第21話 環境依存スキル発動
ペンションの宿泊客の夕食が終わる頃、俺は皿洗いを手伝うために1階に降りてくる。
こうして時々は爺ちゃんたちの手伝いをしているのだ。
皿洗いをしていると、ロビーにあるテレビの音がキッチンまで聞こえてくる。
テレビの音声だけを聞きながら、次々に食器を洗っていると、
「今週の迷宮探索者ランキングが発表されました。
今週の順位はご覧の通りです。
ランク10位に新しい探索者が入って来たようですね」
「日本人でしょうかね。名前がちょっと・・・・読めません。
文字化けしていますが、これは経産省が出した正しいデータでも文字化けしているのでしょうか」
「実はそのようです。文字化け解消ソフトを使っても直せなかったと、担当者筋の話です」
父さんが言っていた探索者ランキングのニュースだ。
アナウンサーは、探索者ランキングに読めない文字の人が入ったと報道している。
そんなこともあるんだな。
別にどうでもいいけど。
俺がランキングに興味が無いのはいつものことで、今日に限ったことではない。
ランキングのニュースを見ながら、宿泊客が驚いたり笑ったりしている声も耳に入ってくる。
ランキングなんて、俺にはどうせ関係のない話だ。
「おーい、忍。お前に電話だー」
爺ちゃんが俺を呼ぶ。
「誰から?」
「父さんだ。早ぐ出れ」
「父さんなら、携帯にかけてくれればいいのに」
「最初は母さんが爺ちゃんの声を聞きたいってかかってきたなだ。
爺ちゃんだって母さんの声は聞ぎでべた。
そしたら、父さんに代わったなだ」
「ふーん」
最近、父さんと会ったばかりなのに何の話だろう。
「もしもし、忍か?
あれからダン技研支部に行って魔石を提出したか?」
「なんだ、その話か。やったよー」
「そのとき、ステイタス画面の情報も読み込ませたか?」
「やったよー」
「そうか。そうだったのか、やっぱりな」
「俺なにかまずいことでもやった?」
「いや、そんなことはない。
そんなことはないよ。それでいいんだが・・・・」
「なら、問題ないじゃん」
「お前に内部資料の話をしたのを覚えてるか?
ダン技研でデータを数値化してランキングを作っていると」
「なんかそんなこと言ってたね」
「今週のランキングニュースをテレビで見ただろ」
「見てなーい。でもさっきまで音だけ聞いてた」
「音だけは聞いていたんだな。偉いぞ忍」
「褒めてくれてありがとう」
「最近、急上昇してトップ10入りした探索者がいるんだが」
「ふーん、すごいね。そんな人がいるんだ。なんていう人?」
「それがだな、名前がわからないんだよ。
わからないというか正確にいうと読めない」
「へえ、父さんでも読めない字があるの?」
「読めないよ、文字化けしているんだから」
「文字化け? そういえばアナウンサーがそんなこと言ってた。」
「パソコンどうしの規格が違うと、変な文字になることを文字化けっていうんだ。
ダン技研では、文字化け解消ソフトを使ってたいていの文字化けは修正できるのだが、
あの名前だけは、どうしても修正できなかったんだ」
「そんなことを俺に言われても困る。俺は技術者じゃないから」
「いや、そうじゃない。忍に助けを求めてるんじゃないんだ。
お前に技術的知識を求める気はない」
「ずいぶんな言われようだな」
「そうじゃなくて、確認したいことがあるんだ。
あの文字化けでランクインした探索者は、
忍がダン技研に行った翌日から急に浮上してきたんだよ。」
「まさか、俺だと言いたいんじゃないよね」
「そのまさかだ。ダン技研ではIDを調べれば誰のデータか判明できる」
「そんなバカな」
「お前のスキルは何だ」
「環境依存だけど」
「環境依存とは文字化けするという意味だ」
「へえー、そうなんだ」
「そうなんだじゃない。トップ10入りしたのは忍なんだ」
「そうかなぁ、実感湧かないなぁ」
「そこで確認なんだが、
この文字化けを解明しようとする人たちが出てくると予測される。
いつかは、解読される可能性があるとして・・・」
「あるとして?」
「お前がダン技研に登録した時のハンドルネームを聞きたい。
大騒ぎになる前に手を打たないとな」
