第13話 野営訓練
迷宮探索高等専門学校から貸し切りバスで田沢湖スポーツセンターに到着。
ここは田沢湖高原温泉郷にあり、一般客以外に学校研修や合宿などに利用される。
学校から近いとは言っても、バス移動するだけで自然環境に恵まれた施設に来たのだから、クラスのみんなは、ちょっとした遠足気分でウキウキしている。
俺からしたら、田沢湖高原温泉郷は爺ちゃんのペンションがあるから、庭みたいなものだ。
遠足気分というより、家に帰って来た気分だ。
「本日の演習は野営訓練だ。楽しいキャンプと勘違いしているやつがいるが、
野営とキャンプの違いは何か、答えられるものはいるか」
五十嵐先生が、クラス全員に問を投げかける。
「狩野、答えてみろ」
「はい、キャンプはキャンプ場で楽しくするものですが、
野営は、野営は・・・・自衛隊の訓練というイメージしか・・・」
「惜しい。半分くらいは当たっている。桜庭、答えてみろ」
「はい、キャンプはキャンプ場を管理している人がいて安全が保たれます。
野営は、キャンプ場以外で、自分で安全と快適を確保しなければなりません」
「正解だ。では、今回の野営演習について説明する。よく聞くように。
演習はグループごとに指定された場所にテントを張る。
協力し合ってテントを張ったら、野営に必要なテント内の装備まで忘れないように設定する。
本来はトイレも穴を掘るなどして、自分たちで作らなければならないが、
施設側との取り決めで、トイレは近くのトイレを使用すること。
野営設営エリアは、保健衛生上トイレがある場所を、各グループごとに指定してある。
それから、次の注意事項だ。
昼食は今日持参したおにぎり2個、
夕食はそこで煮炊きはできないため、
テント設営が終了したらスポーツセンターに戻ってきて報告し、夕食とする。
スポーツセンターで一泊した翌日の内容を説明する。
二日目は、野営テントの解体と周りの清掃。
野営した痕跡を残さないようにするまでが演習だ。以上。
なにか、質問はあるか」
俺はさっぱりわからない。
みんなはわかっているのか、優秀なクラスだ。
「班長に、行動計画書を書いた紙を渡すから、よく読んでおくように」
ふぅん、班長が計画書を持っているんだな。
じゃあ、そいつを頼りに動けば大丈夫だ。
グループは二班に分かれる。
一班は、ラグビー場横。
二班は、サッカー場横。
「決して競技場内の芝生を傷つけたり、競技場内にテントを設置しないように」
二学年は10名しかいないから、5人づつの二班に分かれるということか。
一班は、狩野を入れて男子が3、女子が2の5名。
二班は、男子が3,女子は桜庭一人の4名。
あれ? 二班は4名しかしないが・・・おかしくないか。
俺がグループに入ってない。
「最上は、特別メニューだ。水沢ルートを通ってムーミン谷」
ムーミン谷・・・
こんなファンタジックなネーミングされた場所が、実際に秋田駒ケ岳にはある。
話は聞いたことあるが、行ったことはない。
他のみんなはスポーツセンターの敷地内なのに、俺だけガチで登山じゃないか。
「ムーミン谷ってファンタジーな場所ね、素敵」
桜庭が俺に小声で話しかけてきた。
狩野は心配そうに言ってくる。
「最上だけ本格的に野営登山じゃん。
水沢ルートって、熊が出るような険しい獣道だよ。大丈夫か?」
「熊なら、どこでも出るさ。なんなら、ここにだって出るよ」
他の男子は俺だけ特別メニューを言い渡されたことを気にしてないかな。
いつものことだからな。
「最上、水沢ルートだって。あいつ死ぬな」
祝福どうもありがとう。
「では、演習の指令を出す。
六月三日、14時までに各班ごとに、指定された地点を攻略せよ」
みんなは、野営の道具を担いで、指定されたエリアへと向かった。
俺も支給されたテントや道具を渡されたが、突っ立ったまま戸惑っていた。
俺は、水沢ルートってどこからスタートするのかさえ知らない。
先生に聞きたいところだけど、無駄だろう。
自分で調べる始める時点で、すでにみんなから遅れを取っている。
