第65話 目を覚まさせてあげるわ (ジュリア談)
ダンジョン第5層界北部開発、工事現場事務所。
わたしは事務所の外階段を上り、ドアの前に立っているボディーガードに挨拶をした。
「ジュリアよ。エバンスと会うことになっているの」
「武器の持ち込みはないかボディーチェックします」
「失礼ね。レディの体に触れるなんて。女性のボディーガードはいないの?」
「あいにく・・・」
何考えてるの、このボディーガードは。
わたしはドアの向こうに声をかけた。
「エバンス、居るんでしょう? わたしを通してちょうだい」
事務所の中から「お入り」と声がして、ボディーガードは渋々ドアを開けた。
現場事務所の中は意外に広く、デスクの上には、設計図などのいろんな書類が重ねられている。
エバンスは眠そうに目をこすりながら、書類に目を通していた。
無理もない。
ここ第5層界は不思議なことに日本時間にあった太陽の動きをしている。
日本時間の朝9時はロンドンでは夜中の1時になる。
エバンスの眠い時間に合わせてわたしは会いに来たのだ。
「ハーイ、エバンス」
エバンスは書類から顔をあげた。
「いらっしゃい。珍しいこともあるもんだ。君から訪ねてくるなんて」
「ええ、ちょっと相談があって」
「ところで、外で待機している黒いジープの男たちはどなたかな」
「え?」
いつから見られていたのかしら。
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「わたしのボディーガードよ。
あなたのところに来るのに、生身の体では怖くて」
「ハハハ、わたしは生身の体で大歓迎するがね」
きっしょ! このスケベジジイ。
警察は、わたしが部屋に入ってから3分後に突入する段取りになっている。
もう少しだけ、たぶらかしてやるか。
「ねえ、わたしも家を建てたの。
まさかわたしの家が開発計画に入っているってことはないわよね」
「うぅむ、どうしようかな。君次第で計画から外してもいいがね」
「あら、どういう意味かしら。
このダンジョンを教えただけじゃ、まだご満足できないの?
サービスが足りないのがご不満のご様子ね。欲張りさん。」
エバンスが座っている椅子に近づき、デスクの上に腰かけて足を組んだ。
「あなたにわざわざ会いにきたのに、
眠そうにしているなんてつまらないわ」
わたしは、エバンスの顔の真っ正面に自分の顔を寄せて囁いた。
「さてと、目を覚まさせてあげるわ。ミスター・エバンス」
外階段を上って来る音がする。
とっさにエバンスの耳を両手で塞ぎ、音が聞こえないようにしてから、唇を寄せるふりをする。
「警察だ!
これからダンジョン第5層界北部開発、工事現場事務所の家宅捜索、
及び密輸船の捜索差し押さえをする。
エバンス、金塊密輸の容疑だ」
現場事務所の扉を開け、巡査部長と3名の警察官が乗り込んできた。
巡査部長はエバンスに警察手帳と捜索差押許可状を指し示した。
やだ、ちょっとカッコいいじゃない!
警察官の一人は捜索に入ったことを待機場所の本部に連絡している。
あ、こっちの子も好み。
「何だ? 目が覚めた! はっきり目が覚めたぞ、ジュリア。
わたしをハメたつもりか」
「目が覚めてよかったわ、エバンス。
事前予告して捜査差し押さえするバカがどこにいるのよ」
「拒否する。
わたしの事務所に許可なく押し入り、捜査することは許さん」
「残念ですがエバンスさん、
捜索差押えを拒否することはできません。
捜索差押えには強制力があります」
「暴力などで抵抗した場合、
公務執行妨害罪が成立するかもよ。
およしなさい、エバンス」
「船は、船は場所が違うだろ。
この令状では捜査差し押さえはできない」
「ご心配なく。場所が小型貨物船の捜索差押許可状はこちらです」
「二枚もあるのか、バカな!
