第30話 最上の館
俺は怯えて動けなかった。
ハヤブサに狙われたヒヨドリのように。
「あずさを泣かせたんだって? やってくれたね最上君。
あずさとの電話をガチャ切りしたっていうじゃないか」
「電話、ガチャ切りしましたっけ?
そんなつもりはなかった・・・」
「君にそんなつもりはなかったとしても、
現にあずさはガチャ切りされたと泣いていたんだ。
妹を泣かせるやつは許せん!」
すると、桜庭あずさがハヤブサの背中をツンツンとつついて注意する。
「お兄ちゃん、もういいわ。
最上君がそんなつもりじゃなかったのならそうなんでしょう。
わたしの勘違いだったのよ。だからもうそんな怖い顔して責めないで」
「お兄ちゃんはそんなに怖い顔してないよ」
「してるわ。最上君が怯えているじゃない」
ヒヨドリを助けてくれ、桜庭。
妹にたしなめられて、ハヤブサはヒヨドリを射止めることをあきらめ普段の表情に戻った。
「すまなかった、最上君。
それはそうとして、君のお爺ちゃんに来てくれてありがとうと
やたら感謝されてここに連れてこられたんだが、何の話だ」
「来てくださってうれしいです。
ここは、誰にも知られていないダンジョンの入口なんです」
「秘密のダンジョン?」
訝しむハヤブサを、俺はダンジョンの洞窟に入るように促した。
奥にある転移石まで案内し、そこから第5層界まで移動した。
荒野が広がる第5層界を初めて見たハヤブサは目を丸くした。
「おい、この第5層界と言うのは‥‥一体何」
「一年前に俺が見つけて、ひとりで開拓しました。
あそこに小屋が見えるでしょう。
あの小屋では狩野が、今ソーラーパネルを取り付けています。
ここをもっと快適な空間にしようと今取り組んでいるところなんです」
「快適空間だと? ダンジョンを? 魔物はいないのか?」
「たまに上空をドラゴンが飛びますが、別に人間に危害は加えません。
あのドラゴンも何かに利用できるといいのになぁ」
「ドラゴンを利用だと?」
「そうだなぁ、この世界の移動タクシーがあったら便利だと思いませんか」
「しかし、ここにいる人間って君と狩野君だけなんだろう?
タクシー料金を払う人がどこにいるんだ」
「ここに」
と、俺はハヤブサを指さす。
「おい、わたしからお金を取る気か」
「冗談です。
この第5階層は他のダンジョンとも繋がっています。
先日、ムーミン谷のダンジョンから、転移石でここに移動しました」
「君が落ちていたあの穴のことかい?
あそこはダンジョンで、ここに繋がっていたと・・・」
「そうです。ということは、
他のダンジョンとも繋がっている可能性があるんですよ。
俺たちのほかにもここに来る人が増えると考えられませんか?」
「そうかもしれないが・・・」
「素敵! ここは空気が美味しいわ。わたしここが気に入っちゃったお兄ちゃん」
「そうだね!お兄ちゃんもだ」
桜庭が気に入ってくれると、もれなくハヤブサが付いて来る。
桜庭兄妹を連れて行くと、小屋で作業していた狩野が、遠くから俺たちを見つけ叫んでいる。
「まことに申し訳ございませんでしたぁ!!」
深々と頭を下げている。
「何の事だい? そんなにわたしは恐れられているのか・・・」
普段は優しいハヤブサだが、怒ると恐いのは兄妹同じだということに本人は気が付いていない。
俺は桜庭兄妹に小屋と畑と厩、そして畑を案内した。
敷地を一通り案内すると、桜庭あずさはとても第5層界がお気に召したようで
何か手伝いたいと積極的に参加してくれた。
こうなれば、もれなくついて来るハヤブサは、さまざまなアイディアを出し提案してくる。
「井戸水が水質検査で飲めるとわかったのなら、溜めて置ける桶が要るな。
狩野君、適当な材木を見繕ってくれ。魔法で桶を作ろう」
「魔法使っちゃっていいんですか?」
「何を言ってるんだ。最上君はブラックダイヤモンドを手に入れたと聞いたぞ」
「すみませんでした。勝手に他のチャンネルに出て・・・」
「それはもういい。そんなことよりブラックダイヤモンドだ。
それで君はどんな魔法もつかえるようになったはず。
魔法を使えば、効率的に計画を勧められるぞ。
例えば、わたしの魔法で鉱石さえあれば、武器だって作れる。
