第69話 第5層界deフェス?
ここから、再連載のため前回よりも改稿しております。
ノマド・キャンパーのリーダーであるビリーが俺を呼んでいる。
「おい、ハチ王子、また日本人がきたぞ。仲間か?」
まだ仲間っていたっけ?
誰だろう。
ハヤブサが呼んだのかな。
「あああ、間に合ってよかった!! 走って来ちゃいました」
ハヤブサが配信のカメラを、今やって来た日本人に向ける。
「ハチ王子、君の知り合いかい?」
「え?ハヤブサさんが呼んだんじゃないの?」
「わたしは知らない」
その日本人男性に近づき、誰なのかよく確認してみると、記憶がよみがえった。
「あああー!あの時の。奥さんが産気づいて急いで病院に行った人ですよね」
「その節はどうもありがとうございました。無事に男の赤ちゃんが生まれました」
「よかった。おめでとうございます!
あ、ハヤブサさん、俺はこの人を知ってます。
奥さんが産気づいたからって急いで走っていたところを、
たまたま俺がドラゴンに乗って通りかかって、
ダンジョンの出入り口まで乗せた人です」
狩野が男の人を見て叫んだ。
「どこかで見たことある人だと思ったら、
この人仙台では有名なプロのミュージシャン、ズンダさんだよ」
「あ、バレました?
ユズリハ・チャンネルを見ていたらここが映って、
あの時ドラゴンに乗せてくれた人が
ハチ王子と知ってびっくりしました。
それに、みんなで楽しそうに歌を歌っているし、
ノマド・キャンパーの人たちの話にも心を打たれました。
で、わたしも参加しようと思って急いで来たんですけど…………
でも、もしかしてもう終わりですか?」
「ちょうど今、照明を設置したところだから、まだやりますよ。
ね? ハヤブサさん」
「コロニーのリーダーはどうなんだろう。大丈夫かい」
ユズリハがビリーに事情を説明しに行った。
ビリーは楽しそうに、こちらに向かって
「そろそろ、キャンプファイヤーを炊こうと思っていたところさ。
ミュージシャンなんだって? ぜひ演奏が聴きたいね。
ただ、もう料理が底をつきそうなんだが、いいかね」
俺と狩野は互いの顔を見た。
「聞いたか狩野、お前のアイテムボックスに、まさかトウモロコシなんか入っていないよな」
「なんで? そんなものをアイテムボックスに、入れるわけ、あるでしょう!」
狩野はアイテムボックスから俺の畑から収穫してきたトウモロコシをドサドサと出した。
「俺もーー!!」
俺も、アイテムボックスからトウモロコシを山ほど出して見せると、
ハヤブサがあきれ顔で言った。
「君たち、アイテムボックスの使いかたが間違っているぞ」
「お兄ちゃん、怒らないで。
こういう平和的な使いかたって素敵だわ。
武器や魔石を入れるだけじゃないのよ。
アイテムボックスの新しい使いかたよ。ね、ハチ王子」
「桜…じゃなくて姫、俺にとっては新しくない。
以前から普通にやっていたことだけど」
久しぶりに、桜庭を姫と呼んでみたら、
桜庭は言い返しながらもポッと頬を染めている。
「何よ。せっかくフォローしたのに、バッカじゃない?
