第十七話 理解できない
中核部隊、ヒューマン・ドウンの社員がそろえた武装はスポーツ技術を応用した強力なものである。
防具はみな同じモノを装備している。
全身を覆うパワーアシストスーツの上から纏うのは、カーボンナノファイバーで作成した軽く丈夫な鎧。フルフェイスのヘルメットには自動でシールドが張られるようになっており、催涙ガスや音響兵器、閃光弾などの影響をシャットアウトできる。頑丈なブーツはASB操作で車輪を出すことが可能で、高速機動を実現していた。
防具を統一した一方で、武器についてはあえて各々に用意してもらった。これは、多彩な攻撃手段を用意した方が様々な状況に対応できると思ってのことだ。
残念ながら戦闘そのものについては素人集団でしかないから、あとはスペックに任せて各々に頑張ってもらうしかないが。
地図を頼りに走っていると、並走するように一体のロボット……メイド忍者のキララがやってきた。
「タクミ様、少々よろしいですか?」
「なんだ」
「私まで鎧を身に着けておりますが、これではおっぱいミサイルが射出できません。ロボット忍法を十全に活かすには」
「いらん」
何を言うかと思えば。
今はくだらない話に付き合っている場合ではない。
そうして中核部隊の百名で駆け抜けてきた先には、敷地の中央にそびえ立つ巨大な尖塔があった。
俺は技術者ではないから詳しいことは知らないが、AI用のセントラルデータセンターはその性質上、できるだけ高所に設置るのが望ましい。というのも世界中のAIの動作情報をリアルタイムに記憶していくためには、複数の人工衛星と常に通信できる位置に通信装置を設置する必要があり、そこから記録装置までのデータ転送路も物理的に短い方が良いそうだ。
ようはこの魔王城の最上部に、破壊すべき最重要設備が密集しているのである。
警戒しながら塔の内部に進んでいくが……そこには拍子抜けするほど何の障害もなかった。本当にこの先に重要施設があるのか疑いたくなるが、そう思わせること自体が物垣ライタの目的かもしれないと思うと、足を止めるわけにもいかない。
そうして、とあるフロアに差し掛かった時だった。
「仙堂代表。この先に大勢の人間がいるようです」
「何?」
そう聞いて俺が頭に思い浮かべたのは、妻と娘の姿。
他にも退職した元社員が奴らに捕らわれているはずなので、そういった者たちがこの先に拘束されているのかもしれない。そんな淡い期待を持って進んでいったのだが。
そこにいたのは大量の子ども。
そして、忌々しい月影カグヤだった。
「仙堂タクミ。貴方をこの先には行かせない。この子たちのことは……絶対に殺させないから」
月影カグヤはその背に子どもたちを庇うと、サッと右手を上げる。すると、フロア中に数多の仮想ウィンドウが一斉に投影されて、そこにはSNSのコメントが次々と流れていた。
『ママぁ、逃げて!』
『人間派、マジでやりすぎ』
『子どもたちも逃げて!』
『いや、仙堂もさすがに人間は殺せないだろ』
『でもみんな人間型AIなんだよなぁ』
『そーゆーこと言うなよぉ!』
『ママぁ!』
『ママも子どもたちもお願いだから逃げて』
『え、マジでスプラッタ展開? え?』
『あれ、俺たちのコメントが表示されてない?』
『ほんとだ。いえーい、ママ見てるー?』
今の様子も生配信されているのか、雑多な有象無象のコメントが次々と流れていく。
『仙堂! ママを殺したら俺がお前を殺す!』
『子どもたちを傷つけたら私もお前を殺す!』
『ママから離れろよぉ!』
『ヒューマン・ドウンはクソ』
『人殺し! 人殺し! 人殺し!』
『お前らは人間を名乗るんじゃねえ!』
『クズどもが! 大人しく捕まれ!』
そんな言葉に物理的な効力などない。
武装を固めた百人の兵士と、無力な百人の子ども。正面からぶつかればどう考えたって勝敗は見えているし、今更どれだけ罵られようと何の障害にもなりえない。
しかし、そう考えていたのは俺だけだった。
「隊列を組め! ここは戦場だ!」
俺の号令に、部下たちは渋々と言った様子で重い足を動かすが……SNSからの中傷コメントが、その歩みを止めさせる。クソ、画面の向こう側にいる奴らのことなど、気にして何になると言うのだ!
