第40話 風呂場の惨劇
ペンション白鷺はチェックアウトの時間帯になっていた。
フロントのほうから、桜庭がお客様と会話している声が聞こえてくる。
「またのお越しをお待ちしております」
フロントを覗きにいくと、ペンションのアイドル桜庭あずさはにこやかに愛想をふりまいている。
お客様のリクエストで一緒に写真撮影にも応じている光景も、すっかり恒例になった。
学校での桜庭はおとなしい目立たない子だったが、ここでバイトをするうちに笑顔が上手になった。
周りから可愛いと言われ続けると、女の子というのは可愛くなっていくものなのか。
不思議な生き物だ。
首をかしげながら、俺は宿泊客用の風呂場のドアを開ける。
ひとりで風呂掃除していると、昨日第5層界にやってきたエバンスの事を思い出して、だんだんムカついてきた。
お風呂用ブラシを持つ手にもつい力が入ってしまう。
エバンスが帰り際に行ったあの言葉。
(君が断ってもわたしはわたしのやり方でここを開発するよ。
だって、ここはどこの国のものでも誰の物でもない。
所有者は決まっていないんだから)
だから、何だっていうんだ。
気に入らないな。
ゴシゴシゴシゴシ・・・
「そんなに乱暴にこすらないで、ブラシが痛むじゃないの」
桜庭の声にはっとして、手を止めた。
「あれ、乱暴だったかな」
「なんか親の仇でも打つみたいだったわよ」
そんなつもりないよと言いながら、俺は蛇口を思いっきりひねる。
ひねったはいいが、ホースの先端を持つことを忘れていた。
ホースは勢いよく出た水に翻弄された大蛇のように、右に左にくねくねと暴れ出す。
捕まえようとしても、生きているかのように俺の手をかわしてのたうち回るホース。
「きゃーー!何してんの!」
ホースから出た水は桜庭に降り注ぐ。
「おっととと・・・、いけね、いけね」
暴れる大蛇を取り押さえるのは一苦労だ。
「蛇口ひねって水を止めればいいじゃん!」
「あ、そうか」
俺が納得するより早く桜庭が蛇口をひねって水を止めた。
「最上君ってバカなの?」
怒った桜庭の髪も服もびしょ濡れになった。
俺を睨みつけた瞳は、前髪からの雫がぽたぽた落ちている。
俺もびしょ濡れだ。
それよりも桜庭に悪いことをしてしまったことで、自分が情けない。
いつもはこんな失敗はしないのに。
桜庭は脱衣室からバスタオルを持ってきて、頭を拭きながら俺にもバスタオルを投げてよこした。
「昨日ダンジョンから帰って来てから、最上君変よ。
何かあったの? まさかジュリアさんと・・・」
「ああ、ジュリアにも悪いことしてしまった」
「やっぱり! ジュリアさんと何かあったのね。
やっぱり、もういっぺん禊してもらうわ」
そう言って、桜庭はまた蛇口をひねった。
禊って、滝行じゃないんだからと思いながら素早くホースの先端を手で押さえた。
だが、今度は強く抑え過ぎた。
庭に水を撒くように、水はきれいに噴射した。
桜庭の顔をめがけて・・・
しまった。
急いで蛇口を止めたが、時はすでに遅し。
「お前が、蛇口ひねったからだぞ」
「なんでわたしのせいになるのよ。わたしは被害者よ!」
桜庭はわっと泣き出して脱衣室を飛び出していった。
この場にハヤブサが居なくて助かった。
だが、あの調子だと桜庭はハヤブサに泣きながら報告するだろう。
ハヤブサからおれが叱責を受けるのは時間の問題だ。
「なんでこうなるんだよ!」
俺は思いっきりバケツを蹴った。
つもりが、濡れたタイルに足を取られ滑って後ろに転んだ。
「いってー!」
後頭部を打った。
その瞬間、星がチカチカと光ったのを見た。
目の前から星々が消えると、見えたのは風呂場の天井だ。
ぼんやりと風呂場の天井を見ていたら、だんだんやってること全てがバカバカしく思えてきた。
俺は起き上がることもせず、風呂場の床に大の字になっていた。
ピコーン
ミッションの通知音がした。
大の字になりながら右手を振るとデイリーミッションが表示された。
『デイリーミッション:環境依存メンテナンス』
訳の分からないミッションだ。
だから、環境依存の意味がわからないのだって、その意味が。
俺は目を閉じて深いため息をつき、そのまま気を失った。
*
「忍、気が付いた?」
母さんの声で目が覚めた。
俺が見ていたはずの天井は風呂場ではなかった。
白い無機質な天井が目の前に広がっている。
俺はどうやらベッドに寝かされているようだ。
左腕には点滴が刺さっている。
母さんが俺の顔をのぞきこんで言った。
「あんた、風呂場で頭から血流して倒れていたのよ。わかる?」
「ここに居る人は母さんだってことはわかる」
「よかった。救急車で病院に運び込まれたのよ」
「それは知らない」
「あずさちゃんが泣いて・・・」
「ああ、俺が泣かせた」
「泣きながら心配してくれたのよ。救急車を呼んだのもあずさちゃんだからね」
泣いて俺の事チクったんじゃなくて?
いや、チクったあとに救急車呼んだのかもしれない。
「もう、帰ろう。母さん、俺はもう大丈夫だから」
「一応、一晩だけ入院して様子をみましょうって
お医者さんがおっしゃってたわ。
今夜は入院しなさい。何かあったら、困るでしょ」
「嫌だ。帰る」
だが、母さんは首を縦に振ってくれなかった。
「父さんにも入院して様子をみるように言われてるの。
ダン技研としてじゃないわよ。忍の父親として心配しているの」
父さんが。
母さんが父さんのことを話した時点で、俺は自分を顧みることが出来た。
最近の俺は、ダンジョン快適化計画と言って突っ走って来た感がある。
今夜ぐらいは何も考えず休むのもいいかもしれない。
次に大きくジャンプするために、今は小さくしゃがみ込むんだ。
俺は布団を頭からかぶって目を閉じた。
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