第67話 ノマド・キャンパー・コロニー
「今、海からハチ王子が無事に上がってきます。
このロープの先にハチ王子がつかまっているはずです。
あ、頭が見えました。ハチ王子です。
皆さん、これがハチ王子の素顔です!」
岸壁から這い上がると、ハヤブサが配信していた。
「ハヤブサさん、配信中ですか」
「ハチ王子・・・よく頑張ったね。みなさん拍手~!」
「あの、俺また秋田犬のアバターなってます?」
「ノー・アバターでお送りしてます」
「聞いてないよー! 素顔を晒してます?
こんなに髪の毛びしょびしょだし、
素顔だなんて超恥ずかしいじゃないですか!」
「いいじゃないか。水も滴るいい男だよ」
「からかわないでくださいよ」
桜庭がハヤブサの後ろから歩いてきて無言でタオルを差し出した。
「ありがとう。あれ?これ、
うちのペンションのタオルじゃないか」
「お爺ちゃんが、
ダンジョン入り口の規制線張られている所まで来てくれたのよ。
あの子は海に潜ると言っていたのに着替えを忘れてしまって、
これを渡してほしいって。
はい、これ着替えよ」
「そうだったのか、爺ちゃんありがとう」
俺はさっそく着替えようと、その場でウエットスーツを脱ぎ始めた。
桜庭兄妹がそろって悲鳴をあげた。
「キャーーーーー!!」
「待ったーーー! ストーップ!
ここで着替えるな! 配信中だぞ」
「いけね。前も同じようなことをやったっけ。
またやらかすところだった」
俺が以前、小安峡ダンジョンでも脱ごうとしたことを桜庭は覚えていた。
「どうしてあなたは、素顔を晒すのを恥ずかしがるのに、
裸になるのは恥ずかしくないわけ?
その基準がわからないわ!」
「早くあっちの岩場に隠れて着替えてこい! あずさは見るなよ」
「見るわけないじゃないの! お兄ちゃんったら!
わたしのこと、そんな女の子だと思っていたの?
まったく、どいつもこいつも…………」
俺が岩に隠れて着替えている間じゅう、ずっとハヤブサが妹のあずさに謝っている声が聞こえていた。
この喧嘩も、配信されているんだよね。それはいいのか?
「ハヤブサさん、さっきまで狩野いましたよねぇ。
どこかに移動しちゃいましたぁ?
ハヤブサさん、ハヤブサさん?…………ダメだ。
妹に謝るのに必死で俺の声が届いていない」
着替え終わると、桜庭兄妹には声をかけずにしれっと俺は移動を開始した。
移動先はここからそんなに離れていない。
走って行けば余裕だろう。
ユズリハが配信しているノマド・キャンパー・コロニーに到着。
「お待たせしました。ハチ王子こと最上忍、ただいま参上!」
って、かっこよく登場したつもりなのに誰も聞いていないという…………
コロニーには十数台のキャンピングカーが間隔を開けて駐車されていた。
コロニーの中央部は広場のように使われていて、15~16人があつまって賑やかに過ごしている。
ちょっとしたパーティというほうがふさわしいかな。
「コーヒーはいかが?」
ノマド・キャンパーのおばさんにすすめられて、俺はコーヒーを受け取る。
「あの、ここに日本の女子高生探索者が来ませんでしたか?
ここから配信をしていると聞いて来たんですが」
「あら、ユズリハのことね。あなたユズリハの友達?
彼女ならむこうでインタビューしているわよ」
おばさんが指さした先に、ユズリハはコロニーのリーダーであるビリーにインタビューしていた。
その様子をユズリハのドローンが飛び、生配信しているところだった。
俺は、インタビューの邪魔にならないように静かに近づいていく。
「というわけで、
俺たちはダンジョン探索をリタイヤしたわけじゃない。
逆にどうやったらリタイヤしても食べて行けるのか、
教えて欲しいくらいだよ。
今でも現役のダンジョン探索者だ。
どこから来たって?
