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最終決戦前哨戦②

 お互いに身を寄せ合い、人目憚らずに触れ合う兄とエレーナを見て――ふう、と寿はため息を吐いた。


 もう一週間近くも冷戦状態が続いていたらしいのに、今はもう立派なバカップルにしか見えない始末。


 こんなに早くことが治まるのなら、理由はいいからとりあえず土下座してこいと兄の尻を強かに蹴飛ばした方がよほど早く済んだのかな……。


 そんなことを考えながら、寿は何だか気抜けして笑ってしまいたいような気分でいた。




 幼い頃からいくら生傷をこしらえてケロリとしていたあの兄のことである。どうせエレーナが何故あれほど怒ったのか自分では気づけないはずだと踏み、いとこであり兄の担任でもある堀山茜に援軍を頼んだのだが、流石は茜姉、上手く兄を教導してくれたようだ。




 そう、兄は昔から、ああいう男だった。


 人の数倍は頑強で腕っぷしも強いのに、何故か心の方は人一倍謙虚で温厚で、優しい。


 平然と人の代わりに傷つき、なんとも思っていないのが常だった兄。




 それが一変してしまったのが、二年前のあの日のこと。


 兄が凰凛学園を去るきっかけとなったあの「事件」のとき、寿は悟ってしまった。


 このまま兄が人の代わりに傷つき続けることをやめなければ、兄のほうがやがて崩れてしまうのだと。


 


 それ以来、寿は事の発端となったツインテールをバッサリと切り落とし、人前ではカツラをつけて生活するようになった。


 兄は残念がったが、それは少しでも兄がああなることになった原因を潰しておきたいという、寿が自身に課したケジメであった。


 もう二度と、兄のあんな姿を見たくはない――それは妹として当然の決意であったし、幼い頃から自分を溺愛し続けてくれている兄への、ささやかな恩返しの気持ちでもあった。




 それにしても――寿は物陰から、兄に触れて微笑んでいるエレーナを見つめた。




 あんなお人形さんのような美少女が、よもや兄といい仲になろうとは。


 美少女、という一言ではとても言い表せないほどの魅力を持った人、街を歩けば他の男が決して放っておかない程の人なのに、よりにもよって宿敵の子孫、それも兄のような男を気に入ってしまうとは。


 これも自分たちの先祖、不死身の船坂が血みどろになって戦ってくれたお陰なのかな……と思って見ていると、兄がエレーナの肩を抱いた。




 おっと、これはいけない。話が本題に入ったようだ。


 これ以上ここで監視しているのも申し訳ない、帰ろう、と踵を返しかけた瞬間、「ねぇ」という粘ついた声が背後に聞こえ、寿はそちらを見た。




「ねぇ、君、『La☆La☆Age』のKoto☆ちゃんだよねぇ?」




 そう言った人物の目は――薬か酒か、あるいはもっと薄暗いものに汚され、黄色く濁り切っていた。


 寿が息を呑むと、その反応が嬉しかったのか、男が壊れた笑みを深めた。




「ねぇ、黙ってちゃわかんないよ。君、Koto☆ちゃんだよね?」

「――違います、誰ですか、その人?」

「誤魔化したってダメだよ。ちゃんと調べてから来てんだからさ」




 うひひ、と男は下卑た声で笑った。




「本当なんだなぁ、Koto☆が凰凛学園の生徒だって噂。やっぱり制服姿も可愛いんだなぁ……」

「なんですか、いきなり気持ち悪いです。もう話しかけてこないでください」

「でも僕ねぇ、La☆La☆Ageのあみるちゃんのことが大好きなんだよね」




 男の声が、にわかに湿り気を帯びた。




「君がセンターにいる限り、あみるちゃんはセンターになれないんだよ。わかる? それに君、たまにライブのときにあみるちゃんのこと睨みつけてるよね? いくらちょっと可愛いからって……調子に乗ったらダメだよね?」




 男のその言葉を聞いた瞬間、寿の警報メーターが振り切れた。




 寿は無言で踵を返した。


 あの男はヤバい。寿の何かがそう告げていた。


 足早にその場を立ち去ろうとする寿の背後から、湿った足音がついてくる。


 これは――かなり本気であるかもしれない。




 いざとなったら――寿は考える。


 この近くに、確かなにかの理由で工事が中断されている建設現場がある。


 人気のないそこに誘い込み、敢えて相手に手を出させた後、正当防衛で潰すしかない。


 か弱きアイドルらしからぬ思考で素早くその後のプランを組み立て、寿は足早にその場を去った。




 唯一、このときの寿の行動に失敗があるとしたら――その光景を、よりにもよって兄である紋次郎に見られていたことに――気が付かなかったことだった。




◆◆◆




完結させる、完結させるんだ……。


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


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