第11話 魔狼の森
比較的安全だと思っていたダンジョンで悲劇は起きた。
姫は首に深手を負ったカリノに包帯を巻き、ポーションを飲ませている。
そして、カリノを襲った狼は森の方へと逃げこんだ。
「王子、魔狼を追うな。森に入るのは危険すぎる。
これ以上、けが人を出すわけにはいかない。
悔しいがここで引き返そう」
「まだ始まったばかりですよ」
「魔物には始まったばかりも何も関係ない。
深入りせずに引き返したほうがいい」
「俺、普段は聞き分けのいいほうなんだけど、
今日は聞き分けのない子になっていいですか?
俺の友達に傷をつけたお礼は、
きっちり熨斗つけてお返しさせていただきます」
カリノが笑う。
「バーカ、お前、任侠かよ。
ハヤブサさん、こいつ止めても無駄ですよ。
僕も回復したら後から追いつきますから、
魔物を倒してください」
「カリノ・・・、俺は任侠じゃない、カタギだ」
「おい待て、このダンジョンに誘ったのはわたしだ。
君たちを守る責任がわたしにはある」
「お兄ちゃん・・・お願い、もが・・・・王子を守って」
「もちろんだ、安心しなさい。お兄ちゃんは王子を守るよ。
姫にはカリノを頼むからね」
*
俺は森の中を猛スピードで駆けて行く。
ハヤブサも遅れないように付いてくる。
同時に、ドローンもハヤブサと俺を捕えて配信は続いていた。
(もしかして、これは魔物を追っているの)
(ハチ公、足が速くね?)
(ハチ公、走るの速っ! それに追いついているハヤブサも凄い)
(ハヤブサさん、気を付けてください)
(ハチ公じゃない、ハチ王子だ)
(謎の秋田犬キャラww、面白いことになってきたw)
魔狼の遠吠えが聞こえた。
奴はいる、この森の奥だ。
今の遠吠えに答えるように別の方向からも遠吠えがした。
仲間がいるのか。
また、遠吠えだ。今度は西の方角から。
三匹もいるのか。
こっちは二人、敵は三匹。
数では狼の方が勝っている。
もしも、群れで来られたら勝ち目はない。
さあ、どうする。
ハヤブサが提案した。
「わたしが二匹相手にするから、王子は一匹を攻撃しろ」
「だめです。奴らは群れで襲ってきます。
魔狼がオオカミと同じ習性なら、手口は見えています。
森に逃げ込んだように見せて、実は人間を疲れさせるため、わざと走らせた。
その罠に真っ先に引っかかったのは、この俺。
奴らの獲物は俺ひとり。
一匹が獲物の前に回り込み、他の二頭が獲物を追い込んでくる。
これがオオカミの狩りの仕方です。
つまり、罠に引っかかった獲物、俺にむかって三匹で襲ってくる」
「なら、どうする」
「大事なのは一撃で倒す事。一匹を一撃で素早く、しとめる」
山にこもってダンジョン探索している俺の経験上、動物の習性を読むのは得意だ。
魔狼といってもオオカミなら習性は同じだろう。
「魔物になると、オオカミでも夜行性じゃないんですね」
「王子、危ない!」
ハヤブサが叫んで危険を知らせてくれる。
しかし、狼が飛び出してくる方向はだいたい予想がついていた。
やっぱりな。
獲物の中で狙われた一人は、俺だった。
俺は、すでに狼に向かって駆け出していく。
駆けだしながら、ぐっと姿勢を低く落として、狼の体の下に滑り込む。
魔狼はすぐさま回避しようと上へ跳躍する。
やはり、動物の反射神経はあなどれない。
俺の不意打ちは失敗したかのように見えた。
「王子、逃げろ!」
上に跳躍した魔狼の四つの脚が視界に入る。
俺の狙いは四つのうちのどれでもない。
上空へ遠くなる魔狼を捕えようと伸ばした手は、狙い通りの物をつかみ取った。
モフモフの尻尾だ。
「うりゃぁ! 背負い投げぇーーー!!!!」
魔狼の巨体は、弧を描いていとも簡単に投げ飛ばされ、岩に頭から落下する。
巨体であるがゆえに大きな遠心力となった一撃は、魔狼の頭部にショックを与えるには十分だった。
「一匹目、終了」
すぐに二匹目が俺に飛び掛かってくる。
「やばっ、意外と早い」
軽く跳んで、かわす。
横には、今倒したばかりの魔狼が白目をむいて横たわっていた。
一匹倒したら二匹目も同じだ。
今度は、地面を蹴って俺が上空へ跳躍する。
かわされた先にある一匹目の倒れた巨体が邪魔をして、二匹目は踵を返すことができない。
「もらった」
俺は自分の落下地点を二匹目の頭頂部に狙いを定める。