それから、このトウモロコシの食べられない部分から
バイオマスプラスチックを作れば、ペットボトルができる」
「バイオマスプラスチック?」
「自然に還るプラスチックだよ。
せっかく快適化計画するのなら、
この環境をできるだけ壊さないような配慮をした方がいい」
「素晴らしいです!ハヤブサさん。それやりましょう」
「わたしの魔法を見て、君もやり方を覚えるんだ」
「教えていただけるんですか?」
「もちろんだ、ハチ王子と姫とカリノはわたしのパーティだからな」
「俺たち、ハヤブサさんのパーティに?」
「ああ、だから今後は勝手に他の配信に出演することは許さない」
あ、やっぱりあの事を根に思っている。
しかし、第5層界快適化計画にハヤブサの協力が得られるのは大きい。
俺は、ハヤブサの忠犬ハチ公になると決めた。
ハヤブサの参加で、小屋の周辺はみるみる整備されていった。
温泉を見てハヤブサは感心もしてくれたが、アドバイスもくれる。
「いいねぇー、温泉。
でも、温泉は水着着用にすること。
そうじゃないと、あずさが温泉に入れない。
それから、ちょっとだけ、石垣を組んで目隠しをつくること」
確かにそうだ。
今までは自分の事しか考えていなかった。
今後仲間で利用したりもし人が増えたりしたら、ハヤブサのアドバイスは的を得ていた。
「みなさーん、休憩しましょう!」
桜庭あずさの声で、皆手を止めた。
婆ちゃんが差し入れてくれたランチボックスには、おにぎりや唐揚げなどがおいしそうに詰められている。
かまどでお湯を沸かせて、桜庭がお茶を注いでくれた。
「最上君のお婆ちゃんから、玄米茶を持たされたの。
井戸水を沸かして入れてみたんだけど、どうかしら」
「美味しいよ。ね、最上」
「ああ、美味い。
でも、贅沢なこと言えば冷たい飲み物が欲しかったなぁ」
俺の意見を聞いて、桜庭の目が悲しそうに潤む。
それに気が付いた狩野があわてて俺に小声で助言する。
「最上、お前は気が利かないな。またハヤブサさんにおこら・・・・」
そうだった、狩野よく教えてくれた。
「熱いお茶だから美味いんです。
桜庭ってお茶の入れ方が上手だなぁ」
棒読み。
すると、ハヤブサは思いもよらないことを言いだした。
「最上君、良いところに気が付いたね。
せっかくだからミニ冷蔵庫と自動販売機も起動させよう。
魔法で水筒を作って冷やしておけば、いつでも冷たい飲み物が飲める」
桜庭あずさの方は大丈夫かと、俺はチラッと顔色をうかがう。
「お兄ちゃん、それ早く言ってくれればいいのに」
泣くのかと思ったらハヤブサに不満をぶつけてきた。
「ごめん、ごめん。そうだね、もっと早く思いつけばいいのにね。ランチを食べたらすぐ取り掛かるからね。」
助かった。
「ところで、どうして自動販売機を持ってきたんだい?」
「それは、今後ここに人々が来るようになったら、これで商売できるかと思って・・・」
「なるほど、抜け目ないやつだな、最上君は」
「最上、この家に名前つけようよ」
狩野が提案した。
「え、小屋でいいよ」
「それじゃ、味気ないじゃん。僕ならこう名付けるね『最上の館』」
「狩野君、それはダサい。わたしならもっとおしゃれな名前をつける」
「お兄ちゃん、わたしも考えていい?」
「いいよ、素敵な名前をこの家につけようね」
俺が作った小屋なのに、俺をほったらかして、皆で盛り上がっている。
でも、これからは仲間と一緒に整備していくのだ。
俺たちの小屋でいいかもしれない。
笑いながら狩野は板にマジックで何やら書き始めている。
へたくそな字で『最上の館』と書いてあった。
「できた! とりあえず、看板だ」
「だっせーよ。よせよ、そんなの」
俺はその名前に賛同できない。
ハヤブサも同意見のようだ。
「狩野君、それは不採用だ」
「わかった、わかった、わかりましたよ。
この看板はここに立てないでトイレの壁にでも使ってくれ」
「それじゃ、トイレが最上の館になるじゃないの。」
「そっか、それは困るな」
桜庭あずさのツッコミにみんなで大笑いした。
「面白かった!」
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