「ハンドルネーム? そんなのあったっけ」
「あったっけじゃないよ。思い出せ。登録用紙に書いただろう。
本名のほかに、ハンドルネームを書く欄があったはずだ」
「うぅーん、なんだかわからなかったから、全部本名で書いたよ」
「え? 全部本名で?」
「だって、ハンドルネームって意味が分からなかったんだもん。
誰も説明してくれなかったし」
「説明してくれなかったって・・・
お前、わからないなら誰かに質問すればいいじゃないか。
質問したのか」
「してなーい。知らない人に聞くの恥ずかしいし」
「・・・・・そうか、わかった。本名なんだな。わかった」
父さんは電話の向こうで動揺している様子だった。
顔は見えなくても、声でその動揺が手に取るように俺には伝わって来た。
「なんか、本名でまずいことでもあるの?」
「忍は知らないと思うが、これから世界情勢の話をする。
世界中がダンジョンの魔石を採掘するのに躍起になっている。
国際的に軋轢が生まれないように、平和的に推進しようと父さんたちは動いている。
だが、中には悪いことをするやつもいるんだ。
最近は犯罪組織に上級探索者が拉致される事件も相次いでいる。
プライベートが暴かれると、探索者の身が危険にさらされることもあるんだよ」
「怖いよ、父さん。もうやめてよ」
「父さんはがんばるからな。大丈夫だ、忍には父さんがついている」
「もうトップ10入りなんかしたくない」
そもそも俺は、最近までダンジョン探索はポイ活だと思っていたんだ。
ランキングなんて全く意識していないで、自己流で魔石を取っていただけだ。
それが、トップ10入りしたことで父さんに迷惑がかかるのなら、トップ1になったらどうなってしまうのだろう。
拉致されるのは怖いが、人間相手だったら俺は負ける気がしない。
だけど、家族に迷惑をかけるのだけは嫌だ。
ランキングなんて知らなければよかった。
俺は、ただのんびりとダンジョンで畑仕事をしながら、新しい世界を楽しみたいだけなのに。
「母さんに代わる」
「忍? 元気にやってる? ちゃんとご飯は食べてるの?」
「ああ、元気だよ」
「なんか父さんと大変な話をしていたみたいだけど、大丈夫?
困ったことがあったら、いつでも爺ちゃんと婆ちゃんに言うのよ」
「うん」
「今、なにやってたの?」
「ペンションのキッチンで洗い物してた」
「あんた、手伝っているの? 家では何もしなかったくせに」
東京の家では、母さんがなんでも先回りしてやってたから、俺の仕事がなかった。
そんなことに、母さんは気が付いていない。
「夏休みシーズンはペンションが忙しくなるから、母さんもそっちに行くわ」
「ええ? いいよ、来なくて」
「何を言ってるのよ。忍のためを思って言ってるんじゃないから。
爺ちゃん婆ちゃんが大変だから手伝いにいくのよ」
「わかってるよ」
わかってるよ。
そうやって、親孝行を理由にここに羽を伸ばしにくることぐらい。
去年もそうだったし。
今年も母さんのパワーあふれる夏がやってくると俺は覚悟した。
*
五十嵐先生は、野営事件があってからずっと学校には来ていない。
代わりに臨時講師としてダン技研から派遣されてきた人が担任になった。
それは、俺のステイタス画面を読み込んだあの研究員だった。
「五十嵐先生の代わりにやってきました。小松といいます。
二年生の皆さん、よろしく」
あの時と同じ銀縁のメガネをかけているが、スーツを着て登場したので、一瞬誰だか分からなかった。
そういえば、父さんからの連絡で、俺を守る役目の者を学校に送るからと言っていた。
俺はSPとか付くのは目立つから嫌だと断ったが、まさか、ダン技研の研究員が臨時講師という形で学校に来るとは想像もしていなかった。
この人が俺のデータを取ったのだから、文字化けの探索者は俺だということを当然知っているということ。
第一印象、見た目優しそうなお兄さんで、とてもSPのように俺を守ってくれそうもない。
ひ弱で色白の優男という表現がしっくりくる。
この人で本当に大丈夫なのだろうか。
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