第48話 夏休みの課題か日本海か
「やってらんねーなぁ」
ペンションの部屋の机に向かい、思わず声に出して伸びをしていた。
夏休みがそろそろ終わりに近づき、夏休みの課題の山にため息が出る。
桜庭あずさはバイト中でも、スキマ時間をみつけて効率よく課題をこなしていたらしい。
狩野も実家の仙台にいる間に、すでに課題は終わらせたという。
あいつは、現在第5層界でジュリアの家の建築に取り組んでいた。
俺だけが夏休み終盤に入っても、まだほとんどの課題を終わらせていないのだ。
母さんはこんな状態にはもう慣れたもので。
「毎年恒例の行事ね。
夏休み終盤に宿題に悩む忍の姿を見ないと返って心配になるわ。
やらないで余裕こいてるよりマシだわ。あぁ、安心した」
「母さん、それ皮肉ってるだろ」
「わかってるのなら、とっとと課題おわらせなさい!」
漫画ならここで主人公は「トホホホ」と言ってエンディングを迎える。
しかし、現実はそれでは終わらない。
スマホがブーっと鳴った。
ハヤブサからだった。
俺、桜庭に何か悪いことしったっけかな。
「もしもし、俺です。
ハヤブサさん、俺まじめに生きてますから。
桜庭をいじめてもいないし、
逆に、俺の方が桜庭にいじめられてますから。
俺は、俺は、今戦っているんです!
夏休みの課題の山と俺は戦っていますからーーーーー!!」
「落ち着き給え、最上君」
俺は泣きながらハヤブサに訴え続けた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・
なんでですかぁ? なんでなんですかぁ?」
「落ち着け、とにかく落ち着くんだ」
「教えてくださーい。わからないんです」
「何が、何がわからないんだ」
「現代社会の『税についての作文』です。
これを原稿用紙3枚~4枚程度にまとめるなんて無理ゲーです」
「それは、わたしに聞くことか。
君のお父さんに聞いたらいいじゃないか」
「それも考えましたが、聞いたら怒られそうで」
「学校の課題は、大学進学を考えているなら一生懸命やりなさい。
でも、そうではなく、探索者のプロになりたいのならちょっと違う。
夏休みの宿題を真面目にやるよりも、
探索者に必要な知識を身につける方に力を注いだ方が良いだろう」
「ハヤブサさんは、そうしたんですか」
「わたしは早く探索者のプロになりたかったからそうした。
だが、学校の提出課題だけはやらなければならないけどね」
ハヤブサのアドバイスはいつも適格でわかりやすい。
「探索者に必要な知識ってなんですか?」
「地理、英語。この二教科は絶対必要だ。
これからは外国人と交流する機会が増えるだろう。
どこの国のどんな都市にダンジョンがあるのかも知識として必要だ
第5層界がハブ空港的存在と分かった以上、
英語が話せないと不便だぞ」
なるほど、そうか。
山のような課題から優先順位をつけて、提出がきまっているものから片付けて行こう。
話を聞いただけで、やれそうに思えてきた。
「話を聞いただけで、やった気分になってるんじゃないぞ」
「あ、バレました?」
「わかるさ、わたしもそんな生徒だったから」
「え、ハヤブサさんも?」
でも、さすがだ。
叱りながらもちゃんと同調してくれる、ハヤブサという先輩の存在は尊い。
「ところで、わたしからの情報を聞いてくれないのか」
「すみません。いただいたお電話でした。
御用はなんでしょう」
「あの例の海で座礁した船だが、調べてみたところ、
日本籍の小型貨物船のようだ。
映像を静止して部分的にクローズアップしてみて判明した」
第5層界でドラゴンの背に乗って、上空から海を発見したときの情景がよみがえった。
「へぇ、そうなんすか?」
「さらに調べてみたところ、
日本海沖で行方不明になった貨物船がある。
難破して沈んでしまったのか。
海上保安庁も付近の漁船も捜索したが、
未だに欠片ひとつ見つかっていない」
「日本海といっても、どの辺なんでしょう」
「君、スキューバダイビングなんかできないよね」
俺の質問は無視して、逆に質問してくるハヤブサ。
しかも、『できないよね』と言う聞き方は、確実に俺を煽ってきている。
「俺、10歳からダイビングしてますよ。
ライセンスはアドバンスまでいってますからね」
「本当か! なら、話は早い。
貨物船が姿を消した海域に潜ってみたくて、
一緒に潜るバディーを探していたんだ。
君、わたしとバディーを組まないか」
机の上に開いていた問題集やノートに目をやりながら迷った。
どうしよう、行きたい。
でも課題がある。
・・・・
小松先生が言っていたことを都合よく思い出した。
『学生時代の経験は今しかできませんからね。
それに、もうすぐ夏休みじゃないですか。
自分がワクワクするようなことをどんどんやって、
楽しい思い出をたくさん作りましょう』
決めた。
俺はハヤブサさんとバディーを組む。
「行きます。場所はどこの海ですか」
「山形の御積島周辺だ」
「聞いたことありませんね。
俺、太平洋方面しか潜ったことないんで」
「山形の酒田市からフェリーに乗って飛島に行く。
そこからボートで行く小さな無人島だ。
そこの周辺に第5層界に繋がるダンジョンがあるのではないかと、
わたしは推測している」
「山形は行ったことがないな。
それにダンジョンを見つけたとしても、
第5層界に繋がっているとは限らないじゃないですか。
それって、徒労に終わる可能性ありますよね」
「目的のダンジョンが見つからなかったら、
地元の美味しいものでも食べて帰って来ればいいさ」
「じゃ、ダンジョンを見つけて繋がっていたら?」
「第5層界の海でフロートを浮かべて、救助を待つ」
救助を待つとハヤブサは簡単にいうが、誰が救助に来るというのだ。
ダンジョン内には、海上保安庁も警察もない。
それどころか、ほぼ無人に近い第5層界で。
「狩野君とジュリアが、最近北エリアにいるから、
見つけたらドラゴンを呼んで救助してもらう」
そんなにうまくいくだろうか。
潜る前に段取りの確認をしないと、これは命の危険がある。
もちろん、ハヤブサはその辺はしっかり計画を練るとは思うが。
「大丈夫かな」
「それとも、最上君は夏休みの課題に取り組んで
このまま夏休みを終えるかね」
「嫌です」
「じゃあ、日本海に潜ってくれるね。
わたしは君の協力が必要なんだ」
俺の協力を必要?
その言葉に心を揺り動かされ、そして完全に掌握された。
「ハヤブサさん・・・・俺、潜りに行きます!」
「ありがとう。
最上君ならきっとそう言ってくれると思っていた。
では、三日後の早朝に車で迎えに行くから、
持っていく器材の準備をしておいてくれ。
おっと、言い忘れるところだった。
それまでに夏休みの課題は終わらせるんだぞ」
「え、行っても断っても課題をやるんじゃないですか」
「当然だろ。何を甘い考え方しているんだ」
三日後までに課題を終わらせておけと・・・
ひぇ~~~!!!!
悪魔だ。
いや、ヒヨドリに狙いを定めて目を離さないハヤブサだ。
そこから三日間、おれは部屋に缶詰状態になり必死に課題をやり続けた。
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