第85話 マタギの猟場
特別って何?
猿橋さんが特別という理由を高橋さんは明かしてくれた。
「猿橋君は、代々マタギの家系だから、山の中で育ったようなものだ」
えー! スタート地点が違うじゃん。
ハンデくれよ、ハンデ。
「猿橋君みたいな若者とは別に、最近はマタギを継ぎたいと来る人も多くてね。
代々マタギの家系の若者もいれば、他県から移住してくる若者もいるんだよ」
阿仁地区では、若いマタギが育っているとみた。
「忍くんの地区も玉川マタギがいるんじゃないのか?」
「そうらしいんですけど、爺ちゃんは、阿仁地区の方に知り合いがいるからって、こっちに」
「君の爺ちゃんは面白い人だよね。
……はい、ここに車止めまーす。あとは歩くよ」
*
高橋さんは、周辺の山々を見渡しながら
「ここから見える山は全部、熊が出る。マタギの猟場だよ」
と教えてくれた。
「山の高いところで全体を見渡しながら、仲間に無線で指示出しするのがシカリと言う役目だ。
野球チームの監督みたいなものと考えればわかりやすいかな。
山の中腹で、木に隠れて獲物が来たら銃をぶっ放すのが、
ブッパとか射手とか言う役目。
山の下から、獲物を追い上げて、ブッパのところまで追いつめるのが勢子だ。
わたしが十五歳で初めて巻き狩りに参加した時は、勢子だった。
猟銃を持てるようになるまでは、ずーっと勢子よ。
わたしの爺さんが率いるマタギ集団の中で、学生服と学生帽で大声を張り上げながらクマを追い立てたもんだ」
話だけ聞くと、大声をあげながらクマを追い立てるか役目なんて楽勝に思える。
そんなことを考えていたら、猿橋さんが車から降りて来て、いつの間にか俺の横に立って言った。
「今、簡単だと思っただろ」
ギクッ、バレたか。
「まあ、ダンジョン探索してるんだったら、普段からいろんな地形を走ってるでしょ。
忍くんなら、覚えが早いんじゃないかな」
猿橋さんの口から、ダンジョンという言葉が出て来て、正直びっくりした。
「猿橋さんもダンジョン探索するんですか?」
「俺はダンジョン探索なんてしない、しない。
ゲームで見たことあるから、ダンジョンってそういうものかと想像しただけだよ」
それでも、ダンジョンを知っている人に会えて、俺はちょっぴり嬉しかった。
久々に若い人に会えたんだもの。
ずっと学校に行っていないと、話し相手がお年寄りばかりになる。
少子高齢化の秋田県の現状を、俺は今、痛いほど感じていた。
高橋さんが、山の地形について話した。
「山の中、道も何もない斜面を大声出しながら登るっていうのは、体力がないと務まらない」
「そうなんですか。俺に務まるかな」
「今の季節は、木の葉や草、笹薮で地面が見えないから、
歩かないと本当の地形がわからないよ。
冬なら、枝葉が落ちて、地形の通りに雪が積るからわかりやすいんだけど」
「東京から来た人と違って、忍君は田沢湖から来ているから、雪深さは慣れているよね」
猿橋さんが、そう言って俺をフォローしてくれたけど、
実は俺、東京出身なんだよね。
それは言わないでおこう。
「忍くんは彼女いる?」
はぁ? 猿橋さんったら、藪から棒に何を…
「いませんよ。彼女なんて」
「じゃ、よかった」
「なんでよかった、なんですか?」
「俺たちが信仰する山の神は醜い女性とされ、嫉妬深いからさ」
「嫉妬するんですか?」
「クマや山菜、キノコなど山の恵みは全て、山の神の所有物よ。
機嫌が良いと授けてくれる。
機嫌が悪ければ、不猟どころか危険な目にも遭う」
「神様の機嫌しだいなんですか?」
「今でも山では、妻や恋人の話はご法度だ。
山の神の嫉妬を買うからよ」
「女っていうのは、神様も人間も怖いっすね」
高橋さんが山の神様について、話をつないだ。
「そんなことはない。山菜やキノコもクマも山の神からの授かりものだ。
そのおかげで、俺たちは生かされているんだよ。感謝しかないだろ」
「うーーん、まだ、よくわかんない」
「そのうちわかるさ」
猿橋さんが、俺の頭を軽く叩いて笑った。
なんだか、自分に兄ができたようで嬉しかった。
山の獣道から外れ、林の中を先頭きって歩くのは高橋さん。
そのあとに猿橋さん、そしてアンツァと俺が続いた。
「ここからは、クマがいるかもしれないから気を付けて」
気を付けるって、何をどう気を付ければいいのだろう。
「クマは笹藪のなかに身を隠したりしているから、
笹薮がカサコソ動いたらいるかもしれない」
「はーい」
アンツァは鳴き声を出さずに、俺の心に語り掛けてきた。
(おらがクマの気配を先に感知できるから、大丈夫。
安心しろ。何か感じたら、真っ先に伝えるから)
それは心強い。
しかし、今までのアンツァの行いを見ると、にわかに信じがたい。
頼むから、危機的な状況に会って木に擬態するのはやめて欲しいものだ。
すると、アンツァは急にタッタッタッタッと、急ぎ足になって、先頭の高橋さんを追い抜き、立ち止まって何かを知らせた。
何、何かいるのか。
アンツァは何か直感的に感じて、俺に何かを知らせていた。
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