ここに繋がるダンジョン通路が近くにある。
そこから地上に出るとロサンゼルスから
車で一時間ほど離れた山の麓、森林公園に繋がっているんだ。
地上で食料品や生活必需品を買って、給油して、
またここに戻ってきて寝る。
ここから別のダンジョンに行く日もあれば、何もしない日もある」
「ここに集まるようになったのは、どういうきっかけで?」
「車上生活をしている探索者は、
インターネットやSNSで繋がっていて、
そこからここの噂を聞きつけて自然に集まるようになったんだ。
ダンジョン探索をしない日は、
料理が得意なものは料理をふるまい、
自働車修理に詳しいものは、修理の基本を教える。
または、自分が探索したダンジョンの情報交換をして
皆で、助け合いながら生活している」
誰かがギターを弾いて歌い始めた。
俺が聴いたことがある曲だ。
俺の爺ちゃんは、この曲のサビの部分だけをよく鼻歌している。
確か、『ホテル・カルフォルニア』という曲だったと思う。
「ここはみんなの土地だ。
誰が何を持っていようと、何も持っていまいと関係ない。
だれもが平等でいられる」
「地上にご家族と一緒に暮らしている人もいますか?」」
「それぞれの事情で、車上生活しているんだ。
しばらく会わなくなったなと思えば、
またここで再会する者もいる。
俺たちはいつも同じメンバーじゃないんだよ」
「車でここを移動したことはありますか?」
「どうだろう。俺はないね。
長距離を移動するにはガソリン代がかかるからね。
誰か歩いてみたやつはいるかもしれないが」
さっきのおばさんが俺にホットドックを持ってきてくれた。
「お腹すいたでしょ。召し上がれ。
エバンスの北エリア開発を止める活動をしているんだって?」
ユズリハはその声に振り向き、俺の存在に気が付いた。
「やだ! いつのまに来ているのよ。
来たなら来たって言ってよ」
「言ったよ。誰も聞いてくれなかったけど」
「皆さん、ハチ王子がここに来てくれましたー!
謎のレベル999のダンジョン探索者、ハチ王子でーす。
カメラのむこうのリスナーの皆さん、
ハチ王子がゲスト出演してくれましたよ。
ほら、ハチ王子、皆さんにご挨拶」
「あ、どうも。ハチ王子です。えっと……………
ついこの間まで、ダンジョン探索ってポイ活だと思っていました」
ノマド・キャンパーたちがどっと笑った。
「でも、いろんな友達や先輩がたと仲間になって、
ダンジョンで魔物討伐するのが仕事だと知りました。
それはそれで大切な仕事なんですけど、
どうも畑仕事のほうが楽しくて、ここを開拓してしまいました」
皆はおおおーと感嘆の声をあげた。
「南の方に小さな小屋を建てています。
トウモロコシ畑とそば畑もあります。
そうだ、自動販売機が目印です。
野菜やお茶も売っているので、どうぞご利用ください」
「おいおい、宣伝しに来たのか」
「あ、違います、違います。
ここダンジョン第5層界の開発工事を止めたくて、
皆さんの協力が欲しくてきました。
皆さんも、ここが好きでしょう?」
メガネをかけたおばさんが手をあげて言った。
「最高よ! ここへ来てはじめて幸せを感じたわ。
幸せをよ。ただ楽しいっていうだけじゃないの」
次々に思っていることを言い始めるノマド・キャンパーたち。
「誰かが畑を作って、
わたしたちに農作物を作らせればいいのにと思っていたのよ。
食料や燃料さえあれば、台所はあるから料理はできるわ。
わたしたちにどれだけ底力があるのか、
地上にいる人たちは知らないのよ。
そんな畑があったら、自給自足できるのにって、思っていたわ。
あなたが畑をやっているなんて、
なんて素敵な自己紹介なんでしょう」
「そうだ。僕らには農業の知識がある人もいるしね。
僕たちには長年の経験ってものがあるんだから」
「ハチ王子の畑は誰か雇っているの?」
「あー、樹木の精霊で執事のトレスチャンっていう元魔物。
それと、その使用人?にあたる小さな木の実の精霊たち」
「それ、まじめに答えてる?」
「信じてもらえないかもしれないけれど、
いたってまじめに答えてます」
ユズリハが助け船を出してくれた。
「ハチ王子の言うことは、本当よ。
わたしも初めて見た時、驚いたけどね。
でも、雇用とは違うわね。
水を与えているだけだし。賃金は払ってないわ」
「タダ働きか。ブラックだな」
「いえ、トレスチャンが何もいらないと言ったんです。
役に立てれば嬉しいからって」
ノマド・キャンパーたちは、おおっと小さな歓声をあげた。
「無償でか」という言葉も聞こえる。
皆に話すように、ビリーは立ち上がって言った。
「エバンスってやつは、北部開発は雇用を生むと俺に言ったんだ。
だが、それでは地上社会と同じだ。
地上社会と同じシステムをここにつくる行為はバカげている」
「本当にそうだわ。
わたしたちがここで幸せなのは、
みな無償で自分の得意なことを提供しているからよ。
ここの大自然に囲まれていると、自然にそんな気持ちになるのよ」
「大自然の恵みは無償の愛だもの」
ユズリハは俺に配信画面を見せてくれた。
リスナーたちが感動したというコメントをたくさん送ってくれている。
俺にじゃない。
ノマド・キャンパーたちの話に感動しているのだ。
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