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手を繋ぎたい決戦

 その一言の意味をエレーナが考えるより先に、紋次郎が言った。




「そりゃ俺は一般民衆で、そんなに力がないかもしれないよ。国とか偉い人の思惑なんて、馬鹿な俺にはわからない。俺たちを引き裂く気になればいつでも引き裂けるかもしれない。――けれど、今だけはそんなことはないって、俺が安心したいんだ」




 日本語は幼い頃から勉強していたけれど――それでも何だかよくわからない言葉の連なりだった。


 紋次郎の顔は真剣だったけれど、その顔は燃えるような西日に照らされて、顔色はわからなかった。




「俺がエレーナさんの手を握ってる間は、たとえ誰が来たって俺たちを引き剥がせない。どこにも連れていけないって、俺がエレーナさんを守れてるんだって、俺が一方的に安心したいんだ。だから――俺、エレーナさんと手を繋ぎたいんだよ」




 しばらく、言われたことを丹念に考えていると――猛烈に心臓が早鐘を打ち始めた。


 何よそれ、意味がわかって言ってるの? エレーナが呆然とするような気持ちでいるのにも構わず、紋次郎がさっと左手を差し出してきた。




 エレーナはその掌を見つめた。


 綺麗な手だけれど、如何にも男のものらしい、ゴツゴツした手。


 この手を取ってしまったら、もう自分たちは宿敵には戻れないのだと思った。


 いや、紋次郎が、宿敵同士でいることを望まなくなったのだ。




 それは明確に一線を越えようとする行為――紋次郎がエレーナと、宿敵でも、友達でもないものになりたがっている意思表示なのだと思った。




 けれど、その時のエレーナの中には、嫌悪感も、焦りも、怒りもなかった。


 それどころか――例えようもないぐらいの嬉しさと幸福がどこかから染み出してきて、胸の全体に広がって、温かくなる。




 お互いに言いたいことはわかってしまっていた。


 そして――他ならぬエレーナ自身も、それを望んでいるように思えた。




 ごくっ、と、喉をひとつ動かして――エレーナはゆっくりと右手を差し出そうとした、その瞬間だった。




 ギャハハハハハ! という下品な声が聞こえ、何者かが視界に飛び込んできた。一瞬、紋次郎の手に意識を集中させていたせいで、避けるのが遅れた。


 紋次郎とエレーナの間を、小学生ぐらいの男の子二人がじゃれ合いながら駆け抜けてゆき、振り回した水着入りのバッグはエレーナにぶつかった。


 そのせいで重心が崩れ、エレーナはもんどり打って後ろに倒れ込んだ。




「エレーナさん――!」




 その声に、小学生二人がはっと立ち止まって振り返った。縁石の向こうに尻もちをついたエレーナがその痛みを呻く暇もなく、耳をつんざくかのような甲高いクラクションの音が発して、エレーナはぎょっと道向こうを振り向いた。




 猛烈なスピードを維持したまま――荷物を満載した巨大なトラックが、こちらに猛然と迫ってきていた。




◆◆◆




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