第87話 巻き狩り
「巻き狩り」に参加する土曜日が来た。
俺と猿橋さんは、大声でクマを追い詰める勢子を務める。
林の中で銃を持って待ち伏せするブッパは、今日初対面のおじさん二人。
そして、統括のシカリは高橋さんが担当という5人態勢だ。
もちろん俺のお供のアンツァも参加するから、プラス一匹だ。
アンツァは連れて行くにあたって、
勝手に吠えないこと、
勝手にクマを追いかけないことが条件つけられた。
アンツァは不服だろうが、しょうがない。
クウン
(別に不服じゃないよ。普通そうなるだろ。おらは忍を守る役目だから)
こいつ、大人だな。
現場に到着すると、ブッパのおじさんたちが、恐ろしいニュースを口にした。
「隣町の六十代の男性が、キノコ採りに入ってクマに襲われたらしいぞ」
「キノコ採りは二人で行ったが、ひとりは行方不明とも言ってたな」
「おい、坊主。山の中では猿橋に置いて行かれないように気を付けな」
「はい、気を付けます」
先日、山で感じたクマの気配。それが事件を起こしたクマだという証拠はないが、もしそうだとしたら、俺たちは事件のクマとニアミスしたことになる。
「先日の場所と事件があった場所は、かなり近いからな。
まあ、だいたい行先は見当がついている」
高橋さんはそう言って、勢子が追い込むルートとブッパの待ちの場所を指示した。
それぞれの持ち場に着いたら、無線で連絡を取り合うことになっている。
そして、いよいよ持ち場についた。
猿橋さんが小声で言った。
「ここから先はクマの領域だ。慎重に行くぞ」
「はい……」
「まだ、勢子の声は出しちゃダメだからな。
ここで気づかれたら、クマはブッパの所まで行かない」
へぇ、そうなんだ。
猿橋さんの後ろに付いて、笹薮の中を歩く。
歩きながら、近くにクマが現れた時のために、猿橋さんはライフル銃を持って歩いていた。
二人とも無言で藪の中を進む。
ガサガサ、ガサガサ。
笹薮を踏み分け、細い枝の下をくぐり、林の中の移動は登山とは全く違う。
無言で林の中を歩き続けていたが、猿橋さんは首をかしげて立ち止まった。
「なにか、おかしい。……気配がまったくないぞ」
地面にクマが通った跡がないか探してから、今度は顔をあげて周囲を見渡した。
「全く気配がない」
高橋さんに指示されたポイントに到着して、猿橋さんは無線で知らせた。
「ちょうど、ナラの木が倒れている出発点につきました。
はい、じゃ、今から声だして行きますね。
……忍くん、行くぞ」
声ってどんな声だせばいいの?
「何でもいい。大声出すんだ。はぁーはっ!」
「はぁーはっ?」
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
「やぁー!……やぁーーやぁっ!」
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
「Yo! Yo! Yo!」
「何それ」
「ラップです」
「なんでもいいけど、それで二時間叫び続けられるならな」
「え、そんなに?」
この声出しが、まさか延々と続くとは俺は思っていなかった。
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
声を出しながら、ブッパが待ち構えている山の稜線までクマを追い上げていく。
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
「Yo! Yo! Yo!」
10分位進んだところで、猿橋さんはクマの痕跡をみつけた。
俺にはわからないが、何か獣がいた痕跡らしい。
無線で高橋さんに連絡する。
「ここで、ちょっと何か漁った跡を見つけました。
シカかもしれないな。
さっき、そこにシカがいたんだよ。
でも、シカにしては、漁ったあとがクマっぽいなぁ。
ヤマドリではねぇ」
すごっ。何かを漁った痕跡を見て、どんな動物かわかるのか。
俺には、痕跡も動物もさっぱりわからない。
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
「Yo! Yo! Yo! ダメだこれじゃ」
ラップで山を登るには、声が響かないと気が付いた俺は猿橋さんの発声方法に従った。
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
「はぁーーはっ!……はぁーーはっ!」
猿橋さんは、ここから本格的に追い上げすることを、無線で高橋さんに連絡した。
「ここから声出しで、そっちの方に追い上げて行きますよー」
さあ、いよいよ追い上げ本番だ。
さらに、声出しを15分ほど声出し続けた。
そして、林の中を抜けていくと新たな痕跡を見つけた。
「ああ、これはクマだな。新しい糞があった。新しいぞー。新しい」
新しい糞を見つけて、猿橋さんは興奮している。
マタギだからこその喜びだろうが、普通だったら変人だ。
それにしても……
ただの山歩きとは違って、道なき道を大声出しながら進むのはかなり体力を消耗する。
俺は、はぁはぁと息切れを起こしていた。
猿橋さんも、少し息が上がってきている。
「ここはいつもの場所だ。いつもここで餌を食っているんだ。
これは新しい糞だ。
昨日か、今朝のものだなぁ。
なるほど、やっぱりここにはドングリがあるからな」
糞はわかった。先日アンツァが教えてくれたものと似ていた。
「はぁーはぁーはぁーはっ!」
声出しはさらに続く。
「はぁーはぁーはぁーはっ!」
今度は、クマの足跡を発見した。
「クマの足跡を発見! 新しい。しかもデカいよ!」
猿橋さんがかなり興奮している。
そこからさらに急斜面を登っていく。
「はぁーはぁーはぁーはっ!」
掛け声が、息切れのはぁはぁなのか、何なのか、だんだんわからなくなってきた。
「左側で木を伐採しているのか、機械の音がしているから、
クマは必ずブッパのほうに行くぞ」
さらに、30分くらい声出しが続く。
「はぁーはぁ! はぁーはぁ! はぁーはぁ! はぁーはぁ! ……」
真新しい痕跡を、猿橋さんはまたしても見つけた。
「クマはここに居たんだな」
猿橋さんがみつけた場所は、まわりの藪はなくて丁度木の枝が丸く湾曲してテントのようになっていた。
なるほど、これがクマの寝床か。
更に声出しをしながら、沢に沿って移動。
「クマは自分の足跡を消すために、沢伝いに歩くんだよ。
沢の水には足跡は残らないし、臭いも消せる。
笹薮が動くようなカサコソという音も聞こえにくい。
水の音しかしないからね」
そのとき、遠くの方で銃声が聞こえた。
パーン!!
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