踵が狙い通りの頭頂部に勢いよく落ちたタイミングで、思いっきり踏みつぶす。
ぐしゃ。
魔狼は先に倒れていた一匹目の上に、仲良く崩れ落ちた。
「二匹目」
安全な地面に着地したとおもいきや、息つく暇もなく三匹目の咆哮が耳をつんざく。
「お怒りのご様子で」
三匹目は猛スピードで距離を詰めてきて、気が付いた時には、俺は魔狼になぎ倒されていた。
こいつが、獲物を待っていたボスの魔狼か。
ここで待ち構えていたボスは、体力を消耗していない。
そして、巨体の脚は、俺を押さえつけて離さない。
大きな口から鋭い牙が俺を狙う。
「歯並びがいいな」
俺が必死に手で魔狼の顔を押し戻そうとしても、まるでびくともしない。
徐々に、鋭い牙は俺の頭を噛み砕こうと接近してくる。
「くっ・・・・・」
「王子、わたしが光線を出すから、その瞬間に離れろ」
「待って・・・策がある」
全身の筋肉を使って渾身の力を振り絞り、魔狼の大きく開いた口をめがけて会心の一撃をぶちこんだ。
ズボッ、ゴキッ。
鈍い音がして、咽の奥で何かを破壊した。
魔狼は顎が閉まらなくなったまま、ドーンと地面に倒れて動かなくなった。
「ボス討伐完了」
ハヤブサはあっけにとられて何も言えないで立っていたが、ふと我に返って配信用ドローンに向かって話しかけた。
「みなさん、ご覧になりましたか? これが王子です」
(なんじゃ、あれは・・・武器持ってなかったよな)
(おいおい、素手で巨大な魔狼三匹倒したぞ)
(アイテムボックスに何か武器を持っていたでしょうに)
(なんでアイテムボックスを開かない)
(いや、そんなの開いている暇がなかったぞ)
(前もって、開いていればよかったのに・・・)
(ハヤブサはハチ公は未成年って言ってたじゃん)
(武器使えないのか)
「すごいぞ王子。コメントがものすごい勢いで大量に流れて読めないくらいだ」
「ふぅん、そんなもんですか。興味なくてすみません」
そのとき、カリノと姫が遅れて走って来た。
「ごめん、回復に時間がかかった。あ、れ?
・・・・もしかして終わったの?」
カリノが目にした光景は、
三匹の倒れた魔狼と、配信のアクセス数に狂喜乱舞しているハヤブサ。
そして、ひと仕事終わって汗を拭いている俺だった。
三匹の魔狼の姿が霧のようにもやってから消えると、そこには三つの魔石が転がっていた。
ハヤブサは魔石を拾いカメラに向かって、リスナーに見せていた。
「お、同時アクセス数10万ってなってる。
みんな見てくれて本当にありがとう。
今日のゲスト王子のおかげで、こうして魔石もゲットできました。
今日の配信はここでおしまいです。
また見に来てください。さよならー」
配信を切るとハヤブサはこっちに向き直って言った。
「はい、これは君がゲットした魔石だよ」
「え? いいです。ハヤブサさん、持っていてください。
ハヤブサさんの配信だったんですから」
「そうはいかない。君のおかげでアクセス数も登録者数も伸びたんだ。
タダ働きってわけにはいかないでしょう」
「ダメです。俺は受け取れません」
すると、狩野が控えめに提案を出してきた。
「あのう、ちょうど三個なら、桜庭兄妹、最上、僕で分ければいいんじゃない?」
「狩野くんは負傷しただけ・・・だよね」
「あら、どうしてわたしは、お兄ちゃんとワンセットなの? 別にいいけど」
桜庭兄妹が、狩野の提案に異を唱える。
報酬の山分けとか、こういう面倒くさいことが俺は嫌いだ。
さっさと結論出して、畑を見に帰りたいから、強引に俺は話をまとめる。
「桜庭が別にいいけどって言うのなら、それでいいんじゃない?」
「ま、あずさが言うならお兄ちゃんもそれでかまわないよ」
「じゃ、そういうことで。
俺はもうあがります。お疲れ様でしたー」
「おーい、最上。待ってよ、ぼくも帰るよ」
森の中まで来た道を急いで戻る。
ステイタス画面を確認しながら、走っていると通知音が鳴った。
『スペシャルミッション、クリアしました。おめでとうございます。
ステイタスポイント、ヒットポイント、ゴールド、全て2倍です』
よっしゃ!
おれは傷だらけの右手で小さくガッツポーズをしながら家路を急いだ。
「面白かった!」
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