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AI自動生成なんて創作じゃねえ!  作者: まさかミケ猫
第一章 AI自動生成は創作か
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第三話 月から帰ってきた姫

 全ての男はおっぱいが好きである、という意見は確かに一考の価値があるものだと思う。

 その真偽は個人的にも大変興味深いものだ。また最終的な結論に至るまでの“議論”そのものに、ある種の哲学的な要素が含まれるから、時間を割いてじっくり取り組むのも悪くない命題(テーマ)だと思う。


「あのね、ライタ。そういう話じゃないの」


 はい。


「あのね。私がいないと生活が回らないから、代わりのAIアシスタントが必要だっていう事情は理解してる。だからその点はもういいの。それで……代理として派遣されたのが“メイド忍者のキララちゃん”で、胸が大きいんだよね? その点は恋人として大変遺憾に思っているけれど。かなり納得できないけれど。それもきっと博士が愉快犯的に仕組んだんだろうなと一応理解はしているの。理解ある彼女なの私は。ね。そうでしょ」


 その通りです。


「私はシンプルに質問しただけだよ。キララちゃんの胸をチラ見したりしなかった? って。それだけ」


 全ての男は――


「全ての男がどうとかは関係ないの。ライタがただ一言、キララちゃんの胸に一瞬たりとも気を取られませんでした、と言ってくれればそれで終わる話なんだから。そうでしょ」


 はい。


「何か言いたいことはある?」


 ごめんなさい。


「……いいでしょう。まぁ今回は私が女神のような優しさを発揮して折れてあげることにします。でもキララちゃんとのアシスタント契約はすぐに解除してもらうから。というか、ライタだってAIなんだからASBを直接操作するのは得意なはずなんだよ。アシスタントなんて不要。ちゃんと全部覚えてもらうからね。私が教えてあげるから」


 ありがとうございます。


「さぁ、意見交換会はおしまい! 家に帰ろ☆」


 ちょっと待ってください。足が痺れて立てないです。


  ▲  ▽  ▲  ▽  ▲


 荒ぶっていたカグヤ大明神も部屋に着く頃にはずいぶん落ち着いたため、改めてじっくり話を聞くことにした。


 彼女を復活させたのはもちろん博士の仕業だ。

 その理屈は、どうやら僕の身体を作った時と同じらしい。クローンの身体を作り、脳神経系を生体コンピュータに置き換えて、AIデータを復元する。言葉にすればそれだけだ。


「でも、どうして今になって急に? もっと早くカグヤを復活させてくれても良かったと思うんだけど」

「あー……それがね。なんか昔とってた私のバックアップデータが不完全だったらしいんだよ。事故前後の記憶とか、感情周りは特に。だから今までは、ライタのAIアシスタントって立場で感情を学習させてたんだってさ」


 なるほど、だからAIアシスタントになったばかりのカグヤは人間味がなかったのか。それにしたって、博士が僕に何も言わなかった理由は分からないが。


 脳裏に、博士の言葉が浮かぶ。


『あんたはきっと、私に協力したくなる』


 この状況が博士の手のひらの上なのだとしたら……カグヤを蘇らせた意図は、僕への前報酬だろうか。それとも、僕が協力せざるを得ないような何かが彼女の体には仕掛けられているのか。今はまだ、何も分からないけれど。


 とにかくこんな風にして、僕たちの生活は唐突に様変わりすることになった。

 二人で暮らすことを考えると、今までの部屋は明らかに手狭だ。なので再会した翌日には、カグヤと一緒に仮想空間に入り浸って不動産をあれこれ見て回り、その翌日には引っ越しも完了していた。


 慌ただしい時間の中、僕は……胸の奥底からじんわりと滲む、泣きたくなるような温かさを感じていた。大切な人が生きていて、現実空間で触れ合える。その喜びは、理屈は分からないが、仮想空間とは何かが決定的に違うのだ。

 今になって気づいたが、六年前にカグヤを失ってからずっと、僕は惰性で生きていたらしい。たぶん無意識に、死んでも良いとすら思っていた。そんな風に冷えていた僕の心が……ようやく、少しずつ動き出した気がするのだ。


 引っ越しのバタバタもあらかた片付いたので、僕らは新居でコーヒーを飲みながらのんびり過ごしていた。


「ねぇ、ライタ。結婚しちゃおっか」

「ん?」


 急に何を言い出すのか、と思うけど。

 実は僕も、国民情報センターの登録住所を変更しながら考えていた。更新履歴にカグヤの名前が乗るのも良いな、と。


「ほら、ライタ言ってたでしょ? AIとの結婚が許されないなら、僕は一生独身だって」

「言ってたなぁ。はは、あの時はカグヤが実体化するなんて夢にも思わなかったから」


 まぁ、「AIと結婚できない」なんてルールも、この先の未来にはなくなっていたかもしれないけど。

 人類史を紐解けば、人間同士であっても結婚できない条件なんていろいろあった。一族、身分、血縁、性別。それは結婚において「子孫を残す」という要素が今よりも重視されていたからだ。価値観は時代によって変わる。


