表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI自動生成なんて創作じゃねえ!  作者: まさかミケ猫
第二章 努力に価値はあるのか
5/22

第五話 AI時代のアスリート

――サムいよな、AIアシスタントを親友とか言う奴。


 見ず知らずの大学生どもがそんな話題で盛り上がっていて、私は少しだけイラッとしてしまった。

 でもまぁ……普通の感覚で言ったら、彼らの言い分も間違ってはいないんだろう。自分の表層思考から望む言葉を掛けてくれるAIアシスタントだけを友達扱いし、現実世界で思い通りにならない他人を完全排除している奴は、客観的に見れば確かに「サムい」だ。


 それでも私は、目の前の女の子を親友と呼びたい。

 たとえそれがAIで、仮想空間でしか触れ合えなくても。


「あ、アスナ。そろそろ朝になるよ」


 試合の途中で、AIのチコが急にラケットを止める。


「ほら。ログアウトしないとね、アスナ」

「えぇぇ……このセットが終わるまでやろうよ」

「ダメだよぉ。今日から大事な大会でしょ。遅刻なんてさせたら、AIアシスタントである私の沽券に関わるもん」


 そう言ってプリプリと怒るチコの顔が可笑しくて、私は無駄な抵抗を諦める。彼女は子どもの頃から私のAIアシスタントをしてくれていて、仮想空間ではテニスの練習に延々と付き合ってくれる、掛け替えのない親友だ。


 急かされるように、私は仮想空間からログアウトする。


 目が覚めると、私の胃袋が「グゥ」と情けない音を出して飢餓を主張するので、のそのそとベッドを抜け出して食卓に向かう。そこにはいつも通り、チコの用意してくれる朝食が並んでいて、口内に唾液の洪水が生まれた。


「おはようチコ」

【おはようアスナ。いっぱい食べて力つけてね!】


 ぴょこん、と手のひらの上に現れたのは、小人サイズになった私の親友だ。もちろんこのチコは、私の脳に接続されたASBが見せる幻であって、現実には存在していない。

 客観的に見て、作り物のAIアシスタントを親友呼ばわりしているだけでも相当サムいのだけれど、プロのアスリートを目指している私にとってチコはなくてはならない存在なのだ。


「ありがと。いただきます」


 山盛りご飯に、納豆、卵焼き、サラダ。それとチコの作る味噌汁も欠かせない。出汁の取り方ひとつから、彼女は長い時間をかけて私の味覚に合うよう調理法を改良し続けてくれているのだ。こういう凝り性な部分が彼女の良いところである。


【私も、アスナがいつもストイックに頑張ってるところがすごく好きだよぉ。いつも応援してるからね】

「心を読むのはやめてくれないかなぁ」

【ごめんごめん。怒らないでぇ】


 コミカルな土下座を披露したチコは、私の話し相手をしながらクローゼットを操作して、ユニフォームを取り出す。

 一人暮らしの貧乏女子高生にとって、クローゼットまでASBネットワークに繋げるのは少々値が張る設備投資なんだけれど、つい勢いで導入してみたら手放せなくなってしまった。だって楽なんだもん。


 胃袋が満たされていくと、思考は徐々に今日の大会のことに移っていく。テニスを始めたのは小学生の頃で、当初はプロになろうだなんて考えてもいなかった。でも、仮想空間でチコと練習を重ねていたら国内大会の小学生部門でうっかり優勝してしまって、そこで私のやる気に火がついたのだ。


「今回の大会で良い成績を残せれば……」

【スポンサーが付くんだよね。晴れてプロ入り?】

「だね。とはいえ、油断大敵だけど」


 普通の就職は、正直微妙だと思っている。


 別に仕事をしなくても、食うのに困らない程度の電子クレジットは国から毎日配布される。でもさぁ、それを受け取って惰性で生きていくのなんてつまらないと思うんだ。一度きりの人生、出来れば好きなことをして生きていきたい。


