第94話 狙撃
子グマを守ろうと、母グマは思いっきり車に体当たりした。
ドーーン!
車のフロントガラスにひびが入り、運転手は悲鳴を上げながらも撮影を続ける。
「うわっ! うわぁ!
これ最高にレアな映像じゃね?」
カメラを通して見える映像は、現実離れしてみえるのか、撮っている本人に事の重大さに対する危機感が全くない。
「待て! クマ、落ち着け。
こんな奴なんかほっといて山へ逃げろって!」
俺は母グマを後ろからは羽交い絞めにして、破壊行動を止めに入った。
力任せに羽交い絞めした態勢から、投げに入ろうとした瞬間だった。
パーン!
「あ」
次の一瞬で信じられないことが起きた。
パーン! パーン!
母グマの腕の力は抜け、体重をそのまま俺に預けてきた。
クマの毛皮を伝って、生温かいものが流れ俺の顔から首、Tシャツを赤く染めていく。
「ひっ」
力なく俺に体を預ける母グマを横に倒して見てみると、眉間の急所を一発で射抜かれていた。
車のフロントガラスにも、赤い血の花が飛び散っている。
銃声は三発鳴ったはず…
あとの二発は的を外したのか?
周囲を見回すと、子グマと狩野が道路に倒れていた。
「え? え? ……か・り・の?」
あまりの急展開に俺の頭は真っ白になった。
何が起きたんだ。
俺はその場に、ヘナヘナと座り込んだ。
パーン!
座り込んだ瞬間だった。
俺の髪の毛をかすめて飛んで来た銃弾が、道路に当たって弾け飛んだ。
誰が撃っているんだ。
マタギじゃない。
だって、クマを仕留めてもなお狙撃してくるなんて。
ウゥゥー…
アンツァは俺の横に寄り添いながら周囲を警戒した。
「狩野、狩野…… 俺のせいだ。俺が子グマを頼むなんて言ったからだ。
俺が狩野を殺したんだ。うわぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は道路にうつぶせになって大声で泣いた。
「おい、勝手に殺すな」
「いや、俺が殺し…?…か、狩野?」
「僕は死んでいない。銃声がしたから伏せているだけだ。
最上も、危ないからそのままの姿勢でいろ」
狩野は俺が想像していた最悪の状態じゃなかった。
それどころか、冷静に状況判断し危機を回避する行動をとっていたのだ。
「狩野って、たまに天才になるよな」
パトカーのサイレンが聞こえた。
町のほうからサイレンの音は聞こえて、だんだんここに近づいて来る。
「警察だ。爺ちゃんが呼んでくれたんだ」
坂道を登ってパトカーはやっと到着した。
消防や猟友会もそれぞれの車で駆けつけてきた。
それを見て安心したのか、被害にあった車からのん気に運転手が降りてきた。
「おまわりさーん! こっち、こっち、こっちです。
クマが車に体当たりしてきて死んじゃったんですよ。
車が破損しちゃって。
俺が一部始終を動画に記録しましたぁ!
見ますかぁ?」
こ・い・つ…
「危ないから伏せろ! 狙撃されるぞ」
伏せるように手でサインをおくりながら、俺は運転手に忠告した。
「あれ? 生きてたんだ」
「勝手に殺すな」
「最上、それ僕のセリフ」
「あ、こいつも生きてるんだ」
人の事を言える立場じゃないけど、
俺もバカだが、この運転手も相当なバカだ。
パトカーが到着した時点で、狙撃した人間はもう逃げたと思うが、
こいつみたいなバカは撃たれたほうが、ちょっとはマシになるかもしれない。
警察官と猟友会は車から降りて、無線で連絡を取り合いそれぞれの場所で待機している。
銃声を聞いた警察は危険と判断し、他にも応援を頼んでいた。
「忍くん、無事か?
発砲音がしたが、発砲したのは誰だ」
先日、玉川温泉でお世話になった警察官が、防弾チョッキを身に着けて近づいて来た。
「わかりませーん」
狙撃犯は逃げただろうが、まだそんなに遠くへは行っていないはず。
アンツァと俺は、周辺の風景と音に全集中した。
一瞬、坂道の上にある林。そこの笹藪がかすかに揺れて音がした。
カサコソ。
アンツァは異変に気が付いて、林の中へ走っていく。
(あいつだ。撃ったやつは)
アンツァ、早い! よし、俺も追い詰める。
ワン! ワン! ワン! ワン!…………
「忍、やめれ、追うな。
危ないから戻って来なさい!!」
爺ちゃんの声だ。
来てくれたんだ、爺ちゃん。
でも、今だけは爺ちゃんの言うことを聞けない。
なぜって、
これは俺の野生の勘としか言えない。
逃げるものは、追いかけたくなる。
引き止める声を背中に聞きながら、俺は林の中へと走って行った。
アンツァ、追え! 追い詰めろ!
ワン!
(わかってますって)
笹薮の中は走りにくい。
藪に覆われた地面をいくら急いで走っても、狙撃犯には追いつけない。
「環境応答、できれば猿に」
俺は木の枝にジャンプすると、木の上を行く作戦に切り替えた。
猿のように、枝から枝へと飛び移り、アンツァが走って行く方角へ向かう。
俺が枝に飛び移るたびに、そこにいた鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ。
リスも隣の木へと逃げていく。
「ごめんよ。ちょっと失礼」
山猿のように木の上を走る。
履いて来た地下足袋が良かったのか、あっという間にアンツァのいるところまで追いついた。
アンツァは、アーミー柄の帽子をかぶった人間に向かって盛んに吠え続けていた。
吠えられている人間は、吠える犬が鬱陶しいのか、
ライフル銃の銃口をアンツァに向け、狙いを定めた。
カチャカチャ
「やめろ!」
俺は、狙撃犯めがけて跳躍し、スパイク付きの地下足袋でライフル銃を蹴とばした。
と、同時に右手で相手の体をねじ伏せ、馬乗りになった。
「う」
狙撃犯のアーミー柄の帽子が地面に落ちて、ショートボブの髪がサラリと揺れた。
山の中を走って来たせいか、前髪が汗で濡れて額にはりついている。
苦しそうに肩で息をし、紅潮した頬の狙撃犯は、馬乗りになった俺を下から見上げた。
「あん…」
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