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普通と特別

 高野美知の騒動から時間が経ち、月日は五月を迎えた。誰もが考え、誰もが他人を疑っていた風景は時間と共に廃れ、それに伴って高野美知という存在も忘れ去られた。一人の人物、それも高い評価を受けていた人気者が忘れ去られたのには、二つの理由がある。

 一つは、元凶である高野美知が怪異化し、俺に殺されたから。人は死ねば誰かの記憶に残るが、高野美知は人を逸脱して怪異となった。怪異化は強大な力を得る代わりに、人であった記憶や記録が自他共に消えてしまう。未知を吸収して完全に怪異と化した高野美知は、誰の記憶にも、何処の記録にも残っていない。  

 二つ目の理由は、俺だ。空間から現世に帰る際、俺は全身血塗れだった。何処からともなく忽然と現れた血塗れの人間というのは、非常にインパクトがある。しかも三年二組には丁度全員が集まっていて、俺の姿を見るや否や、阿鼻叫喚で廊下に逃げ出した。そこから稲妻の如く噂が広まり、俺はある種の人気者となった。残忍で、凶悪で、血を求める狂人として。今や、聖歌高校で門倉冬美を知らない者はいない。

 そして今日、俺は生徒会室に呼び出された。高野美知の騒動を解決した俺に賛美でも送ってくれると思ったが、副生徒会長が俺に放った言葉は真逆のものであった。


「私はいつ、新たな騒動を起こせと言いましたか?」


「いや、それは―――」


「言い訳は不要です。現在の聖歌高校には畏怖の念が高まっています。門倉冬美という一人の人間に対する恐怖で」


「一躍時の人になれた訳ですか」


「いっその事、何処かの空間に閉じ込めておきたいですが、あなたはもう空間に出入りする方法を得たのでしょう?」


「そう。だから、こうして自由に動ける」


 俺は席を立ち、副生徒会長の目の前に立った。彼女は依然として凛々しい表情を浮かべているが、呼吸のテンポが少しだけ速くなっている。


「ちゃんと人間なんだな。安心したよ」


「あなたはどうなんですか?」


「俺は人間だと思ってるけど。自分の評価と他人からの評価が必ずしも同じとは限らない」


「……ハァ。本当におかしな人ですね。私は人を見る目があると自負しています。ですが、あなたが現れてから、その自信が疑わしくなってきました」


「あんたは確かに人を見る目はあると思うよ。ただ、俺が例外なだけだ」


「フッ……まぁ、あなたが高野美知の騒動を収めたのは事実。及第点といった所でしょう」


「副会長様からの信頼を得たと捉えても?」


「身の程を弁えなさい。私の信頼を得るには、まだまだ足りないわ」


「じゃあ、次も頑張りますよ」


 俺は一歩後ろに下がり、この空間から現世に戻った。やり方を知れば、案外簡単な仕組みだ。師の言葉は偉大だな。

 俺が自分の力で空間から空き教室に戻ってくると、それを目の当たりにした橘先輩は驚愕の表情を浮かべていた。


「お、お前!? どうやって戻ってきた!?」


「十代の成長性を侮ってはいけませんよ、ゴリ先輩。まぁ、ゴリ先輩の顔も見たいし、また何かあったら呼んでください。行きだけなら、ゴリ先輩の力を借りますから」


「十代の成長性……侮れないものだな」


「あんたも十代でしょうが。じゃあ、また!」


 空き教室に置いていた鞄を手にし、俺は学校から出ていった。外は夕方になっており、部活で精を出す生徒や、友達と下校する生徒の姿があったが、俺の姿を見るや否や、悲鳴を上げて逃げていった。毎回こんな風に化け物を見たような反応をされると、流石に少し傷付く。 

 鞄を肩に担いで校門を通っていくと、急に視界が暗闇に包まれた。


「だ~れだ?」


 声からして、宮下さんだろう。俺は目隠しされたまま、構わず前に歩き出した。


「ちょちょっ!?」


 宮下さんなりに、孤独な俺を励まそうとしているのだろうが、それにしてもやり方が面倒臭い。名字で呼べば「名字だけじゃ駄目! 名前も呼んで!」と言うだろうし。

 視界を塞がれた状態でしばらく歩いていくと、背後から宮下さんの溜め息が聞こえてきた。塞がれていた視界から手が離れると、隣に宮下さんがやってくる。


「門倉君。私の事を面倒くさがってない?」


「え? 今更ですか?」


「もう! せっかく門倉君を私が独り占め出来るチャンスなのに、門倉君がそんなんじゃ意味無いよ!」


「それは残念でしたね」


「本当に残念!」


 そこからピタリと会話が止み、俺達は無言で帰路についた。道路には車が通り、向かいから歩いて来た歩行者が俺達の横を通り過ぎていく。空には、沈み行く夕陽と浮かび上がる月がある。


「……宮下さん。普通って、何でしょうかね?」


「普通は普通だよ」


「そのままじゃないですか」


「だって、普通には理由や興味を抱かないもの。寝て、起きる。息を吸って、吐く。そういう事を普通だと捉えているから、私達は何十年も生きていけるの。もしそれらを特別だと捉えていたなら、こんなに人間の数は増えてないよ」


「つまり、普段から意識しているかどうかって事?」


「そうなんじゃない? 私も深く理解してないし、理解する必要もないから。だって私は普通の人間だもの」


 宮下さんは平然と自分を普通の人間だと言った。俺の胸の内で、泥のような何かが蠢くのを感じた。多分、これは嫉妬だ。彼女は疑う事も無く、自分を普通と言える。俺にはそれが出来ない。自分自身を普通の人間と言うには、あまりにも現世の外側に関わり過ぎた。


「それよりも門倉君。私って、少なからず門倉君の役に立ったよね?」


「少しはね」


「じゃあ私の家に泊りに来てよ! ずっと待ってるのに!」


「あれは宮下さんを利用しようとした嘘ですよ」


「え~!?」


「……まぁ、今後は利用しないとは言えませんし、その度に無償で力を貸してもらうのは気が引けます。ご飯くらいなら、付き合いますよ」


「本当!? じゃあこれから毎日、一緒にご飯を食べに行きましょ!」


 腕に絡みつく宮下さんを振り解いて、俺は走り出した。しかし、宮下さんの足は俺よりも数段速く、あっという間に捕まってしまった。

 そうして、逃げては掴まりを繰り返しながら、俺達は近くにある飲食店に入っていった。

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