第50話 環境応答スキル発動
クラーケンはドロップオフから深海に俺を引きずり込もうとしていた。
ドロップオフという急に水深が深くなるところでは、ハヤブサでさえ追いかけて救助するのは危険だ。
急に水深が深くなると水圧も高くなる。
それは、人間にとって適応できない環境。
つまり、細胞も内臓も破壊されてしまう危険があるのだ。
だが幸いなことに、まだ水深がそんなに深くないところでクラーケンは一旦とどまった。
水面から太陽の光が届く青の世界だった。
右を向いても左を向いても青。
上も下も一面青。
クラーケンの足に絡みつかれ、もがいているとどっちが上で下なのかわからない。
まるで青い宇宙空間。
例えるならクロマキーの空間でジタバタしているみたいだ。
後頭部が熱い。
一週間ほど前に怪我をした後頭部が熱くなってきた。
傷口が炎症を起こしたのかもしれない。
すると、頭の中で警告音が鳴った。
ビー、ビー、ビー、ビー。
「危険です。危険です。スキル環境応答を緊急発動します」
という声が聞こえた。
生命の危険を察知して、異能力が自動発動したのだ。
気が付くとクラーケンに引っ張られて、
青の世界から徐々に光が届かない暗い世界になりつつある。
これは間違いなく深海に引きずり込まれている。
かなりヤバい状況。
いちかばちか最後の手段に出るか。
ダイビングスクールでは水中着脱訓練というものを受ける。
水中で装備品を脱いだり着けたりする訓練だ。
最後の手段に、俺はこれを実践することにした。
クラーケンの足から逃れるために、着ているダイビング用ライフジャケットのようなものを脱ぐ。
つまり俺は、命綱ともいえるBCDをエアータンクごと脱ぎ捨てる決断をしたのだ。
脱ぎ捨てようと俺が動くと、クラーケンの足も動く。
左右に体を回そうとしても、吸盤がくっついて回せない。
「なんだよこの吸盤、超ウザいってーの!」
もうこうなったら、破れかぶれだ。
どうせエアーも無くなるからレギュレターを口から離し、
おもいっきりクラーケンの足に噛みついた。
「うわああああああああ!」
水中で大声を出した俺。
あれ? 呼吸できている?
環境応答が緊急発動したせいかもしれない。
だが、そんなことに驚いている暇はない。
くっそまずいクラーケンの足を思いっきり噛みちぎってやった。
食いちぎられた足は海を漂っていく。
クラーケンは、一瞬だけ他の足の力を緩めた。
チャンス!
俺はBCDを脱いで、クラーケンから逃げ出すことに成功した。
しかし、解放されたと安心するのもつかの間、次の足、次の足と襲いかかってくる。
こいつの足は何本あるんだ?
8本だっけ。
あ、間違った、触手と足か。
脱いだBCDがクラーケンの足から離れて、ふわりふわりと漂っている。
ほとんど空のエアータンクも一緒に海中を漂い始めた。
俺は急いでBCDまで泳いで行って、キャッチ。
ポケットからダイバー用ナイフを取り出した。
泳ぎの向きをクラーケンに変え、ナイフでクラーケンの触手を切りまくる。
二本目、三本目、四本目・・・・
「はい、タコ刺しできました。もうあと4本か?」
怒り狂ったクラーケンは炭を吐き、煙幕をつくった。
真っ黒い炭に囲まれて、クラーケンの姿を捕えることができない。
急に、後ろからクラーケンの触手に巻き付かれ、柱状節理の壁に強く叩きつけられた。
その壁は巨大なダンジョンの跡と思われる場所だ。
叩きつけられた衝撃で、岩がぽろりと崩れ、塞がっていた壁の一部に穴が開いた。
「穴、開いた」
と思った瞬間、空いた穴へと潮流が勢いよく吸い込まれていく。
穴の周りの岩も潮流の力でひとつ、またひとつと崩れていった。
俺まで物凄い激流に捕まって、その穴に吸い込まれていく。
巻き付いたクラーケンと一緒に。
これって、お風呂の栓を抜いたみたいじゃん。
ひぇーーーーーー!
