第17話 迷宮探索政策室長の追及
校長室に入ると、立派な応接セットが置いてあって、その中のソファーのひとつに見覚えのある男が座って待っていた。
校長先生は、俺と五十嵐先生を見つけると近づいてきて言った。
「五十嵐先生、演習ご苦労さんでした。最上君、緊張しなくて大丈夫ですよ。
今さら紹介するのも変だが・・・知っていると思うが・・・
こちら、通商産業省、迷宮探索政策室長の最上さんだ」
「父さん!」
「忍、久しぶりだな。
桜庭くんから昨夜連絡をもらって、朝一番の新幹線で来たんだけど
東北分校は遠いなぁ」
校長先生は父さんにペコペコと頭を下げている。
バッタみたいに。
「遠いところをわざわざ御出でいただいて、申し訳ございません」
「いいえ、今回は息子のためではなく、わたくしは公の仕事で来ています。
公務ですよ、公務。どうかお気になさらずに」
「はあ、公務といいますと・・・」
「単刀直入に申し上げましょう。
昨夜、野営訓練で生徒が一人行方不明になった件です。
校長はご存じでしたか?」
「え? そうなんですか。初耳でございます」
「そうですか、校長はご存じないと。
では、担任の五十嵐先生はご存じですよね。
昨日の夜、生徒が一人野営から戻ってこなかった」
父さんは、保護者としてではなく官僚の立場でやって来たのだ。
だから、俺の名前は言わずにわざと“生徒が一人”と言っている。
それなのに、うっかり五十嵐先生は具体的な内容を出した。
「何もないですよ、最上さん。
あなたの息子さんのことをおっしゃっているなら、
ここにこうして元気に立っていますし」
「なるほど。
わたくしは生徒の名前を出していませんが、
最上忍のことだと理解できたのですね」
「そ、それは・・・
最上忍だけが行動計画通りに戻ってこなかっただけで・・・」
「ほう、戻ってこなかった。
ちょっと、確認させてもらえませんかね、その行動計画とやらを」
―8:30 集合、バスで田沢湖スポーツセンター
―9:00 オリエンテーション
―10:00 各班ごとにテント設営。場所はラグビー競技場、サッカー競技場
―12:00 昼食
―13:00 各テント設営を確認
―14:30 集合、オリエンテーション
―15:00 田沢湖スポーツセンターにて、入浴等
―18:00 夕食
―21:00 消灯、就寝
翌日
―6:00 起床
―7:00 朝食
―8:00 オリエンテーション
―9:00 テント撤収、清掃
―10:00 反省会
―11:00 バスにて学校、解散
「なるほど、野営とは言っても、テントを設営するだけで、
夜にはスポーツセンターに戻ってくる計画なんですね」
「そうです。計画に無理はありません」
夜にスポーツセンターに戻るとは知りませんでしたと、俺は白状すべきか今すごく迷っている。
迷宮探索政策室長としての父さんは、銀縁の眼鏡をクイッと上げた。
「ちょっと疑問なのですが、いいですか?
ここに班ごとにテント、場所はラグビー競技場などと書いてあります。
が、息子・・・いや、最上忍は、
一体どの班に属していたのですか」
「どの班にも属していません。彼は特別メニューでした」
「特別メニューを受けた生徒は最上忍以外にいましたか?」
「いえ、最上忍だけです」
「一人だけだったと・・・それで、特別メニューとは」
「彼はこの周辺をよく知っておりまして、訓練にならないため、
演習の意味を理解させるために別の場所に行かせました」
「別の場所。それはどこですか」
「秋田駒ケ岳のムーミン谷です」
校長が驚いて聞き返す。
「ムーミン谷?!」
「わたくしはこの辺の地理はよくわからないので、教えていただきたい。
校長、ムーミン谷へはどういうルートで行くのですか」
「通常は、田沢湖スポーツセンターより先のバス乗り場から
さらに30分行って、秋田駒ケ岳八合目まで行きます。
そこから、尾根を歩いてムーミン谷に到着するのが初心者向けのコースです」
「なるほど、では田沢湖スポーツセンターから登るルートはあるのですか」
「水沢ルートというのがありますが、初心者向けではありません。
急な坂道で道も笹で覆われているため、そこを登る登山客はあまりいません。
慣れている登山家でないと迷いますし、熊も出ますし・・・」
「では、五十嵐先生に伺います。
あなたが最上忍にとった特別メニューとは、この水沢ルートでしたか」
「うっ・・・そ、そうです」
「最上忍、あなたが登ったのは水沢ルートで間違いありませんか」
「はい、間違いありません」
「高校生に、しかも集団ではなく個人で水沢ルートを行かせた。
これは問題ですねぇ」
「訓練ですから」
「訓練ですか。無茶なしごきのようにも思えますが。
パワーハラスメントではありませんか?」
「訓練です。あくまでも特別訓練」
「しかし、実際、最上忍は午後2時半、
もしくは3時になっても戻ってこなかった。
この時点であなたはおかしいと思わなかったのですか」
「彼はよく忘れ物をする生徒なので、
戻る時間を忘れているのだろうと思っていました」
五十嵐先生のいうことは確かに一理あると、俺はうなずいてしまった。
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