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別々に登校戦

 インターホンを押してみても、返答が返ってくることはなかった。203号室の中に人の気配は既になく、それは今までは一緒に登校していたエレーナが、既に学校に向かってしまったことを示していた。


 ハァ、と紋次郎は大きなため息を吐いた。


 あの日から、既に三日が経過しているが、毎日梨の礫。よっぽど紋次郎と顔を合わせたくないらしいエレーナは、一体何時に部屋を出ているものか、かなり早く部屋を出てみることにした今日も接触できなかった。




「ほら、やっぱりエレーナさん怒ってるじゃん。お兄、まだ謝れてないの?」




 そう言われて、紋次郎は背後を振り返った。


 凰凛学園の制服を身にまとった妹は、いつものショートカットとは違い、アイドルとして舞台に立つときに被っているツインテールのカツラをつけていた。


 その姿に、紋次郎は少し驚いた。あの事件以来、寿が紋次郎の前でこの格好をすることは稀だったからだ。




「……今日はその格好で登校するのか? 大丈夫か?」

「10時まで取材。それから事務所の車で学校まで行くから。時間ないから今日はこれで出るよ」

「帰りは? 地元バレしたらまずいんじゃないのか?」

「大丈夫だよ、お兄は過保護すぎんだって」




 寿はため息混じりに口をとがらせた。





「あのときのこと、まだ気にしてるの? 私が男数人に囲まれたぐらいじゃビクともしないの知ってるでしょ? お兄の妹なんだよ?」

「それはまぁ、そうかもしれない。だけどな――」

「そういうところ」




 寿は右手の先っぽで紋次郎の胸を突いた。




「そういうところだよ、お兄。エレーナさんが怒ってるのは」

「は、はぁ――?」

「何度も言うけど、お兄は他人の痛みには敏感だけど、自分の痛みには鈍感すぎんの」




 呆れたような、責めるかのような視線だった。


 紋次郎は疲れたような気分で問い返した。




「だから寿よ、何回も聞くけど、それってどういう意味なんだ? 俺が俺の痛みに鈍感って――?」

「それぐらい人に聞くな。自分で考えて気づけ」





 再び叱るような声で言い、それから寿は、物凄く心配そうな顔で紋次郎を見た。





「――じゃないとお兄、本格的に人間じゃなくなっちゃうよ?」




 人間ではなくなる。随分な物言いだと思ったが、寿の言葉は冗談を言っている口調ではなかった。


 俺が人間じゃなくなる? どういうことだと思っていると、ブウン、と音がして、アパートの下に県外ナンバーの黒いファミリーワゴンがやってきた。寿が所属する芸能事務所の迎えの車であった。




「とにかくお兄、今日一日は必死に考えて、エレーナさんにどう謝ったらいいか考えるんだよ。お隣さんとずっと冷戦状態なんてイヤでしょ?」

「う、うん……」

「はぁ……その反応を見るに大丈夫そうじゃないなぁ……助け舟が要りそうだな」




 寿は少し何かを考える表情になった後、もう一度ため息を吐いて、後は挨拶もせずに階段を降りていった。


 寿が車に乗り込んで走り去ってゆくのを眺めながら、紋次郎は莫大に疲れたような気分でアパートの階段を降りた。 

 



◆◆◆




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