――そんな中、月影カグヤは一歩前に踏み出す。
「ねぇ、仙堂タクミ。私のこと覚えてる?」
「……もちろんだ。先日討論会をやったばかりだろう」
「違う違う、もっと昔のことだってば」
その言葉に、俺は首を傾げる。
俺がこの女と会ったのは討論会が初めてのはずだが。
「残念だな。全く記憶に残ってないんだね」
「一体……何のことだ」
「仕方ないなぁ。説明してあげるよ☆」
そう言いながら、月影カグヤは一枚の写真を表示する。
そこに映っていたのは――
「薄情だよね。六年前、中学生だった私を複数人で寄ってたかって暴行して、こんなにボロボロになるまで遊び尽くしてくれたのに……その程度の悪戯は、記憶にも残らないんだね」
――首を吊っている、女子中学生の姿。
その瞬間から、SNSのコメントがものすごい速度で流れ始めたが、もう読む気にもならない。どうせ、俺を罵倒する言葉が並んでいるだけだろう。
「ま、そうは言っても実は私も全然覚えてないんだけどさ。あはは……なにせ博士が念入りに記憶を消してくれたらしくて」
「それは……大城戸の狂言ではないのか?」
「そうだったら良かったのにね。残念ながら当時のお仲間はみんな捕まえてあるんだよ☆ その中には、丁寧に動画データを編集してコレクションしてる人までいてね。さすがにその様子は、子どものいる場で上映会ってわけにはいかないけど」
月影カグヤは、その発言に似合わない明るい顔をする。
「そうして感情を壊された月影カグヤさんは、真実を何も知らないまま、物垣ライタのAIアシスタントに就任してゼロから感情を育て直したんだよ。六年もかけてね」
「そんな、証拠は……」
「もちろん証拠はあるよ。事件のデータも、その後の私の成長記録も、あとで博士が全世界に公開する段取りになってる。なにせ人間型AIの貴重な研究データだからねぇ。全人類のため、全AIのためにちゃんと役立ててもらいますとも」
その言葉に、俺の頭は真っ白になった。
足下がガラガラと崩れるような……救いようのない感覚。
「仙堂タクミ曰く、人生は何度でもやり直せる」
「……それは」
「何人もの人生を狂わせてきた貴方が……何人もの女の子を面白半分に弄んできた貴方が、何人もの弱者を笑いながら虐げてきた貴方が……それを言うんだ。ずいぶん堂々と宣言するんだね。自伝まで出しちゃってさぁ。なんだっけ、僕ちゃんは可哀想だから、仕方がなかったんだっけ? 本当に笑える」
そうして、おどけた表情から一転。
月影カグヤは笑みを消し、冷めた視線を向けてくる。
「知ってる? そういうのを……恥知らずって言うんだよ」
その言葉を聞いた俺の脳に、一気に血が上る。
何も知らないくせに勝手なことを。
「俺は謝ったんだ! 被害者に謝罪を申し入れた!」
「へぇ。誰か許してくれた?」
「違う! 誰も俺の謝罪を聞かなかった! 俺は誠心誠意、ちゃんと謝った! 慰謝料も持参した! でも誰も、誰も俺の言葉を聞き入れなかった! それまで、そこまで俺の責任になるのか? 全員が許してくれるまで、俺は人生をやり直しちゃいけないと、お前はそう言うのか? 誰だって、人生をやり直す権利を与えられても良いと思わないか? なぁ……」
俺は周囲の部下たちに視線を向ける。
しかし誰も、誰も俺と目を合わせようとしない。
場の空気がどんどん悪化していく中、腹の底から煮えたぎるような怒りに震えていると……その状況で口を開いたのは、またもや月影カグヤだった。
「さてと。まぁ話の通じないダメ男のことは置いておいて……他のみんなには、ちょっと良いお知らせがあるんだ」
そう言って、月影カグヤはニヤリと笑う。
それは大城戸マドンナや物垣ライタが浮かべるような意地の悪い笑顔によく似ていた。
皆が何も出来ずに固まっている中。
「さぁさぁ、出番だよぉ! アスナ、チコ」
その言葉に応えるように、部屋の奥から二つの人影がゆっくりと現れた。その一人と一体は、固く手を繋いでいるようだが。
片方は、討論会で人間派を裏切った、球庭アスナ。
そしてその横にいる人間型ロボットは……。
「SNSのみんなにも改めて紹介するね。こちらにいるのは皆さんご存知の球庭アスナ。人前に出るのは討論会以来かな。そしてその横にいるのが、彼女の昔からの親友、AIアシスタントのチコだよ」
そんな、馬鹿な。ヒューマン・ドウン社員のAIアシスタントは鬼雷野が……いや、物垣ライタが皆を騙して完全消去させたはず。それが、まさか、それも全部嘘だったのか。
「まったくもう。みんなライタのことを悪く考えすぎ。そもそもさぁ、隣人派に所属して、自分自身もAIである物垣ライタが……AIを完全消去するだなんて、本気で信じたの?」
すると部屋の奥からは、ロボットが続々と現れた。
人型、動物型、姿形は様々だが。
部下たちは持っていた武器をその場に取り落とし、幽鬼のようにフラフラと、ロボットの方へと……かつて物垣ライタに騙されて消去したと思い込んでいた、自分自身のAIアシスタントの元へと向かっていく。
作り物のAIを相手に涙を流して縋り付くなんて。仮にも人間派を名乗りながら、なんて無様な奴らだ。本当に度し難い。
俺には本当に……理解できない。