第58話 ハチ王子を探せー2 (父さん談)
ブーッ、ブーッ、ブーッ
霞が関、経済産業省、資源エネルギー庁、
迷宮探索技術研究所での会議中に携帯電話のマナーモードがうるさく鳴っている。
チラッとスマホ画面を見ると妻からだった。
仕事中に電話してくるなんて。
わたしは電話を容赦なく切った。
そのあとも何度も電話はブーッ、ブーッ、ブーッ、と鳴り続ける。
「すみません。ちょっと席をはずします」
会議室を出て廊下を歩きながら電話に出た。
「なんだね、さっきから。会議中に困るじゃないか」
「あなた、お仕事中ごめんなさい。忍の事でお話が・・・」
「連絡はメールで。電話をかけてもいいか確認してからする約束だろう」
「しましたわ。何度も何度も。
でも全然返信どころか、既読マークもつかないんですもの」
「あれ? そうだった? おかしいなぁ。
今は忙しくてね。メールを開く暇さえないんだよ」
「わかっています。でも、こっちも必死なんです。
忍の事なんですよ」
「忍がどうかしたのか」
「秋田の父から電話があって、家に帰ってこないと」
「また、ダンジョンで畑仕事に夢中になっているんじゃないのか?」
「わたしもそう言ったんだけど。
もう、おとといから帰ってないっていうのよ。
ちょっと変じゃないかしら」
「家出したのか」
「それが、部屋の荷物はそのままだし・・・
第一、忍は家出するような子じゃないわ。
家出する理由も思い当たらない。
学校のカバンと制服もないということは、
もしかしたら・・・・学校を出てそのまま・・・
神隠しに会ったんじゃないかしら!」
「バカなことを言うな、神隠しだなんて。
忍の事だ、そのうち腹減ったーと言って帰ってくるんじゃないのか」
「あなた! ふざけないでちょうだい。
わたしは本気で心配しているというのに」
「だって、君が神隠しなんていうから」
「神隠しじゃないというなら、じゃあ何なのよ?
もしかしたら、宇宙人に拉致されたとでもいうの?」
「また、そういう都市伝説みたいなことを言う。
宇宙人に拉致・・・拉致? 拉致だって?!」
「あの、今の下りの部分は冗談なんだけど・・・」
「そうかもしれない!
おい、しっかりしろ。落ち着け、落ち着くんだ。
捜索願は出したのか? まだ出していないのか。
えっと、えっと、110番って何番だっけ?!」
「落ち着いてないのは、あなたです。
あなたこそしっかりしてください。110番は110番ですよ」
「あ、そうか。そうだな。・・・・・落ち着け」
「あなたは今、霞が関にいるんでしょう?
あなたにしか出来ないことが、そこにあるんじゃないの?」
妻の一言で、わたしは自分を取り戻した。
そうだった。
その通りだ。
電話を切ると会議室に戻り、いつもの冷静な自分になって職員に伝えた。
「みなさん、会議中のところ突然で申し訳ありません。
緊急事態が発生しました。
迷宮探索技術研究所にとって、
恐れていた事態がついに起きてしまいました。
探索者ランキング1位レベル999が行方不明です」
会議室内がざわついた。
「先週1位に浮上したレベル999っていうのは・・・」
「確かハチ王子でしたかな」
「これは国家の一大事。警察に知らせなければ」
「いや、これは公安調査庁じゃないかね」
「場合によっては、自衛隊出動要請しますか」
わたしは動揺を抑えつつ、平静を装いながら説明を続けた。
「まだ、不明な点が多くあり、
事故なのか事件なのか判断つきかねておりますが、
レベル999を失うことは、日本の大きな損失になりま・・・・」
めまいがして思わず椅子の背もたれに手をかけ、わたしは膝から崩れた。
「室長!」
「最上室長! 大丈夫ですか」
「室長は、ご自分のご子息のことでもあるから、ショックが大きいのだろう」
「しっ! それはここだけの話だ。安易に口にするな」
「わたしたちが動きますから、あまりご無理なさらずに」
「ありがとう。わたしは大丈夫だ」
「室長。秘書のわたくしにお任せください。
必要な事項を指示してくだされば、わたくしが全て手配いたします」
秘書が頼りになることを言ってくれたが、それでもなお不安は広がる。
「万が一だが、万が一これが事件で、
国際問題に発展するようなことになったら・・・」
「ご心配なさらずに。
わたくしどもは秘密裡に動くこともできますから」
ダンジョンは世界中で見つかっており、どこの国も必死になって研究を進めている。
国際平和のためにも、国際的に規定を統一していこうとやっと動き始めたばかりなのだ。
わたしは、国家公務員としての立場と父親としての立場の間で、激しく動揺していた。
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