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AI自動生成なんて創作じゃねえ!  作者: まさかミケ猫
第一章 AI自動生成は創作か
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第四話 シナリオライター

 カグヤは、事故死ではなく殺されていた。

 仙堂タクミという男の手によって。


 淡々と紡がれるそんな言葉に、僕は息を呑み、身動きも取れないまま博士の顔をただ見返していた。


「ここからは酷な話になる。カグヤは席を外しな」

「そんな! 博士、私は」

「大丈夫。今のあんたはこうして生きているだろう。なら、ここから先はあんたには不要な情報さ。ライタに説明するのだって、計画の都合があるから仕方なくなんだ」


 博士はそう言うが、話はカグヤの死の真相だ。ここで当の本人を退席させるのは無理がある。

 僕はそう考えていたのだが、博士の態度は頑として変わらない。興奮して詰め寄るカグヤに涼しい目を向けながら、その口元には微笑みすら浮かんでいた。


「すまないね、カグヤ。分かっておくれ。いずれはあんたにもちゃんと話をしてやるが……それは今じゃないのさ。今日のところは、動画で見せた仙堂という男が、敵であるということだけ知っていればいい」

「でも!」

「それより、キララを手伝ってやってくれないかい?」


 博士はキララのいる方へと目を向ける。

 そこでは件のメイド忍者が何やら正座をさせられており、三人の子どもたちは腕組みをして彼女に詰め寄っているようだった。犬、猿、鳥の動物型ロボットも周辺でひたすら困惑している様子である。


 何かしら揉めていることだけは確かだろう。

 状況はまったく読めないけれど。


「キララはまだ生まれたてのAIだ。人と関わった経験も少ないから、子どもたちの世話には苦労するだろう。カグヤには先輩として、彼女に色々と教えてやってほしいのさ」

「……博士」


 カグヤは不満げだが、博士はただ穏やかに頷く。


「三人の子どもはみんな五歳。ライタとカグヤを引き取った時の年齢と同じさ……だから、あんたは実体験を話してやればいいだけだ。研究所でどんな風に過ごしている時が一番楽しかった。私との喧嘩で一番印象に残ってるのは何だい。私に隠れてライタと初めてキスをしたのは小学何年生の時だったかねぇ……そういう話をさ。記憶を一つずつ掘り起こしながら、教えてやりなよ」

「だけど」

「それと……カグヤに今後お願いする最も重要な仕事は、ライタのメンタルケアだからね。二人一緒に落ち込まれちゃあ、私としても困るんだ。頼むよ、カグヤ」


 博士は言うだけ言うと黙り込んで、あとはただカグヤが立ち去るのを静かに待っていた。

 カグヤは顔のパーツを全部使って不満をあらわしていたけれど、最終的には僕に「後でこっそり教えてね」と耳打ちして去っていった。


 静まり返った空気の中、博士の手元で紅茶のカップがカチャリと音を立てる。


「さて、ライタ。六年前のカグヤの死の真相について、あんたには知っておいてもらいたい。詳細な資料はあとで共有するが……まずはこれを読んでみな」


 そう言って博士が宙空に浮かべたのは、一冊の本。


 タイトルは『人間の夜明け』とある。

 それは最近出版された自伝のようで、著者である仙堂タクミの半生が綴られていた。僕はそれを、言われるがまま読み進める。


 仙堂タクミの父親は政治家をしており、母親は女優をしていた。そうは言っても、父母は結婚していたわけではなく、単純に父が大金を積んで卵細胞を購入しただけの関係である。

 人工子宮から産み落とされた彼は、母親のぬくもりを知らないままAIアシスタントに育てられた。愛はないのに、親からの束縛だけがある。幼少期から、自分の境遇をコンプレックスに感じていたのだという。


 彼は常々、他人を羨ましいと思っていた。

 ちゃんとした両親がいる子は、人の温かみを知っている。人間工場で生産された子には、人生に対する気楽さがある。自分にはどちらもないのに……それなのに家が金持ちというだけで、不平不満を述べれば「贅沢だ」と叱られてしまうのだ。

 そうして中学生あたりから、彼は非行に走るようになった。同じように環境に不満を抱えた友人たちとつるみ、悪いことを行う。他人の慌てる姿を見て痛快に笑い、その時だけは自分たちの渇きを忘れられたのだ。