俺はスマホを取り出した。
「スマホでGPS使っても、登山口はなかなか見つけられないぞ」
五十嵐先生が背後からにゅっと顔を出して言った。
「ひぇ! おっどろいたぁ。熊かと・・・」
「誰が熊だと?」
「いえ、別に・・・熊に気を付けようと言っただけです」
「念の為、教えてやろう。水沢ルートの登山口はこっちだ。
駒ケ岳が庭みたいな最上なら、知っていて当然だとは思うが」
「いえ、知りませんでした。ありがとうございます。助かります」
「テント設営は大丈夫だろな」
「はい、できます」
「じゃ、さっさと出発しろ」
「あの、先生は付いてきてくれないんですか」
「助けが欲しいか」
特別メニューというから、特訓してくれるのかと思っていた俺が甘かった。
助けて欲しいなんて言うのも癪だ。
「いえ、大丈夫です」
「お前ひとりだ。班長はいない。行動計画書は持ったか?」
「あ、忘れてました」
「スタートする前からそんな調子では、遭難するぞ。
この行動計画書を持っていけ。さっさと出発しろ」
先ほどの発言を訂正する。
熊じゃない、先生は鬼だ。
先生から教わった通りの道を進んで行ったが、登山口がわからない。
GPS使っても見つけられないと、先生が言っていたとおりだった。
ウロウロしながら探し続ける。
もし見つからなかったら、山菜でも採って戻ろうか。
ワラビくらい生えてるだろ。
ワラビを探しながら歩いていたら、なんとか登山口をみつけた。
道標が倒れて見えなくなっている。
これでは、他の登山客もウロウロするだろう。
道標がちゃんと見えるように立てなおして、先に進んだ。
最初はなだらかな道だった。
これなら楽勝かと思いきや、徐々に道は急になっていき、途中で水沢コースと書かれた看板が現れた。
『水沢コース ⇔』
この看板の矢印は、右と左の両方を指していて意味がわからない。
これって、謎解きですか?
俺は、運を天にまかせて右を選んだ。
そこから道の様子が一変する。
笹が生い茂る道を突き進んでいく。
もしかして道を間違えたかと、だんだん不安になってきた。
しかも、急な山道だ。
ただでさえ、急な登り坂なのに、そこを笹が邪魔をする。
やっぱり道を間違えたかもしれない。
さっきの看板まで引き返そうかと迷い始めた頃、別の看板が現れた。
『クマ出没注意! 音を鳴らして近くに人間がいることを熊に知らせてください』
出るのか。
いや、ここは熊の生息エリアなのだから、熊の立場からしたら人間出没注意だろう。
よく見るとこの看板の下の方に、誰かの手書きで『水沢コース→』と書いてある。
誰もがこの辺で、道に迷ったと不安になるのだな。
後から登る人のために手書きで書いてくれた人に感謝。
俺が選んだ右は正解だった。
わさわさと笹の中かき分けて、急すぎる斜面を登っていく。
やがて、森林限界をやっと抜けると、尾根の向こう側にスキー場の山麓周辺がよく見える。
スポーツセンターの広い敷地も良く見える。
あの中でクラスのみんなは演習しているんだ。
もう、テント張ったのかな。
やばいな、急な登り道を迷いながら歩いてだいぶ時間を浪費してしまった。
やっと、水沢分岐に到着。
急な上り坂を登って、2時間経過した。
まだまだ、目的地は遠いのにかなり体力を消耗した。
道の脇に座って、一人で休憩をとっていると、ちらほら登山客が通る。
「こんにちは」
「こんにちは」
みんなにこやかに挨拶を交わす。
一時間後に男岳到着。
ここからは田沢湖が見えた。
ああ、絶景かな、絶景かな。
ここでも、休憩したいところだが、時間がなくなるからムーミン谷までの道を急ぐ。
男岳のくだり道は、思ったよりも急で、足場に小石が多いから滑りやすい。
男岳から谷底へと降りていくというより、
転がっていくような感じで俺は降りて行った。
ところどころに残っている雪を見ながら木道までくると、そこはムーミン谷だ。
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