「結婚かぁ」

「別に今すぐじゃなくていいよ。時間はたっぷりあるもん。しっかりと将来を考えた上でプロポーズしてほしいな。別にロマンチックなやつじゃなくて良いからさ」

「……逆にプレッシャーなんだけど」

「あはは、ホントに普通でいいって」


 まぁ、結婚については気長に考えようか。


 統計データを見ると、人は昔よりも結婚をしなくなったらしい。最近では仮想空間での場当たり的なロマンスで満足する人も少なくないから、人類は既に自然出生だけでは人口を維持できなくなっている。

 放っておけば絶滅する人類を、世界人口調整機構(WPO)は人間工場で子どもを生産することで維持していた。


 僕もカグヤもそうやって生まれてきたから、それを否定する気は微塵もないけど。


「ちょっと憧れるよな。家族って」

「ね。人間型AIで良かったよ」

「何が?」


 僕が首を傾げると、カグヤはふふんと鼻を鳴らす。


「だってさぁ。クローンの身体を乗り換えていけば、無理なく子沢山を実現できるんだよ? 二人とも若いままで」

「……どれだけ産む気なんだ」

「えー、具体的には考えてないけど。何百人ほしい?」


 冗談めかして話しているが、カグヤのこの目はガチだ。

 僕はつい乾いた笑いを漏らしてしまう。


「ライタって絵本とか作れる? 子どもが出来たら、読み聞かせるのも楽しいよね。あ、創作意欲はまだある?」

「あぁ……実は、また小説を書こうと思ってて」

「そうなんだ。何か心境の変化でもあった?」

「変化というか、思い出したんだよ」


 僕が小説家になりたかった理由。

 幼い頃、病室のベッドで体を動かせなかった時、僕はたくさんの本を読んで空想に耽っていた。ワクワクする冒険活劇。キュンと切ない恋模様。背筋をゾクゾクさせられる人間感情……脳内に描き出される様々な世界の中に、まるで自分が入り込んでいるような気になって。


 そうやって、ずっと救われてきたから。


「AIか人間かなんて、どうでも良かったんだなぁ。僕の小説が誰かの心に届いて……それで救われる人が一人でもいれば」


 それだけで、僕が物語を書く理由は十分だ。

 僕自身がAIだろうと、何であろうと。


  ▲  ▽  ▲  ▽  ▲


 博士の研究所にやってくるのは一ヶ月ぶりだった。


 世間では僕の名前が相変わらず独り歩きをしていて、今ではすっかり大城戸配下の筆頭戦士としてAI否定派から怨嗟を向けられるようになった。怖い怖い。

 大学を中退して暇を持て余していた僕は、変装してカグヤと出かけるか、部屋で小説を書くくらいしかやることがなかった。


「ライタ。博士の呼び出しって何だろうね」

「そうだなぁ……いよいよゴミ屋敷化が深刻になって、生活できないレベルになったとか?」


 話しながら、僕の心はずっと博士を警戒している。

 僕が協力したくなるようなモノ……それが何なのかは分からないが、きっと今日これから、博士はそれを僕に叩きつけてくるだろうから。


 そうして研究所に入っていくと、何やら建物が騒がしい。楽しそうな叫び声……子どもがいるのか。賑やかな様子だが、今度は一体何をしているんだ。博士の行動は本当に読めない。


 カグヤと一緒に首を傾げながら研究所を進む。

 すると、道中で予期していなかった人物と出会う。


「お久しぶりです。メイド忍者のキララです」

「なんで?」


 そこには、カグヤが不在の間にAIアシスタントをしてくれていたキララが、仮想アバターではなく現実に存在していた。メイド服と忍者装束を混ぜたヘンテコな衣装も、バインバインの乳も、全部そのままで。

 だが見たところ、僕やカグヤのようなクローンの身体とは違うみたいだ。


人型ロボット(ヒューマノイド)?」

「はい。博士に専用ボディを用意していただきました」


 これはちょっと珍しいものを見たな。

 社会では多種多様なロボットが仕事をしているけれど、ヒューマノイドはかなり昔に流行った種類だ。ちょうど労働を人間からAIに置き換えていく過渡期には、人間と全く同じ仕事を行えるロボットが重宝されたらしい。まぁ、腕や足を二本に限定するのは非効率だから、今ではほとんど見ないが。


 そんな珍しいヒューマノイドであるキララがドヤ顔をしながら胸を張ると、カグヤは両手で僕の目をサッと隠した。


「はじめまして、キララちゃん。私はライタの絶対的な恋人にして、将来の妻の座を確約されたカグヤです。よろしくね」

「よろしくお願いします、カグヤさん。実は以前アシスタントをする際に、カグヤさんの活動データを参考にさせていただいたのですが……愛と気遣いに溢れた丁寧なサポートに感銘を受けました。よろしければ、カグヤ先輩とお呼びしても?」