台無しじゃない……変なの!」
仙台から来たミュージシャンは大きな荷物をビリーに差し出した。
「あの、これをよかったらみなさんでどうぞ。
仙台のずんだ餅です。
とりあえず、買えるだけ買って持ってきました」
ビリーは喜んで、トウモロコシとずんだ餅を受け取った。
「地上では富める者と貧しい者の格差がどんどん広がって
住みにくくなってしまった。
ここでは、みんなで持ち寄って食べ物を分かち合うことができる。
分かち合えば、一人分よりも何倍もの満足感と幸福感に満たされるんだよ」
広場の中央にキャンプファイヤーが灯された。
仙台では有名なプロのミュージシャン、ズンダさんはギターを持って登場してきた。
「皆さん、こんにちはー!」
「こんにちはー」
「こんにちは!」
ノマド・キャンパーたちが、ズンダさんのあいさつに応える。
「伊達ズンダと申します」
「ズンダー」
「ヘイ、ズンダ!」
伊達ズンダは、この第5層界に来て初めて他の探索者と交流できたと語った。
「このダンジョン第5層界でいろんなことがありました。
ここでの思い出を曲にしてみたので、
今日は皆さんにぜひ聴いていただけたらと思いまーす」
「おー、がんばれー」
「落ち着いて弾けよー」
ギターの前奏が始まる。
ギターの次に、ハーモニカの演奏が入った。
コロニーのみんなはハーモニカに聞き入って静かになった。
♪
何もないところから始まった
何もないところで出会った人たちと
新しい世界を作っていく
本当は何もできなかったんだ
いつも逃げてばかりいたんだ
でも、ここで出会った人たちと
新しい思い出をつくっていく
ここで出会えてよかった
あなたに会えてよかった
だから伝えよう
ありがとう
そして また会おう
明日も明後日も、ここで会おう
♪
伊達ズンダがこの第5層界のために作った曲だった。
ユズリハ・チャンネルを見て、急いでここまでやって来たと彼は言う。
ずんだ餅を山ほど買ったのも、
ここに来るまでの間に速攻で作詞作曲してきたのも、
ここにいる探索者たちのためだった。
彼が伝えたかった言葉が歌詞の最後に集約されていた。
曲が終わると、少し静かな間があった。
それから、パチパチパチパチと拍手と歓声が巻き起こった。
イェーイ!! ブラボー!!
「ありがとうございました。ズンダでしたぁ。
ありがとう……ありがとう……」
彼はみんなに手を振りながら中央広場から退場した。
「素晴らしい」
「ありがとう!凄すぎる」
「こちらこそ、ありがとう!」
ノマド・キャンパーたちはスタンディングオベーションをした。
(888888888)
配信のコメント欄も拍手を意味する888888が並んでいる。
(よかったね。ズンダって知らないけど)
(888888888)
(感動したね)
(これ、フェス?)
(フェスのレベルだよね)
(マジで凄いじゃん、天才!)
(だって、プロのミュージシャンだってよ)
(プロのミュージシャンでも、ダンジョン探索するんだ)
(社会人が会社で勤めながら、ダンジョン探索するのと同じじゃね?)
(曲がいい。泣けた)
「記念にみんなで写真撮りませんか?」
ノマド・キャンパーの一人から提案があった。
「いいね!こんな機会はめったにない。今日は楽しい日だ」
「集合写真撮りましょうよ」
「写真が嫌な人は無理しなくていいよ」
「できれば、配信用のカメラに向かって皆さんで手を振りませんか?
この様子を見てくれたリスナーさんに感謝の意をこめて」
ハヤブサが提案すると、みんな快く承諾してくれた。
「OK、ハヤブサ、君が指揮を執ってくれ」
「まかせてください。
では、まずジュリア・チャンネルのカメラはあっちでーす。
ジュリア・チャンネルをご覧のみなさん、どうもありがとう」
「ありがとう!」
全員で手を振る。
「次に、ユズリハ・チャンネルのカメラ、こっちでーす。
ユズリハ・チャンネルをご覧のみなさん、どうもありがとう」
「ありがとう!」
また全員で手を振る。
「最後に、ハヤブサ・チャンネルのカメラは真上でーす。
ハヤブサ・チャンネルをご覧のみなさん、どうもありがとう」
真上かよ。
首が疲れる。
「ありがとう!」
最後にノマド・キャンパーのおじさんのカメラで記念撮影をした。
ビリーが最後をしめる。
「みなさん、今日はお疲れ様でした。
ハチ王子、君が俺に包帯をくれなかったら
こうして出会うこともなかった。
あのときの白い包帯は、
怪我だけでなく俺たちの心まで癒してくれたんだ。
これは奇跡だ。ありがとう。
ハヤブサ・パーティのみんなの活躍に期待するよ」
ビリーは俺に熱い抱擁をしてきた。
彼の胸板と腕は、熊みたいにデカかった。
実際に、熊にハグされたことはないが…
それから数日後、本物のツキノワグマと魔物退治のクエスト指名をもらうことになった。
え? ツキノワグマって、ダンジョンと関係なくね?
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