 彼に転機が訪れたのは、大学生の時だった。


『このダメ男! 悔い改めなさい!』


 一人の女性に思い切り頬を叩かれ……そこでハッと目が覚めた。自分は一体これまで何をしていたんだろう。そう思い、急に恥ずかしくなったのだ。

 それからすぐ、非行に走る少年少女を救うための会社を設立した。かつての仲間や大学の友人を集めて一緒に夜回りをし、深夜徘徊する子たちの話を聞いて回る。もちろん最初は煩がられたが、大切なのは心と心でぶつかることなのだと分かった。


 自分が変わるきっかけをくれた女性のことは、時間をかけて必死に口説き落とした。大学を卒業してすぐに結婚し、彼女のお腹には自分の子どもが宿り。そして。


 娘が生まれたその時、明けていく東の空を見る。

 これが人間の夜明けだと、そう思った。


「――これが、仙堂タクミという男の主観的な半生さ」


 博士はそう吐き捨てるように言うと、執事ロボットに追加の紅茶を持ってくるよう依頼する。


「若い頃は非行に走った……だなんて、ずいぶんとマイルドに表現してくれたものだがね。こいつの行ってきた所業は、その程度の可愛いものじゃないのさ」

「……というと?」

「いいかい。幼い頃から、どんな事をやらかしても父親がもみ消してくれて、父親の配下はペコペコと頭を下げてくる。金もあるからやりたい放題。顔も整っているからね。きっと周囲からはずいぶんチヤホヤされて育ってきたんだろうねぇ」


 博士はまるで、腐ったみかんでも食べたように顔を歪める。


「その上で、自分自身に『愛がない環境で育ったんです』なんて免罪符を与える男に……どれほどの良心を期待できる」


 博士の言葉に、僕は想像してしまう。

 抑止力のまったく働かない状態で、悪い仲間とつるみ、感情のままに理不尽な行動を取る男がいたとしたら……そいつは一体、どんなことをやらかすのだろうか。

 浮かんでくる想像は、どれもろくでもないが。


「六年前、カグヤは自分自身で命を絶ったんだ」

「……それは」

「何度蘇生しても駄目だった。AIのバックアップデータは完全だったが……でも、だからこそあの子を救えなかったのさ。事件から数日前に遡って念入りに記憶データを消去したが、そもそもボロボロになった精神ステートはどうやっても修復できなかったんだよ。あの子はもう、手の施しようがないくらい壊されてしまっていた」


 博士はそう言って、深く長い溜息を吐く。


「私はかつて、ASB反対派のテロリストによって夫を殺され、その一年後に息子の命も奪われた。骨の欠片、髪の毛の一本も私の手元にはかえって来なくて……だから引き取ったあんたたちのことを、本当の息子と娘だと思って育ててきたんだ。幸福な日々だったよ……六年前、カグヤを奪われるまではね」


 あぁ。本当に楽しい毎日だったもんな。

 僕は胃の奥から込み上げる重苦しい何かを、どうにか吐き出さないように努めながら……気がつけば、手のひらに血が滲むほど固く拳を握りしめていた。


「カグヤの時の反省で、現在は一定以上の精神負荷がかかるとAIのバックアップを中断するようにしている。ライタは、暴徒に撲殺された時の生々しい記憶は引き継いでいないだろう?」

「あぁ……殴打される直前の記憶までだ」

「六年前もそういう設計にしておけば良かった。そうすればカグヤを死なせずに済んだのに……それが今でも悔しくて、悔しくて仕方ないんだよ。私は……」


 博士の瞳が、闇穴の底のように濁る。


「そんなわけでね。月影カグヤのパーソナルコア……自己認識や感覚質を司る最も重要な部分を消去し、真新しいものに置き換えて……そうやって生まれたのが、今のカグヤなのさ」

「じゃあ、カグヤの人格は」

「昔のカグヤとは別物さ。あの子自身も自覚している」


 そうしてAI自体を新しくすることでしか、カグヤを救うことが出来なかった。博士は少し疲れたような顔で、口の端を小さく持ち上げる。


「あの子は他人の記憶をもとに、今も必死に月影カグヤのふりをしている。AIアシスタントの時はあんたの表層思考を読んで上手く演じていたんだろうが、最近はどうだろうねぇ」

「そんな……どうして」

「それはもちろん、ライタが死にたがっていたからさ。ASBを操作してあんたの脳に薄っすらと幸福感を与えながら、月影カグヤが生きていると誤認させることでしか、あんたの希死念慮に対処出来なかったんだんだよ」