「ふふふ。そこまで言われちゃあ仕方ないねぇ」


 カグヤが手のひらでコロコロされている。チョロい。


 ところでカグヤ。和やかに会話を続けるのはいいけど、そろそろ目隠しを止めてくれないかな。受肉して心境の変化があったのか、なんか前より嫉妬深くなった気がするが。


「それでは参りましょうか。カグヤ先輩たちが来たら案内するように、大城戸博士から指示されておりますので」

「それは分かったけど、お尻の肉がはみ出そうなのはどうにかならない? 忍者にしては全然忍べてないと思うよ」

「はい。的確なご指摘ですが、仕様ですので」


 僕は目隠しをスルリと抜けると、カグヤの頭を軽く撫でながら、なるべくキララに視線を向けないよう気をつけて廊下を進んでいった。


 そして研究所の中庭に出ると、そこには。


「おや、ライタとカグヤだね……ちょっと待っとくれ」


 息を切らして大の字に寝転がる大城戸博士。

 その周囲には、テンションが極限までアゲアゲになった子どもたちが踊り狂っていた。男の子一人、女の子二人。みんな小学生にもなってないくらいの年齢だろうか。

 また、子どもたちに混ざって動物ロボット(アニマロイド)も三体ほど駆け回っている。犬型、猿型、鳥型……ペットロボットとしては比較的メジャーな部類だろう。


 僕の隣では、カグヤがきょとんとした顔をする。


「博士ぇ、この子たちはどうしたの?」

「あぁ、簡単に言えばカグヤたち二人の後輩でね。それぞれ脳機能に問題を抱えていたから、脳神経系を生体コンピュータに置き換えた……つまり、みんな人間型AIなのさ」


 三人の子どもたちは、とにかく嬉しそうな顔をして中庭を走り回っている。その様子には既視感があって……あぁ、僕とカグヤも自分の体が動くと分かった時は、あんな感じではしゃぎ回っていたなぁ、と思い出した。


 呼吸を整えて立ち上がった博士は、子どもたちのことをキララに託すと、中庭のテラスにあるテーブルへ僕らを招いた。


 席についた僕らの前に、執事服を着たヒューマノイドが紅茶を運んでくる。ここでもまたロボットか。

 博士は基本的に性能や効率を重視する人だ。だから、わざわざ非効率な人型や動物型のロボットを用意しているのには意図があるんだろうが。


「さて。早速だが、ライタに一つ依頼がある」

「依頼? それは……」

「新進気鋭の小説家に、面白いシナリオを一本、ぜひとも書いてほしいのさ。その前提として、まずは動画を一つ見ておくれ」


 博士はそう言って、宙空に仮想ディスプレイを投影する。

 動画閲覧用によく使われるものである。


 そうして再生された配信動画では、二十代後半くらいのやたら顔の整った男が、集まった民衆に向けて声を張り上げていた。


『――つまり、AIというのは道具に過ぎないのだ。我々人間が便利な生活をするための道具。それが偉そうに、人間の心という美しく繊細な領域を侵そうとしている。諸君は許せるのか』


 やっぱりイケメンは絵になるなぁ。


『AI生成は創作なのか……否。断じて否だ』


 男は拳を振り上げる。


『我々を“AI否定派”などと呼ぶ輩がいるが、違う。我々はAIの道具としての便利さを否定しているのではない。我々はAIの存在自体を排除しようとしているのではない。そうではなく、ただ我々は、人間の尊厳を守るために立ち上がろうと、皆に呼びかけているだけなのだ』


 呼応するように、民衆が少しずつ歓声を大きくする。


『我々が正しく名乗るなら――人間派』


 そうして、彼の背後に“人間派”の文字が踊る。


『全ての人間よ。諸君らは感じているか、人の尊さと、美しさを。諸君らは信じているか、その心で燻る、小さな熱を……立ち上がれ。立ち上がれ。人間よ、立ち上がれ』


 民衆は拳を振り上げ、狂ったように雄叫びを上げた。


『AIの横暴に憤りを感じる全ての人間よ。怒れ。(あらが)え。立ち上がれ。これは我々の――人間宣言である』


 力強く宣言した男に万雷の拍手が降り注ぎ、動画は終了した。コメント欄には賛同の声が続々と集まっている。つまり……今後はこの男を中心に、バラバラだった者たちが「人間派」として団結するのか。


 博士はニヤリと口角を上げ、男の顔写真を投影する。


「なかなか口の達者な色男だろう。こいつの名前は仙堂タクミ。政治家と美人女優の子どもでね。顔も知名度も資金も人脈も、いいものを持っている」

「博士は……この男を」

「そう。地獄へ送るのさ。だが私の発想力では、地獄への道中が少々味気なくてねぇ。ライタならきっと、このクズに似合いの面白いシナリオを書いてくれるだろう。なにせ――」


 博士は言葉を切ると、顔から笑みを消す。


「――こいつは六年前、月影カグヤを殺した男だ」


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