第95話 狩られる者
ワン! ワン! ワン!
アンツァは狙撃犯に向かって吠え続けている。
ワン! ワン! ワン!
(忍、ひるむな! 隙を見せたらやられるぞ)
今まで俺がボコってきた相手は、男か魔物かクマだ。
女子に手を挙げるなんてことしたことがない。
爺ちゃんにも、弱い者いじめはしちゃいけないと教わって育ってきた。
そうだけど……
女子でも強い女子だったら、弱い者いじめにはならないんじゃないか?
「ここじゃ、いや」
「はぁ、そうですか」
殴ろうとして握った拳の力が抜けた。
情けないことに、俺は間の抜けた返事をする以外思いつかない。
どういうこと? どういうこと?
あ、わかった。
俺は今、山奥で女子を押し倒して、馬乗りになっているのだ。
こんな状況は、とんでもなく恥ずかしいじゃないか。
俺だってそうなんだから、女子が恥ずかしくないわけがない。
なるほど、嫌なのはもっともだ。
俺に動きを制止された女子は、哀願するような目で俺を見つめている。
男のようなアーミースタイルの服から、うっすらと汗をかいた白い首筋が危うげに覗いた。
ワン! ワン! ワン!
(忍、しっかりしろ。ここでボコるんだ。
今やらないと逆にやられるぞ)
えーーーと、えーーーっと。
ここで、女子に馬乗りになってボコってもいいのかな。
思考回路がショートした。
躊躇している間に、女子の手がのろのろと伸びて俺の手首をつかむ。
「いやだってば」
今まで生きてきた中で、聞いたこともない妖しい声にドキッとした。
そこに気持ちの隙があった。
あっという間に、俺は腕を捻られ地面に倒されてしまった。
気が付いた時には、立場が逆転。
女子は俺の上に馬乗りになって、片足を伸ばし、飛ばされたはずのライフル銃を巧みに自分の横に引っ張って取り戻した。
ライフル銃を取り戻して構えるショートボブの女子は、狙撃犯だ。
銃口をこっちに向けて狙いを定めている。
「はーいチェックメイトよ。チェリー・ボーイ。
噂通り、生身で戦うダンジョン探索者って本当ね。
乱暴だけど……嫌いじゃないわ」
ワン!
(だから言っただろ。腰抜けヤロウ)
「腰抜けヤロウだと?
それは言いすぎだろ、アンツァ」
ワン! ワン!
(何がだ。相手が女だとへなちょこになりやがって、情けない)
「うるせー!
猫にビビってペコペコしていたアンツァに言われたくないね」
アンツァと俺が口喧嘩していると、狙撃犯はイラついて激おこぷんぷん丸になった。
「あぁん、もう……! うるせーって何。
一体誰と話しているのよ。
この犬?
ははん、こいつね、さっきからうざい!」
狙撃犯は銃口を俺からアンツァに向け直し、発砲した。
パーン!
寸でのところでアンツァは身をかわして、木の陰に隠れた。
銃弾は木の幹に当たって的は外れた。
「うざい!あの犬。あの犬には躾が必要ね。
そんなことより、あなたよ。
嫌よ、わたしが居るのに他の人とおしゃべりなんて」
「いや、人じゃないんで。アンツァは秋田犬なんで」
「それでも嫌なの。
もっとこっちに集中してよ、ハチ王子」
「へぇ、俺のことをハチ王子だと知ってるんだ。
じゃ、俺を撃つ前にちょっと質問いいですか?
君は誰?」
「教えてあげなーい」
「君みたいな子は初めてだ。
銃を扱える女子は、そんなにいない」
「フフッ、初めてなの? 嬉しい。
じゃあ、これだけは教えてあげる。
この山にはね、狩る者と狩られる者がいるのよ」
「俺は狩られる者か?」
「さあね」
「さあねって……
今、間違いなく狩られる側になっているけど」
「今は?…じゃなくって、ずっとよ」
「ずっと?」
「あら、わかんなかった?
わたしが狙ったのはクマではなくて、あ・な・た」
女子はニコリと微笑んで、銃を構えたままウインクしながら怖いことを言った。
「あの鐘を鳴らすのはあなた…
って、爺ちゃんがよく歌うんだよなぁ」
「あなたの爺ちゃんの話に興味はないわ。
ちょっとはドキッとしなさいよ」
「あ、ごめん。狩られる者の話」
「あなたねぇ、銃口を向けられている状態で、
よくまあ冷静でいられるわね」
「そうかなぁ。普通だと思うよ」
「普通じゃないわよ!
危機的状況に置かれているのがわからないの?
命乞いしなさいよ。
ハチ王子が命乞いする姿を見てみたいわ。
ああ、ハチ王子の目に涙をにじませたらどんなに気持ちいいかしら」
「いいよ。しようか? 命乞い」
「あらそう、ありがとう。…って、違うわよ!
喜んで命乞いするバカがどこにいるの。
それじゃ全然気持ちよくならないの!」
「へぇ、そんなもんなんだ。気が付かなかった。悪かった。
もう君の好きにしていいから、命だけは奪わないで」
「そうそう、それよ。もっと懇願して」
「もう、終わりだよ」
「ダメ、まだよ。まだまだ…」
「もう勘弁してよ」
「ああああ、いいわね、その感じ。
いい、いい。もう我慢できない」
「どうぞ」
狙撃犯は息を吐き、引き金を引いた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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