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神隠し 三

 茂みの奥から、怪異が近付いてきているのを察知した。まだ距離は遠いが、真っ直ぐ俺達の方へ来ている。一分……いや、足を速めた。となれば、三十秒でここへ現れる。

 

「先生。その石を持って下へ。その石があれば、先生は現世に戻れます」


「門倉君は? 一緒に来ないの?」


「怪異が近付いてきています。俺が時間を稼ぎますから、その間に―――」


「駄目だよ! 一緒に逃げようよ!?」


 進藤先生は俺の手を掴み、強引に俺を連れて行こうとしてくる。俺はその手を振り払い、石を握らせた。


「いいですか? 誰かがここで足止めしなければ、二人共喰われて終わりです。こうしている間にも、怪異は距離を縮めてきています」


「門倉君を犠牲にして、自分だけ逃げろって? 冗談じゃない! 私は絶対に門倉君を見捨てないから!」


「学校の先生なら頭を使ってください。あなたが残って、一体何が出来るっていうんですか。喰われる先生を見て、俺に一生の負い目を負わせるんですか?」


「それは……!」


「もうそこまで来ている。さっさと行けよ。行け!!!」


 言っても聞かない進藤先生にシビレを切らし、足で蹴飛ばした。進藤先生は苦しそうな声を漏らすと、ようやく下山していった。

 邪魔者はいなくなった。これで残すは、本題だけだ。俺はルー・ルシアンのように術は使えない。彼女のような人並外れた力だって無い。

 それでも、この体がある。埋め込まれた厄物によって、人外の再生能力を持つ俺の体が。


「……来るか」


 気配がする方向の茂みに体を向け、現れる怪異を待ち構える。雑草を踏む大きな足音。ミントに鉄臭さが混じった怪異独特の悪臭。

 茂みから姿を現した怪異の姿は、祠に祀られていたキツネであった。だが、ただのキツネではない。ゾウのように大きく、白い毛は逆立ち、人間に似た大きな目が六つある。その六つの目が俺の姿を捉えると、怪異はニヤリと口を吊り上げ、生え揃った鋭い歯をチラつかせた。


「オ前、他ノ人ト違ウ。美味ソウダ!」


「なら、喰ってみるか?」


 さぁ、俺の体を喰え。その鋭い歯で、骨を砕き、肉をすり潰し、俺の血肉を身に流し込め。


「ン?」


 突然、怪異は俺から視線を逸らした。あれだけ俺に興味を示していたのに、急に興味の対象が変わった。

 怪異の視線の方向へ目を向けると、怪異の腹部にシャベルを突き刺す進藤先生の姿があった。


「その子には、指一本触れさせない!!!」  


「ホウ」


「馬鹿ッ! なんで逃げてないんだ!」


「あの石で入り口まで下りれた! だから、武器になりそうな物を持って戻ってきた! あなたを見捨てて逃げ出せば、私は一生自分を許せない! もう、弱い自分のままじゃいられないの!」


 進藤先生は怪異に突き刺したシャベルを一度抜き、もっと深くまで突き刺そうとする。それを見過ごす程、怪異は寛容ではない。太い尻尾を振り被り、今にも進藤先生の体を吹き飛ばそうとしていた。俺は進藤先生に駆け寄り、彼女の盾になるようにして抱き着いた。

 次の瞬間、背中に強烈な衝撃が走った。あまりの衝撃に、痛みを感じる余地も無い程に息苦しい。進藤先生を抱いたまま地面を転がっていき、やがて止まると、ようやく背中に痛みが滲み出てきた。


「門倉君!!!」


 青ざめた表情を浮かべた進藤先生が俺を見ていた。怪我は無いようで安心した。不安なのは、進藤先生がまだ俺を守ろうとしている事だ。


「……先生……駄目、だ……! 怪異に……普通の武器は、効かない……!」


「ソノ通リダ。ソンナ物デ、コノ体ヲ傷付ケル事ハ不可能ダ」


「それでも、やるのよ!」


「ハッハハハ! オモシロイ! ツクヅク人間ハ愚カダナ!」


 進藤先生の足は震えている。呼吸のリズムも酷く乱れている。怪異に対し、進藤先生が怯えているのは明らかだ。

 なのに、どうして意地を張るんだ? 俺を守る為? 過去の弱い自分に戻りたくないから? どんな理由があるにせよ、生き延びる事が優先事項だ。プライドを持って死ぬのは有終の美ではなく、ただの死だ。意味のある死だとしても、死ねば見返りを貰えない。

 人は失う物を恐れて生きるんだ……生きてなきゃ、何も得られない!


「人間ノ女。マズハ、オ前カラ喰ッテヤロウ!」


「ぐっ!? ぐぅああぁぁぁぁ!!!」


 再生しきっていない背骨を自分でグチャグチャにしながら、俺は進藤先生の前へ動いた。大きく口を開けて迫る怪異に左手を伸ばし、左腕を嚙み潰させる。一瞬で全身に走る激痛に目が飛び出そうになり、勝手に手足が震えてしまう。


「門倉君!!!」


「馬鹿ナ子メ! 自ラ喰ワレニ来ルカ!」


「ハハ……喰って、しまったな……!」


「ナニ? ッ!? アァァァァ!!!」


「化け物が、苦しんでる……?」 


 随分と遠回りになったが、結果的に上手くいった。俺は痛みに慣れているが、自ら喰われるような趣味は持っていない。怪異に自分の体を喰わせるのは、見返りの為だ。

 悶え苦しむ怪異は後ろへ下がっていき、口から黒い体液を大量に吐き出した。


「貴様ッ……! 何ヲ喰ワセタ!!!」


「何をって、俺の体に決まってるだろ? 運が良かったよ。お前は最初から、俺を喰おうとしてたんだからな」


 再生した左腕の調子を確かめた後、進藤先生の手から奪ったシャベルを肩に担いで、倒れ込んでいく怪異の前に立った。


「人は害虫を駆除する為に、害虫が好む匂いを放つ餌を置く。その餌に誘われた害虫が餌に喰い付くと、みるみる内に弱っていくんだ。今のお前みたいにな」


「ガ……ア……アァ……」


「いくら怪異といえど、力を失えばただの死に損ない。刺されれば死ぬし、潰せば死ぬ。俺は非力だから、一発じゃ殺しきれないかもな」


 吐き出した体液で顔を濡らす怪異に狙いを定め、俺はシャベルを突き刺した。何度も、何度も。確実に怪異が死ぬまで、俺はシャベルを突き刺し続けた。

 シャベルの矛が折れ曲がって使い物にならなくなると、ようやく怪異は死んだ。顔ばかり集中していた所為で、面影が残されていない。

 神隠しの現象を引き起こした緑色の石。そしてその石に力を注いだ元凶である怪異が死んだ事により、神隠しは消滅し、俺達は現世へと戻ってこれた。祠があった方へ視線を向けると、そこには祠など無く、その跡さえ無かった。

 突然の出来事で、一時はどうなるかと思ったが、進藤先生を無事に現世に帰せて安心した。今回は、他人を犠牲にせずに済んだ。


「……ね、ねぇ、門倉君……終わった、の?」


「ええ。終わりましたよ」


「そう、なんだ……」


「俺が怖いですか? 喰いちぎられたはずの腕が元通りになるなんて、普通の人間じゃ出来ませんもんね?」


「……ごめん」


「その謝る所、直した方が良いですよ。俺は気にしてませんから。全然、気にしてませんから」


 俺が笑顔を向けても、進藤先生は目を合わせようとしない。これが初めての事じゃなくて良かった。それでも、やっぱり……。

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