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似た者同士

 人が死んでも、生活は続いていく。心は少し削れるが、再起不能になるわけではない。ただ、知っている人物の死に関しては別だ。その人がどういう人物かを一部でも知っていれば、喪失感からくる心の痛みは相当なものだ。多くの知人を有していた場合、その喪失感は菌糸のように広がっていく。

 午前の授業は退屈だった。いつも退屈だが、今日は度を越している。生徒も教師も、みんな抜け殻のように力尽きている。いつもは談笑で教室が賑やかになる休み時間も。誰かのすすり泣く声が聞こえるだけで静かだった。進藤先生の行方が分からなくなった時は噂話で騒いでいたのに。

 高野という三年生は、よほど人望が厚かったのか。あるいは、付き合いの長さ故か。どちらにせよ、悪い状況に変わりない。この聖歌高校は怪異と縁がある。怪異は人の弱みに付け込み、食料である欲望を満たす。

 もしも、今この場に怪異が現れれば、多くの人間が犠牲になるだろう。普通なら時間が解決するが、その時間がどれくらい残されているか分からない以上、この状況を放っておくわけにはいかない。

 そう思うっていた矢先、俺は空き教室に呼び出された。目の前には、ゴリラのような容姿の先輩がいる。


「久しぶりですね。ゴリ先輩」


「相変わらず生意気な後輩だな。急で悪いが、生徒会室に連行させてもらうぞ」


「また袋被せて?」


「当然だ」


 橘先輩は手にしていた袋を俺の顔に被せた。俺はこれから生徒会室がある空間に飛ばされる。空間に入る感覚を掴むチャンスだ。海香から生徒会が個別に空間を有している事は聞いてある。おそらく、生徒会室は副生徒会長の空間。裏で牛耳る組織の現状トップの空間となれば、今後活動する上で有力な情報源だ。

 目を閉じて、自分と周囲の変化に集中していると、幽体離脱のような感覚を覚えた。まるで、空気の一部になったかのような無力感。ごく自然と、俺は俺の体から離れていく。意識と体が切り離されていく。

 なるほど、カラクリは理解した。器を残し、中身である意識だけが空間に入り込める。海香の空間に入れたのは特例で、あちらから招いた場合は五体満足で入れる。空間内にいる人間は全て意識のみの霊体。同じ状態で入れたとして、空間の主である霊体が所有権を握っている。好意的でない限り、自由に動き回る事は出来ない。

 袋を外されると、前に来た時のように、副生徒会長が正面に座って待ち構えていた。視線は副生徒会長に固定され、動かそうとしても動かせない。


「門倉冬美。あなたに聞きたい事があります」


「単刀直入ですね。前置きに雑談でもした方が、スムーズに本題に入れますよ?」


「必要ありません。あなたと私に友情など不要です」


「見た目通り人付き合いが苦手みたいですね。空席にしている生徒会長も、その態度が嫌になって離れたのでは?」


「……」


 ほんの少しだが、眉が動いた。どうやら心はあるようだな。もう少し揺さぶりを掛けたいが、今の状態では不利だ。

 

「少し言葉に棘がありましたね。クラスの暗い雰囲気の所為で、思ってもいない悪口を言ってしまいました。謝ります」


「いえ、気にしていませんので。それでは、本題に入ります。三年の高野美知の訃報は聞いていますよね?」


「ええ」


「その調査を行ってください」


「どうして俺が? そういうのは、もっと相応しい所に―――」


「あなたが適任だからです。あなた、人には見えないものを見たり聞いたりする事が出来ますよね? 感覚も常人より遥かに優れ、今もこの空間の仕組みを細かく感じようとしている。足の指先くらいは、もう動かせるようになっていますし」


「さぁ、どうでしょうね。人を観察し過ぎるのは褒められた事じゃない」


「それはお互い様でしょう」


 段々と彼女が好きになってきた。目的の為に私情を押し殺し、冷静に相手の一挙手一投足を観察する。ロボットのように心が無いように見えるが、その内には確かに心があり、痛い所を突けば反応を示す。完璧になりきれない銀髪美人。是非とも友人関係を築きたいが、彼女は俺が嫌い……というより、苦手だろうな。

 

「それで? 具体的に調査って何をすればいい?」


「高野美知の死因と、それに至るまでに何があったかを調べなさい」


「その間、俺への監視は解いてくれますか?」


「調査活動に関しては、監視を解きましょう。その方が、調査に集中出来るでしょうし」


「分かった。やるだけやるよ」


「あら、意外と素直ね。何か要求されるかと思ってたけど」


「幸運な事に、生活費に困ってなくてね。二人っきりで会えるチケットなら、是非とも欲しいが」


「おかしな人……もういいわ。あなたの活躍を期待しています」


 再び袋を被せられ、俺は空き教室に戻ってきた。少しは距離を縮められたと思うが、まだまだ会話が必要だな。


「副生徒会長のお言葉は以上だ。さぁ、自分のクラスへ帰れ」


「終わったらポイですか。酷い男ですね、ゴリ先輩は」


「お前は俺をどういう男だと思ってるんだ……」


「面白くて良い先輩だと思ってますよ。それじゃ、また会いましょう」


 席を立ち、空き教室から出ようとした時だった。 


「ちょっと待て」


 俺を呼び止める橘先輩の声に足が止まった。振り返ってみると、橘先輩は俺に何かを聞き出そうと言葉に詰まっていた。


「あー……その……副生徒会長の様子は、どうだった?」


「どうって……いつも通り、油断出来ない相手でしたよ」


「そうじゃなくてだな……いや、何でもない! 忘れてくれ」


 橘先輩は頭を掻きながら、俺に背を向けた。俺は特に気にする事でもないと思い、橘先輩を残して空き教室から出ていった。

 自分のクラスに戻ると、午前の時とは様子が一変していた。女子も男子も入り混じり、みんなで何かを討論している。怒声を張り上げる者や、涙を流す者。一触即発の雰囲気だ。

 隣のクラスを覗いてみたが、宮下さんのおかげで俺のクラスよりは平然としているが、漂う空気が悪化している。俺は目が合った宮下さんを廊下に呼び出し、何が起きたのかを聞いてみる事にした。


「更に空気が悪くなったように感じますが、何があったんですか?」


「それは……場所を変えて話しましょう」


 屋上に移動し、誰もいない事を確認すると、宮下さんは俺に説明をし始めた。


「朝に話した高野先輩の事、憶えてる?」


「ああ」


「昼休みの最中に、みんなの携帯に動画が送られてきたの」


「動画? 内容は?」


「首吊り自殺の一部始終を撮った動画。首を吊ったのは……高野先輩」

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