そこは、巨大ダンジョンの通路になっていた。
俺は、ダンジョンの通路を潮流に流され通過しているようだ。
しかも、横にいるクラーケンは俺から触手を離し、攻撃する様子もなく一緒に流れている。
ダンジョンの通路をドリフトダイビングしている俺と、横に連れ添って一緒に泳ぐ大タコのクラーケン。
世にも奇妙な絵面がここに誕生した。
流れの前方、ダンジョンの中を流れる潮流の先が明るい。
俺は体の力を抜き、足のフィンも動かさず、流れに乗って光が差す方向をめざした。
あれは洞窟の出口だ。
出口が見えてきた。
ダンジョンの通路から広い海に出た。
水面から太陽の光がふりそそぎ、青い海中に光の筋が放射状に広がっている。
ここに激流はなく、魚たちはゆったりと泳いでいた。
この海はどこなのか確認しなければ。
水面に出る前に、水圧の変化に体を対応させ、
血中から窒素を抜くために3分間海中でホバリング。
ホバリングしながら考えた。
エアータンクもない、レギュレターもない状態でも呼吸している不思議。
発動したスキル「環境応答」とは、環境に応じて生き残れるように細胞が変化できるスキルなのかもしれない。
海に出てもクラーケンは襲うでも逃げるでもなく、俺の横で一緒にホバリングしている。
「おかしくね? 俺の隣にいて襲わないの」
「旦那、なかなか強い。見直した。
それに旦那、あっしと会話できる。楽しい」
嘘だろ、クラーケンが俺に話しかけてきた。
「強い人間。大好き。塞がれた洞窟の壁を取り払ってくれた。
嬉しい。感謝。仲良くなりたい」
クラーケンは吸盤のある触手を2本すり合わせて、揉み手をしながら話しかけてきた。
頭をペコペコしながら、(どこが頭か不明だが)
揉み手をしている姿は、どこか大阪の商人風に見えてきた。
「おいおい、おかしな奴だな。
俺に媚を売っても何も出ないぞ」
「何もいらない。旦那と仲間になりたい。
旦那、海中でも会話できる。呼吸もできる」
「旦那って俺のこと? 俺の仲間になりたいのか」
ペコペコと頭をさげるクラーケン。
こいつは、トレスチャンやドラゴンたちと同じ種類の魔物かもしれない。
今のところ、海の魔物で仲間になった者はいないから、仲間に加えてもいいかもしれない。と俺は思い始めていた。
だいたい3分経過したと思われる頃、水面に向かって浮上していった。
水面から顔を出す。
クラーケンも頭を出す。
おい、まるでその姿は海坊主だぞ。
見えたのは、青い空。
そして、どこかで見覚えのある光景。
座礁した小型貨物船。
そのさらに前方に、第5層界の断崖絶壁があった。
「やった! 繋がってた!」
しかし、断崖絶壁まで泳ぐには遠すぎる。
狩野は俺を見つけてくれるだろうか。
その前に、溺れてしまいそうな気がする。
とりあえず、近くにある小型貨物船によじ登ってみることにした。
小型貨物船まで泳いで近づき、船の浮き輪がある部分に足をかけデッキに手を伸ばす。
クラーケンが水面から俺のお尻を押し上げてくれた。
デッキを乗り越えれば、船内だ。
やっと、小型貨物船のデッキに乗船成功。
これでやっと地上にエグジットできた。
俺は疲れ果ててそのまま倒れこんだ。
クラーケンは船に横付けになりながら話しかけてきた。
「こことあっち、繋がっている。あっしは知っていた。
ここは、あっしが守る海だから。
この船はあっしが追い詰めて座礁させた」
「お前が、この船を襲ってここに追い詰めたって意味か?」
「あっしの仕事、海を守る。この船怪しかった。だから襲った」
「おいおい、怪しいだけで襲うのかよ。こえーなぁ」
「積み荷、いろいろ怪しい。調べればわかる」
クラーケンに言われて、俺は貨物船の内部を探索することにした。
コンテナが崩れて、鍵が開いている。
「泥棒じゃありませんよー」
俺はコンテナをそ-っと開けて見た。
中には、金塊がたくさん入っていた。
マジで? これまさか密輸船じゃないよね。
床には小麦の粒が散乱している。
小麦を輸送していると見せかけて、金塊を運んでいた可能性がある。
「船から宝箱みつけた。あっしのコレクションにしている。
あっちの海の住処に隠してある」
クラーケンはタコのくせに、なぜか俺にはその表情がわかる。
こいつは嘘をついていない。
単純に自分のコレクションを嬉しそうに話しているのだ。
「宝箱?」
「旦那に見せたい。あっしのコレクション」
何を言っているのか。
タコがコレクションする習性があるなんて聞いたことないぞ。
いまの話だと、あの激流をクラーケンは自由に行ったり来たりできるということか。
それなら、話は決まった。
「よし、クラーケン、お前は俺の仲間だ。最初の仕事を頼みたい。
もとの海まで連れて行ってくれないか。
こっちからだと逆流だから、俺一人では戻れそうにないんだ」
「洞窟の壁を壊してくれたお礼、お安い御用」
クラーケンがニコッと笑ったのが俺にはわかる。
こいつ、意外にも表情豊かなやつだ。
タコだけど。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ってくださったら
下にある☆☆☆☆☆から、
ぜひ、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、
つまらなかったら星1つ、
正直に感じた気持ちでちろん結構です!
ブックマークもいただけるとさらに泣いて喜びます。
何卒よろしくお願いいたします。