わたしは任意同行しないぞ。弁護士を呼んでくれ」
「悪いな、二枚じゃないんだ。三枚目もある。
三枚目の令状が出ていて……
こっちは、殺人未遂罪の教唆の疑いで逮捕状だ。
スナイパーがすべてを自供した」
「は、はぁ? あのバカめ!」
「よって、任意の同行ではなく逮捕だ。エバンス諦めろ」
「弁護士を呼んでくれ。
消費税は払うから、そうすれば金塊は取り戻せるだろ」
「それは、署で話をしよう」
「待て、待て。
密輸ではない税関を通るつもりだったが、ここに難破したんだ」
「それも署で話を。
言っておくが、殺人未遂罪の教唆の罪はお金で解決できない。
観念しろ」
エバンスの手に手錠がかけられた。
「午前9時6分、殺人未遂罪の教唆で逮捕!」
「ぐっ・・・日本時間のな」
「ああ、日本時間だ」
わたしは、急いでハヤブサに連絡する。
「ハヤブサ? ジュリアだけど。
警察は捜査差し押さえに入って、
さらに殺人未遂をそそのかしたとして、
今エバンスを逮捕したわ。配信開始して」
「ああ、もうとっくに配信しているよ。
ハチ王子がボートで座礁船に向かった時点から」
「そうなのね。ノマド・キャンパーのほうは?」
「ユズリハが今、ノマド・コロニーから配信スタートさせた」
「あずさはどうしてるの」
「妹はわたしと一緒に、座礁船に近い岸壁で中継を手伝っている」
「わかったわ。次はわたしも配信をスタートする番ね」
「了解。よろしく頼む」
エバンスは警察の黒いジープに乗せられた。
ジープには着脱式赤色警光灯が取り付けられて、待機場所本部へと走って行った。
わたしは、外へ出てスマホを取り出し配信を始める。
「ハーイ、ジュリアよ。緊急でカメラを回しています。
わたしは、ダンジョン第5層界にいます。
それがどこなのか知らない人が多いと思うんだけど、
そう、そうね、一部の人はSNSでバズったから
知っているかもしれないわね。
わたしの背景に写っているのは、何だと思う?
そう、どう見ても工事現場事務所よね。
ここのダンジョンで開発の名のもとに自然破壊が行われているの。
ちょっとドローンで周辺をみせるから、よく見ててね」
ドローンは伐採された山林、掘削された砂利、工事で濁った川などを映し出した。
「ここは、ダンジョンといっても、
魔物が出ないセーフティーゾーンなの。
まるで、わたしたちが住んでいる地上と同じ。
青い空、緑の草原、野鳥たちの群れ。
都市化した地上よりも、
ここは地球らしいと言えるかもしれないわ。
ここには、探索者しか入れないけど、
いろんなダンジョンと繋がっていて、
いろんな国から探索者が来て休憩することができるの。
中には、地上とここを行ったり来たりして生活する探索者もいるわ。
そう、ここは世界中のダンジョンのハブ空港の役目をしているの。
そんなダンジョンを商業目的で開発しようとした人間が、
別の理由でさっき逮捕されました。
その理由は、今はまだ取り調べ中だから言えないけど、
そのうちニュースで明らかになると思う。
ここを配信しているチャンネルは私以外にもあるから、見てみてね。
配信場所がそれぞれ違うから、面白いかもよ。
ハヤブサ・チャンネルでは、密輸品差し押さえの様子を中継中。
ユズリハ・チャンネルは北部に住むノマド・キャンパーたちとのインタビューを中継中。
もしかしたら、
ここに居る探索者で配信できる人が他にもいるかもしれないわね。
わたしの声が聞こえたら、配信してちょうだい。
第5層界のすばらしさをあなたの得意なことをしながら紹介して、
そして、開発反対の声をあげましょう。
時差があるから、今寝ている人のために何時間でも配信しつづけるわ。
あ、アハハ、そうね。わかったわ、アーカイブに残します。
全世界のみんな、お願い、
協力してこのダンジョンの自然環境を守りましょう。
じゃ、しばらくしたらハチ王子がゲスト出演してくれると思うから、
その辺を散策しながら待ちましょうか。
その間に、みなさんからの質問に答えるわ。なにか質問があるひとー」
わたしはスマホカメラに向かって微笑んだ。
エバンス逮捕に成功したら、次はわたしたち探索配信者の出番だ。
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