 大半の仕事はAIで事足りるのだから、プロのアスリートというのは人類に残された数少ない特別な仕事なのである。


「テニス一本で食べていきたいなぁ」

【アスナなら大丈夫だよぅ。頑張ってね!】

「ん。ダメだったら慰めてね?」

【もぅ。またそんなこと言ってぇ】


 こんな風にして、現実世界で触れ合えない私たちは、それでも掛け替えのない親友として平和な毎日を過ごしている。


  ●  ○  ●  ○  ●


 スポーツの大会はだいたい、体の一部を義肢に改造している義体部門と、生身で競技を行う人間部門に分かれている。

 もちろん世間的には義体部門の方が人気が高くて、人間部門は玄人向けのちょっと地味な扱いをされている。私は人間部門である。


 さすがに、あの手この手でとんでもギミックを仕込んでくる義体部門の選手には、エンターテイメント的な意味で負けてしまうのは仕方ないとは思う。けど、肉体改造はなぁ。


――球庭(たまにわ)アスナ選手。


 私の名前が呼ばれると、会場からは歓声が聞こえてくる。いくつかの大会で優勝経験のあるためか、一応アマチュアの中ではそこそこ名前が知れているみたいだ。少ないながらファンもいるらしい。ありがたいことだ。


 ラケットを掴み、ピンと張られたガットに指をかけながら、ふぅと息を吐き出した。


「少し心が浮ついているみたいだ。チコ」

【うん……思い出して。アスナは挑戦者。ダメでもともと。相手の胸を借りるつもりで、思いっきりぶちかましちゃえ】

「うん。よし。頑張ろう」


 緊張感があるのは決して悪いことではない。

 ダメなのは、それで闘争心を萎えさせることだ。


 シングルスの試合とは、つまりタイマンでの喰い合い。

 勝利を得るため重要なのは心技体……相手を焼き焦がすほどの闘争心と、これまで長い時間をかけて磨き上げてきた技、それを十全に発揮する体……それらを全て一つの方向にまとめ上げ、一匹の獣になって暴れまわることだ。


 テニスコートの対面にいる獲物は……私とは逆に、冷徹な精密機械のようにラケットを振るう女である。どちらが良い悪いではないが、これまでの戦績は五分。総合して見れば、ムラっけのある私より彼女の方が好成績であるが。


 悪いけど、今日は私の牙で噛みちぎらせてもらうよ。


 そんな風にして始まった運命の決勝戦は熾烈を極めた。序盤は勢いのある私が優勢だったのだが、冷静にデータを収集していた彼女は中盤から力強い粘りを見せ始める。やがて私のちょっとしたウィークポイントを見つけると、針の穴を通すようなコントロールでそこばかり狙ってくるようになった。毎度のことながら、小憎らしい戦い方をする女である。


 しかし、一進一退の激戦を制したのは私であった。

 正直ここまでの接戦だと、勝てたのは運でしかないが。


『――優勝は、球庭アスナ選手!』


 会場にアナウンスが響き渡ると、観客がドッと湧く。

 試合相手の彼女は悔しそうな表情で目の端に涙を浮かべたが、少し時間を置いて、パチパチと拍手を送ってくれた。うん。君のそういうところが大好きだよ。またやろうね。


【おめでとう! アスナ、おめでとう!】

「ありがと、チコ。また後でゆっくり話そう」

【うん! 今日はごちそうを作るね!】


 チコの弾んだ声に、私もじわじわと嬉しさが込み上げる。

 今回突かれた弱点は次回までに克服しないといけないけれど、そういう小難しいことをこねくり回すのは後回しだ。毎日の走り込みや練習、チコの作る完璧な食事、仮想空間での試合経験。そういったものが全て積み重なった結果、勝利を掴むことができたのだ。今は素直に喜ぼう。


 さてと……あとは、ちょっとばかり憂鬱な仕事をしないと。


『――それではこれより、優勝者とテニスロボットのエキシビションマッチを始めます。勝負は1セット。球庭選手はどこまで食らいつけるでしょうか』


 いつから始まった習慣なのか定かではないが、優勝者は大会の最後に必ずテニスロボットと一戦する必要がある。


 これが一昔前だったら、人型ロボット(ヒューマノイド)にラケットを持たせて試合をするだけだった。だけどそこから改良を重ねたテニス専用のロボットは、多脚とタイヤで縦横無尽にコートを動き回り、上半身をギュンと回転させて精密な剛速球を打ち出して来るのだ。


