第24話 小安峡ダンジョン
小安峡は秋田県湯沢市にある。
皆瀬川の急流が長年にわたって両岸を深く浸食してできた谷だ。
岩づたいの階段を降りると、熱湯と蒸気が激しく吹き出している『大噴湯』。
シューッ、シューッ、と間欠泉が発射しまくる大迫力だった。
その『大噴湯』がある遊歩道を抜けると谷川の向こう岸に、ぽっかりと開いた横穴がある。
そこが、小安峡ダンジョンだ。
ダンジョンの前に着くなり、ブロッケンとユズリハが揉め始めた。
狭い入り口から、配信用のカメラを搭載したドローンを二基入れるのは事故につながりかねないことがわかったのだ。
「あたくしの撮影用ドローンが優先ですわ」
「はあ?わたしは配信するために来たのよ。あなたは競技に専念しなさいよ」
ブロッケン、ユズリハ、双方とも自分のチャンネルで配信すると言って譲らない。
桜庭と狩野はダンジョンには入らないで、タブレットで配信を見て、俺の帰りを待つことになっていた。
狩野は遠慮がちに希望を伝えた。
「あのう、僕、ユズリハ・チャンネル登録してるので、
ユズリハさんの配信の方がいいんですけど」
「ほうら、ごらんなさい。登録者数は私の方が多いのよ。
ここは私のドローンを飛ばしたほうが、多くの人に見てもらえるわ」
「ふん、まあ悔しいけどしょうがないわね。
そのかわり、ユズリハ、あなたがあたくし達について近れない場合は、
ブロッケン対ハチ王子がカメラに映らないんだからね。
わかっている? あたくしに遅れないで付いてこれるんでしょうね」
「もちのろんよ」
自分のチャンネルを持っていない俺にはどうでもいい話で、二人の人気配信者の言い合いを暇そうにぼーっと眺めているしかない。
結局、狩野の提案によりユズリハ・チャンネルで配信することに決まったようだ。
ユズリハが自分のリスナーに向けて挨拶を始めた。
ブロッケンはしっかりカメラ目線で自分をアピールしている。
狩野と桜庭はカメラに入らないように、少し下がってタブレットで映像を確認していた。
挨拶が長いな。まだ始まらないのか。
俺にはちゃんと秋田犬のアバターが付いているのか心配になったけど、そこは桜庭がちゃんと映像チェックしているから大丈夫なのだろう。
またハチ王子と呼ばれるのが気にいらないが、
それもブラックダイヤモンドを手に入れるまでのことだ。
それまでは、我慢、我慢。
この配信が終わったら、第5層界の発電方法を考えよう。
それが俺の優先課題だ。
「では、今日のゲスト二人目は、今人気急上昇中のハチ王子でーす。
みなさん、拍手―!パチパチパチパチ・・・」
「・・・・・」
「あいさつをどうぞ!」
「・・・・・・」
「ちょっと、ハチ王子、何ぼーっと突っ立ってんのよ。
何かリスナーさんに挨拶してよ」
まずい、ボーっとしすぎていた。俺の番だったらしい。
「あ、ああ、ハチ王子です。ども」
「今日の意気込みは?」
「意気込み? あ、ああ意気込みね、意気込み。
そ、そうですね、ブラックダイヤモンドは俺がいただきます」
(ハチ王子だ。ハヤブサ・チャンネルで見たやつ)
(相変わらず無愛想だな)
(秋田犬のアバターになっていて、不愛想かどうかわかるかよ)
(わかる、ぶっきらぼうなしゃべり方)
(でもイケボじゃない?)
(声はよくても、顔がイケてない可能性もあるからな)
コメント欄がハチ王子に対してのコメントで埋まっていくのが、左手で出した画面で確認できた。
「オホホホホ・・・、ごめんなさーい。
ブラックダイヤモンドはあたくしがいただくわ」
自分をアピールすることを忘れないブロッケン。
「・・・・てなわけで、
ブロッケンと八王子のブラックダイヤモンドを賭けた競争を、
ユズリハ・チャンネルは配信します。
え?ユズリハはって? わたしですか。
わたしは、もちろんどちらも応援するわよ。
ちゃんとわたしの見せ場も作りますから、
わたしへの応援もよろしくお願いしまーす!」
ユズリハは両手でハートマークを作ってポーズを決めている。
これがアイドル系人気配信者の挨拶か。
こんなポーズで夢中になる奴の気持ちが俺には理解できない。
離れたところで配信を見ている狩野は、それに反応してガッツポーズ取っているが。
「では、さっそくダンジョンに潜入しますわよ。
よろしくって? ユズリハファンの皆様」
ブロッケンの合図でダンジョンへの潜入がスタートした。
ダンジョンの入り口は狭い横穴だった。
入り口は狭いが、しばらく行くと広くなりダンジョンらしくなってきた。
最初はトラップが仕掛けられていた。
それは、オーソドックスな針山で、ここは何事もなく三人とも通過する。
次に現れたトラップは斧が付いた振り子が四つ。
四つの振り子はそれぞれが交互に揺れて、行く手を阻んでいる。
斧に触れたら怪我では済まないだろう。
一瞬、足がすくんでたじろぐが、うまくタイミングさえ見つければと通り抜け可能だ。
「ちょっとぉ、ハチ王子、待ちなさいよ。早すぎますわ。
ユズリハ・チャンネルで配信してるんですから、
ユズリハを置いて行ったらあたくし達映らなくってよ」
ブロッケンのいうことは一理ある。
それはいいことを聞いた。
ユズリハが遅れてくれれば、俺は配信に映らなくて済む。
かえって好都合だ。
「すみませーん、ブロッケンさん。忘れてました。
でも、このトラップはタイミングってものがあるので、
それを逃したらトラップにひっかかちゃうんですよ」
俺は、これ幸いと、どんどん先に進む。
四つの振り子のリズムを覚えて軽々と抜けて行った。
ブロッケンも、必死に俺に付いてくる。
ブロッケンが振り子のトラップを抜けた。
さて先へ進もうと足を踏み出したときだった。
後方から女の子の悲鳴が聞こえた。
「きゃ!」
ユズリハだ。
振り子のトラップのちょうど真ん中、二つの振り子と前方の二つの振り子に挟まれた形で動けなくなっていた。
途中で抜けるタイミングを失い前後を揺れる斧に挟まれている。
ユズリハは引き返すことも進むこともできずにへなへなと座り込んでしまった。
「だから言ったじゃない。
あたくしに付いて来るなんて、あなたには無理なのよ。
ユズリハ、悪いわね。あたくしたちは先に行くわ。
配信はここで終了ね。リスナーの皆さん、ご愁傷様です。
じゃ、ごめんあそばせ」
「配信は終了しますかね」
「決まってんじゃない。
カメラはユズリハの最期を映して終わりよ」
「でも・・・・」
「何、もたついてるのよ。
ブラックダイヤモンドが欲しくありませんの?
行きましょう、ハチ王子」
「ちょっとだけ待ってもらえませんか」
「だーめ! あたくしは先にいきますわ」
俺は何か納得できなくて、無意識に拳を握っていた。
「お先にどうぞ。俺はユズリハを助け出してから行きます。
すぐ追いつきますんで、ご心配なく」
「はあ? あなた正気? あのトラップに戻るつもりなの?」
「困っている人を見捨てるのは、性に合わないんで」
俺は躊躇なく振り子トラップに向けて踵を返した。
「あっきれた! あたくしは先にいきますわよ。
後悔しても知らないからねー」
背中の方での言葉を背ブロッケンが何か叫んでいるようだが、
俺は振り子トラップのことしか考えていなかった。
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