表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/55

兄妹戦争③

 軍曹殿? 生き残り?


 今の一言はどういう意味だ。


 紋次郎が吐いたとは思えない一言に呆然としたエレーナの前で、まるでうわ言のように紋次郎の口が動く。




「また……また突撃命令ですか……! 自分は何度……敵陣に突撃すればいいのでしょうか……!!」




 その言葉に、エレーナは息を飲んだ。


 寿でさえ、突如意味不明な言葉を発し始めた紋次郎を、信じられないものを見つめる目で見つめている。


 まさか、今あの言葉を発しているのは――紋次郎本人ではないというのか。




「軍曹殿……! おかしいのであります……何度落としても二〇三高地が元に戻るのであります……! 何度も何度も、突撃したはずなのに……!」




 まさに血を吐く言葉としか思えない言葉が紋次郎の口から発せられ、エレーナは凍りついたまま紋次郎を見つめた。




「何度陥落させても、何人殺しても……! 気がつけばまた元に戻っているのであります……! ど、ど、どういうことなのでしょうか! 自分は、自分は気が触れたのでありましょうか……! それとも、じ、じじじじ、自分は、自分は、地獄に落ちてしまったのでしょうか……!」




 地獄。


 その物々しい響きには、それを口にしている者をすっぽり包み込む、深い絶望が感じられた。




 まさか、そんな。


 エレーナは有り得べからざる発言、光景に、まるで魂を抜かれてしまったかのように、呆然とした。


 その言葉を聞いた寿が――痛ましいものを見る目で、紋次郎を見つめた。




「――そうやって、私たちの中でずっと戦い続けてるんでしょ?」




 寿が、確信的な口調で紋次郎に語りかけた。


 まるで紋次郎ではなく、紋次郎に憑依しているとしか言えない何者かに語りかけるように、寿が優しく問いただす。




「毎回毎回、夢の中で見せてくるもんね? あれ、あなたの記憶なんだよね? 何人も何人も殴って、投げ飛ばして、撃って、殺して、ロソマハって呼ばれて怖がられて――辛かった、苦しかった、痛かったって……何回も何回も訴えてくるもんね?」




 エレーナには意味がわからない言葉を、寿はかけ続ける。


 寿は痛ましい物を見るように唇を引き結んで俯いてから、再び語りかけた。




「エレーナさんからロソマハって聞いて確信した……お兄がそうなった時のあなたはお兄じゃない。私たちのご先祖様、不死身の船坂……そうなんでしょ?」




 その言葉に、紋次郎は無言だった。


 無言ではあったが――紋次郎なら決して言うわけがない言葉を発する、この人が。


 まさか――不死身の船坂、船坂佐吉、その本人だというのか。




 愕然としているエレーナの前で、寿は必死に説得を続ける。




「でも、もう戦わなくていいんだよ! もう戦争は終わった、終わったから……!」

「終わらない、終わらないのであります……軍曹殿……! もう嫌なのであります……! じ、じじじ、自分は――ひ、人殺しであります……!」




 その赦しを拒絶するかのように、紋次郎の中にいる何者かが叫んだ。




「自分は、帰れないのであります……! 赦してくれない……! 自分が……殺した敵たちが! 死なせてしまった仲間が……! 自分だけ……楽になるのかと……!」

「そんなことはない! みんなもう終わったことなの! もういい、もう自由になっていい! ここは日本だから……!」

「じ、自分は、おっ、俺は……俺は地獄におち、堕ちた……! 人を、人を殺しすぎたから……!」

「そこは地獄なんかじゃない! あなただってちゃんと家に帰ってこられた! 帰ってこられたから私たちがいるんだよ! どうか、どうか思い出して……!」

「あ、う――! じ、地獄……と、突撃……! 突撃ィーッ! ガアアアアアアアッ!! あああああああああああっ!!」




 瞬間、咆哮した紋次郎の怪力に遂に抗し切れなくなり、寿の小柄が跳ね飛ばされた。


 そのまま、紋次郎ではない何者かがカッター男に向かって、大きく口を開き、猛獣のように噛みつこうとする。




 エレーナは無我夢中で地面を蹴った。


 ここで紋次郎を止めることが出来るのは自分なのだという、はっきりとした確信があった。




 ここで、あの怪物を人間に戻せるのは、自分だけ。


 彼の――船坂佐吉の宿敵であり、友であった人間の血を継いだ――自分だけなのだ。




 エレーナは紋次郎ごと、船坂佐吉を抱きしめた。


 衝撃とともに、猛獣の力で噛み付かれた肩にも鋭い痛みが走ったが、その激痛を圧して――。


 心の底からの絶叫が、腹の底から迸った。




「アレクセイ・ポポロフ――!」





◆◆◆




もうすぐ完結します。


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


「面白かった」

「続きが気になる」


そう思っていただけましたら

★での評価、ブックマークなどを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