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十二の行事

 宮下さんの家で夕食を頂き、次は風呂という所で、俺は逃げ出した。あれ以上厄介になっては、一晩泊まる事になりかねない。宮下さんの両親は、何としてでも俺と宮下さんをくっつけるように自棄になっていた。そのあまりの行動に、流石の宮下さんも良心が痛んだのか、俺が逃げ出すのを手伝ってくれた。


「じゃあ、今日はありがとう。宮下さんのご両親にも礼を伝えといて」


「……本当に、ごめんね。まさか、私以上に張りきっちゃうとは思ってなくて」


「風呂場に連行されそうになった時は焦ったよ。ちゃっかり着替えも用意されてたし」


「こんな事言うのもなんだけど、誤解しないで。二人共、私に好きな人が出来たのが本当に嬉しかったんだと思う。恋人はおろか、友達だって連れてきた事も無かったし」


「まぁ、近い内に今日のお礼を言いにまた来るよ。宮下さんが良ければね」


「ありがとう。じゃあ、また学校でね」


 玄関先で手を振る宮下さんに手を振って、俺は家路についた。外は真夜中になっており、誰も外を歩いていない。まるで、世界に俺だけ取り残された気分だ。

 そんな風に思っていると、道を照らす電柱の街灯の下で、一人の人影が佇んでいた。背が高く、明かりに照らされているのに影のような姿。

 人影のもとへ近付いていくと、その人物は俺が思っていた通りの人物であった。


「クロ……お前、なんで外に―――って、別にお前は俺のペットでもないしな。自分の意思で外にくらい出るよな」


 俺が手を差し伸べると、クロは俺の手を両手で包み込み、その高い背丈で俺を抱き包んだ。実際、どうして外に出たのだろう? クロは怪異だが、他の怪異のような悪意や残虐性が感じられない。人を襲いに外に出たとは考えられない。


「お前、寂しかったのか?」


 そう尋ねてみると、俺を抱きしめるクロの力が強まった。骨が折れる音が聴こえたが、不思議と痛みは感じなかった。冷たいはずのクロの体温が、温かく感じられた。

 俺達は手を繋ぎ、街灯が順々に照らす道を歩いていく。クロの手は俺よりも一回り程大きい為、手を繋ぐというより、覆われてる感じだ。その事を口に出せば、握られてる方の手を潰されかねない。

 クロは、一体何なのだろう。怪異である事は確かだが、それにしては妙な人間味がある。見た目という意味ではなく、仕草や感情表現……まるで、人の心を持った怪異だ。ルー・ルシアンの話では、怪異に感情はあれど心は無く、ただただ虚無に満ちているとの事。

 では、クロも心が無いのか? 俺は確信している。クロには心がある。だからこそ、最も警戒すべき相手のはずだが、俺は既にクロに心を許してしまっている。今更警戒する事なんて、出来そうもない。


「……クロ、止まって。誰かが来る」


 クロと手を離し、前方からやってくる人物に意識を集中させた。人の気配を持っているが、その気配が強過ぎる。通常の人間の気配が豆電球の光とするならば、今向かってきている人物は太陽だ。まだ姿も見えていないのに、既に俺の意識は引っ張られている、躍動する鼓動に呼吸が制御出来ず、パニック状態に陥っている。

 冷静さを取り戻そうとした矢先、俺達から三つ先の街灯の明かりが消えた。暗闇となったそこに、一人の男の姿がハッキリと見えた。金色の髪、金色の瞳。

 入学式の時、学校の入り口前に立っていた男だ。


「学校には慣れたかな? 門倉冬美君」


「……あんた、入学式の時に出会った奴だな。何者だ。生徒会の一人か?」


「生徒会を見つけた、あるいは見つけられたか。どちらにしても、順調な滑り出しだ。門倉冬美君。君に、やってもらう事がある」


「はぐらかすなよ……! 俺はあんたについて聞いたんだ!」


「僕は生徒会のメンバーじゃない。もっと言えば、あの学校の生徒でもない」


「じゃあどうして制服を!」


「そんな事はどうでもいいだろ。門倉冬美君。これから君は学校の行事に参加する事になる。聖歌高校では月に一度、行事が行われる。その行事を、消滅させるんだ」  

 

 行事の消滅? 一体何を言ってるんだ。好き勝手喋る癖に、こっちの言葉には聞く耳を持たない。


「どうして俺がしなければいけない」


「それがお互いの為だからだよ。聖歌高校の行事には、それぞれ現世の外にいる存在が絡んでいる。君が探し求めている怪異さ」


「それが、あんたにとってどんな得を?」


「学校の裏にある教会には行ったかい? あそこには目に見えない強力な封印が施されている。十二の行事を消さない限り、封印は破れない。僕はね、封印を破ってほしいんだ」


「ますます協力出来ないね。要するに、教会の中に封じられた何かを目覚めさせる事になるんだろ? 十二の行事それぞれに怪異が関係しているのなら、怪異十二体分の力を必要とした封印だ。封じられてるのは、ロクなものじゃない」


「それでも、君はきっと十二の行事を消滅させるよ。君は優しいからね」


 そう言うと、男は俺に背を向けて立ち去ろうとした。


「おい、待てよ! 名前くらい名乗ったらどうなんだ!」


「ネムレス。今はそれが僕の名前だ」


 その言葉を最後に、ネムレスは去っていった。消えた街灯に再び明かりが灯る頃には、既にネムレスの姿は見えなくなっていた。

 俺は膝をつき、抑え込んでいた恐怖を解放した。震える手足と、滝のように流れ出る汗。凍えるような寒気に歯を噛み締めながら、その感覚に歓喜した。恐怖や寒気を感じられるのは、生きている証。ネムレスと対面していた間、俺は絶えず死の予感を覚えていた。俺は厄物によって死ぬ事が不可能だが、ネムレスなら容易く俺を殺せる確信がある。何の動きも見せなかったが、その存在と纏う雰囲気から、そう確信せざるをえない。

 あれは人間じゃない。クロが怪異の姿をした人間なら、ネムレスは人間の姿をした怪異だ。今まで遭遇してきた怪異とは次元が違う。

 俺が恐怖に身を震わせていると、クロが背中から抱きしめてきた。クロがいて良かった。俺一人なら、再起出来なかっただろう。


「フゥ、フゥ……! ありがとう、クロ……もう、大丈夫だ……」


 そう言ってみせたが、足に力が入らない。俺が立ち上がれずにいると、それを察してか、クロは俺を肩に担いだ。


「……悪いな、クロ」


 そうして俺はクロに担がれ、家へと帰宅した。慣れ親しんだ自宅の匂いに安心感が湧き、玄関でクロに下ろされると、そのまま気を失うように眠りについた。

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