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 登校中、三人の男女に囲まれて壁に追い込まれている女性を見かけた。何か気に障るような事でもしたのだろうか。いや、そうじゃなくても、ああいう手合いの者は気紛れで人を脅す。関われば面倒事に巻き込まれるのは目に見えている。人生楽あり苦あり。あの女性は厄日だったようだな。 

 俺は伸びてもいない爪を見ながら、彼ら彼女らの横を通り過ぎていった。


「いつまでシラ切るつもりだよ!」


 背後から、女性の怒声が聞こえてきた。立場や声色から察するに、怒声を発したのは追い込んでいる女の方だろう。通り過ぎた時に香ってきた香水の気持ち悪い匂いの通り、キツい性格の女のようだ。


「お前の所為で……お前の所為で!!!」


 その言葉をキッカケに、更に騒ぎが大きくなった。思わず振り返って確かめてみると、壁に追い込まれていた女性が、二人の男に取り押さえられ、男の仲間である女がナイフを構えていた。怒りで興奮しているのか、ナイフを握る両手が震えている。少し、危険な状態だな。

 よせばいいと分かっていながら、俺は道を引き返していき、女の手を掴んだ。


「なんだよ! ガキが、私らの事情に割り込んでくるな!」


 実際に近くで観察して、分かった事がある。怒りで興奮していると思っていた女の表情には恐怖があり、女性を取り押さえている二人の男の表情にも恐怖があった。

 その反面、女性はいたって冷静であった。二人の男に身動きを封じられ、ナイフを向けられているというのに、女性の表情には何も感じられない。瞳は黒く濁っていて、縫い付けられたように表情が動かない。着ている服は普通だが、特殊な臭いを醸し出している。

 

「止めた方が良い」


「ハッ! 正義の味方気取りかよ! さっさと手を離せよ!」


「あんた達に警告しているんだ。アレに関わるのは、止めた方が良い」


「しゃしゃるな! こいつを刺す前に、あんたを先に刺すよ!?」


「そうか。その方が良いかもな」


 俺は女の手を自分の方へ引っ張り、腹部にナイフを突き刺させた。


「……は?」


「刺してしまったな。これは立派な殺傷事件だ」


「ば、馬鹿! なんでこんな真似を!」


 女は俺からナイフを引き抜き、俺の傷口を手で塞ごうと手を伸ばしてきた。俺はその手を掴み、女と女の連れの二人の男に向けて最後の警告をした。


「アレに今後一切関わらないと約束するなら、警察には連絡しない。お前らは見た所、まだ二十代だろ。前科持ちになって、人生ふいにしたくはないだろ?」


「でも……!」


「お前らじゃ無理だ。そのナイフで刺した所で、アレは完全には死なない。さっさと行けよ」


 女は悔しそうに歯を噛み締め、その後安堵したかのように緊張を解くと、二人の男を引き連れて去っていった。

 俺と女性だけが残されると、女性に感じていた異質さが如実に感じ始めてきた。


「お前、悪霊だろ?」


「……」


「シラを切っても無駄だ。自分の不幸を関係ない他人に振りまくクズが」


「……フフフ」


 悪霊は無表情のまま、揺れる笑い声を発した。人差し指を俺の傷口に差し込むと、身体を黒い水に変化して、俺の体内に入り込んできた。ミントのガムを噛んだ時の冷たさが全身に走り、指が勝手に動き出す。

 悪霊が俺の体内で苦しんでいる。俺の血肉は人外にとって猛毒だ。入り込んだ時点で傷口は塞がったし、逃げ場は無い。この程度の悪霊なら、一分もせずに消滅する。

 しかし、人外を体内に取り込むのは、いつまで経っても慣れないな。今回は少し寒くなった程度で済んでいるが、酷い時は体内で暴れて、骨や肉を片っ端に損傷させられた時もあった。


「あー、気持ち悪い」


 体が正常に戻った事を確認し、俺は再び学校へ足を進めた。思わぬ寄り道で時間を使った所為で、走っても遅刻は確定だろう。今日は進藤先生が一緒にいなくて良かった。

 学校に辿り着き、自分のクラスに行くと、酷く重い空気に包まれていた。進藤先生が神隠しの呪いを受けた時と似たような空気だ。隣のクラスも覗いてみたが、同様の重い空気に包まれていた。

 すると、クラスメイトを慰めていた宮下さんと目が合ってしまった。俺は必死に首を横に振ったが、宮下さんは構わず俺の方へと駆け寄ってきた。自分のクラスに逃げ帰ろうとしたが、時すでに遅く、宮下さんに背中から抱き着かれてしまった。


「門倉君、おはよ!」


「……来るなって、意思表示したはずですが?」


「来るなって言われると、来たくなっちゃうのが乙女なの」


「随分と面倒な……それで、どうしてこうも重い空気に包まれてるんですか? 俺のクラスも同じ空気でしたし」


「それがね、三年生の高野さんっていう人が亡くなったそうなの。高野さんはテニス部のエースで、テニス部の人はもちろん、色んな生徒からも羨望の眼差しを向けられていたみたい」


「憧れの女性が亡くなって、喪失感に満ち満ちているって事ですか」


「それぐらい、素晴らしい人だったんでしょうね」


 人気者が死ぬと、その人を慕っていたファンはどうしようもない喪失感に陥る……にしても、妙に重すぎる。悲しみに暮れているだけじゃなく、何か別の感情も混じっているような気がした。


「亡くなった原因は?」


「それが、伏せられてるの。でも、みんな自殺だって勘付いてるみたい」


「そりゃまたどうして?」


「流石に内容までは聞けないよ」


「人気者の宮下さんでも?」


「あのね、門倉君。私に人の心が無いとでも思ってるの?」


「そりゃ、まぁ」


「相変わらず酷いな~。でも、今の状態で事情を聞くのは本当に駄目だよ? せめて、日が経って、少し落ち着いてからじゃないと」


「それ、俺に言ってます?」


「ええ。門倉君は平気で聞くでしょ?」


 実際、宮下さんに言われなきゃ、俺は誰かに聞いて回っていただろう。気になるが、調査は後日だな。というか、別に調査すべき事でも無い気がする。俺は高野さんという人とは面識が無いし、死んで悲しいわけじゃない。

 なのに、どうしてか引き寄せられる。高野さんの死の原因を突き止めなきゃいけないという、使命感のようなものが、俺の中に宿っていた。

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