 うん、これは無理。


 当然、人間部門で世界ランキング上位のトッププロでもボロ雑巾にされるのに、プロ志望の女子高生でしかない私が挑むのは無茶もいいとこだ。

 あのね、心技体とかそういうレベルじゃないんだよ。観客も別に私が勝つことなんて欠片も期待していない。むしろあんなに強かった優勝者が、どんな風に負けるのかを楽しみにしている節があるくらいだ。


 何のスポーツでもそうだけど、アスリートが勝利を手にするためには日々の努力が欠かせない。もちろんそれ自体を楽しむのも才能だと思うけれど……こんな反則のようなロボットと戦っていると、ちょっと虚しくなってしまうのも事実である。努力の価値が行方不明になりそうだ。

 ちなみに義体部門のアスリートであれば、物理的な肉体改造によってこういうロボットとも派手に渡り合ったりする。エンタメ的には盛り上がるが……ただね、そういうのは私のやりたいテニスじゃないんだよなぁ。


 ほらね、こんなサーブ打ち返せるか馬鹿。


 かと言って、球を追いかけないのはそれはそれでブーイングが来るので、優勝者は毎回心を削りながら道化のように戦うのである。

 ちなみに、これは何のスポーツでもそう。サッカーや野球のようなチームスポーツはまだ戦いようがあるけど、それでも勝利は絶望的だ。個人競技に至っては絶対無理。ボクシングロボットなんてただの拷問器具だし、マラソンロボットなんてただの車である。あの人たち、よく頑張れるなぁ。


  ●  ○  ●  ○  ●


 大会の全日程が終了し、私は足取りも軽く街をズンズン歩いていた。エキシビションの結果? そんなもの改まって語るまでもないだろう。


(ちょっと寄りたいところがあるんだよね)

【何? 何か買いに行くの?】

(新しいテニスシューズをね。オーダーメイドの高級靴屋があるんだけど、プロになるならやっぱり拘りたいし)


 今どき、生身のプロアスリートというのは珍しい存在だ。

 プロというのはつまり、それでお金を稼ぐ必要があるわけで。エンターテイメントとしては義体アスリートの方が絵になるのは確かだし、スポーツ選手の特徴とはつまり、どんな面白ギミックを仕込んでいるかみたいな部分は否めない。それでも。


『義体ギミックなんてスポーツじゃねえ!』


 そう叫ぶ人の気持ちも分かるのだ。だから私は、あえて生身のままプロになろうと思っている。スポンサーもそんな私を応援してくれる企業を選んで話を進めた。


 もちろん、義体の存在自体を否定するわけじゃない。近頃の義体はASBと接続され、AIアシスタントのサポートがあれば生身と変わらない使い心地を得られるらしい。普通に生活する分には非常に有用だし、身体的な不自由を抱えた人には便利な世の中になったなぁと思っている。

 ただ、無傷の体を無理やり改造してまで人気取りに奔走する人のことを好意的に見るのは……私にはちょっと難しいかな。


――そんな風に、分不相応にも偉そうなことを考えていたから、罰が下ったのだろうか。


 プツンと記憶が途切れて、次に気がついた時には、私は病院のベッドの上にいた。


【アスナ!】

「あ、あれ……私は一体」

【アスナ! 良かったよぉ、生きてて……】


 薬品の匂いがプンと鼻をつく。胃の中が空っぽな感覚はあるのに、いつものような飢餓感を覚えないのは、点滴で栄養を補給しているからだろうか。


 一体何が起きたのか。

 わけもわからず混乱していると。


【実は……街を歩いてる時に配送ドローンが落下してきて】

「は? いや、そんなレアな事故……」

【でも本当なの。ドローンは基本的に、人が下敷きになる確率の低いルートを飛行しているんだけど……でもその確率はゼロじゃなくて。故障したドローンが、今回は運悪く】


 そんなことがあるのか。

 私はまだ混乱した頭のまま、自分の右腕をギシリと動かす。


「……なぁ、チコ」

【アスナ……】

「私の右腕は、どうした」


 私の視線の先では。

 二の腕から先がバッサリと切られ、丁寧に接続された玩具のような義腕が、私の戸惑いを反映するように軋みを上げながら宙を掴もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