が終わり、カーテンを開けると、眩しい日差しが俺の体を包み込んだ。暗闇の中に長く身を置いた後は、日光浴に限る。人は植物ではないが、陽の光によって精神的な回復が出来る所は似ている。となれば、俺達人間の始まりは猿ではなく、植物だったのだろうか?


「それで? 映画は面白か―――進藤先生、大丈夫ですか?」


 ソファの方へ視線を向けると、進藤先生がグッタリとソファで横になっていた。


「そんなに怖かったんですか?」


「……逆に聞くけど、どうして門倉君はそんなに平気なの? めっちゃ怖かったよ?」


「俺は本物の化け物と本当の恐怖を知ってますから。進藤先生だって、一度体験したでしょ? そういえば、あの映画と同じように山の中でしたね」


「あの時も怖かったけど、こっちも怖いよ! あー、今日はもう疲れたー。ご飯を作る気力も残ってないよ~」


「じゃあ弁当でも食べますか。俺が買ってくるので、好きなだけソファでくつろいでてください。何の弁当をご所望で?」


「のり弁当。ご飯を作る気力が無い時はいつも食べてたから」


「オッケ。じゃあ、弁当買いに行くついでに、クリーニングに出した制服を取ってきますね」


 財布をポケットに差し、俺は家を出た。外を歩いていくと、遠く空が曇り空になっているのを目にした。どうやら夕方頃に雨が降りそうだ。傘も持ってきてないし、あまり長く外にはいられないな。

 クリーニング屋に着くと、眼鏡を掛けたオジサンが俺の姿を見るや否や、急いで俺の制服を持ってきた。


「ど、どうぞお客様! ご、ご依頼の通り、き、綺麗に、しておきました!」


「……どうも」


 おかしい。前に来た時は、こんな喋り方じゃなかったはず。もっとハキハキとしていて、笑顔を絶やさない爽やかなオジサンだった。

 クリーニング代を払おうと、俺が財布を手に持った瞬間、オジサンは俺の手を掴んだ。


「お、お代は結構です! その代わりといっては、なんですが……理由を聞きたいんです」


「理由?」


「その、頼まれた制服を綺麗にしていましたらね? 血のシミや臭いがこべりついていて……これは、私の興味からであって、決してお客様のプライバシーを侵害するものではなくてですね……!」


「人を殺した」


「ッ!?」


「というのは冗談です」


「ホッ……」


「というのが冗談です」


「え!?」


「コロコロと表情が変わりますね……じゃあ、僕からも一つ質問です。今日、ここで働いでいるのは、オジサン一人ですか?」


「え? え、ええ」


「……客に対して、嘘はよくないな」


 俺はレジ台にある募金箱を掴み、オジサンの後ろに並べてあるクリーニング待ちの服に隠れた人間に募金箱を投げた。金が弾ける音と共に、男のうめき声が店内に響く。

 すると、隠れていた男が額を手で抑えながら、俺の前に姿を現した。ドレッドヘアと顎髭が特徴的な男の手にはビデオカメラが握られていた。


「客を盗撮するとは。よくプライバシーを侵害するつもりがないと言えましたね?」


「あ、え、えと……」


「……採用だ」


「は?」


 ドレッドヘアの男はオジサンを押しのけて、俺の手を掴んできた。タンコブが出来ている悲痛な額とは裏腹に、その瞳は星のようにキラキラと輝いていた。


「求めていた全てが、俺の目の前に存在している! 君は最高の殺人鬼役になれるよ!」


「役?」


「ああ! そうだ、一応名刺が……あった! 俺は真田正樹! ロジカルエクスプレスの映画監督だ!」 


 カメラ、殺人鬼役、映画監督。なんだろう、この気が遠くなる程の嫌な予感は。


「俺は今、最高のホラー映画を作っているんだが、肝心の殺人鬼役が決まって無くてね。映画はほぼ最後まで作り終えてるから、残すは殺人鬼とのシーンだけなんだ。俺は他のホラー映画のような陳腐なものじゃなく、本物を思わせるような殺人鬼役を欲してたんだ! そこで、君を是非!」


「……どのくらい、時間が掛かりますか?」


「台詞と状況をしっかり頭に叩き込めば、三日で終わるさ! 報酬はちゃんと払うから! ね? 本当に君が良いんだ! 君じゃなきゃ駄目なんだ!! 君に一目惚れなんだよー!!!」


「……まぁ、考えときます」 


「本当!? じゃあ、やりたくなった時に連絡してね! 最高の殺人鬼を期待してるから!」


 そうして、俺はクリーニングした制服と名刺を手に入れて店から出た。どうして俺は変な奴ばかりと知り合うんだ。

 ホラー映画か。気乗りしないが、報酬は払うと言ってたし、金になるならやった方が良いな。聖歌高校の潜入依頼の前金はまだあるが、金はいくらあっても困る事はない。

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