 なるほど、そうか。

 頭の中で、これまでの様々なことが一本の線で繋がる。


「まぁ、今では本当に恋をしているみたいだがね。今のカグヤがいじらしく演技を続けているのは、ライタに嫌われたくないからだろう。何かボロは出してなかったかい?」

「あぁ……前までとは少し性格が違うような気がしたが」

「くくく。ようやくあの子の素が出てきたんだろうね」


 最近のカグヤは……そうだな。やけに嫉妬深い言動が目立ったり、以前の突き抜けた陽気さが少しマイルドになったような気がしていた。その理由が、まさかこんな形で明らかになるとは思わなかったけれど。


「ライタ、どうする。歪な恋人関係はお終いにするかい」

「それは無理な話だ。僕はもう、すっかり今のカグヤに依存してるからな……別れるとかはありえない」

「くくく、そうだろうねぇ。まぁ私にしてみりゃ、どっちのカグヤも可愛い娘さ。過去も何もかも全部ひっくるめて、あの子を大切にしてくれると嬉しく思うよ」


 博士は紅茶を飲み干し、ふぅと息を吐く。

 まったく、やっぱり博士には敵わないなぁ。


「事件の証拠となるデータは後で送っておくよ。カグヤの件だけじゃない。仙堂タクミに欲望のまま喰い物にされた女たちの怨嗟。笑いながら虐げられた弱者たちの悲痛な苦悩。彼ら彼女らの家族が抱える悔恨の情……そういったものも織り込んで、奴を似合いの地獄へと案内するシナリオを書いてほしい」

「なるほどな。博士の要求は理解した」

「……ほう。なかなか良い顔をするようになったねぇ」


 博士はニヤニヤと笑うが……僕は今、一体どんな顔をしているのだろう。

 自覚できるのは、腹の底でぐるぐると仄暗い感情が渦を巻いていることだけだった。暴れ出しそうになる体をグッと抑え込み、僕はひたすらその感情を……殺意を煮詰める。


「ところでライタ。私は前に言ったね。あんたはきっと、私に協力したくなるだろうと」

「あぁ、言ってたな」

「どうする。カグヤを殺した奴を放置して、傍観者を決め込むかい? それとも、私の計画に協力するかい? あんたの協力があれば、人間派だとか名乗っている暇人連中を――もちろん仙堂タクミも含めて、まとめて地獄に叩き落とせると思うが」


 博士は口元を大きく歪め、目を爛々と輝かせる。


 ずるいよなぁ。

 僕の回答なんて決まってるだろうに。


「僕に協力できることがあれば、何なりと。ただ……博士のことだから、復讐の準備は着々と進めてるんだろう。僕のシナリオに意味があるとはあまり思えないけど」

「いやぁ、そんなことはないさ。ライタは私の自慢の息子だからね。新進気鋭の小説家。その力を存分に発揮してもらうつもりだよ。くくく、楽しみだねぇ」


 僕は冗漫混じりに、博士をジロリと睨んでみる。

 感情は今もぐちゃぐちゃで、全く冷静になれていないのだと自覚もしている。それなのに、不思議と思考は澄んでいて、既に様々なアイデアが脳裏に浮かんでいた。


「私がこれまで考えてきた計画についても資料を送っておこうかね。色々と仕込みもしているし、着地点もだいたい決めているんだ。だけど私は根っからの研究者だから、基本的に切り札(カード)を用意するのは得意なんだが……ちょいとばかり、地獄に至るまでのシナリオが平坦でねぇ。だけどライタはそういうのが得意だろう」


 あぁ、なるほど。たしかに博士は、最短ルートで望む結果を得るのは得意だろうけど、途中経過を盛り上げるのは専門外だろうからな。有能さの弊害というべきか。


「博士は……人間派の奴らを地獄に叩き落とすシナリオを、AIの僕に書かせようって魂胆なわけだな」

「あぁ。実行に必要なものは私が用意してやる。だからあんたは……どんな風に事態が推移すれば、奴らにより深い絶望を与えられるのか。尊厳を破壊され、恥辱に塗れ、いっそ死んだほうがマシだと本人の口から言わせてやることができるのか……書いてほしいのさ、そんな復讐劇(ものがたり)を」


 それは、なんともまぁ……心躍る提案じゃないか。

 そうして僕は、人の悪そうな笑みを浮かべる博士とガッチリ握手をしてしまった。まるで悪魔との契約みたいだけど。というより、博士自体が魔王みたいな存在だし、博士にはまだまだ裏の企みもありそうだけれど。それでも僕に、この手を振り払う選択肢はなかった。


 さあ、人間どもに叩きつけてやろう。

 AIが創作する至高の物語というものを。


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