第十六話 勝利条件
大城戸研究所を守っている防御壁に次々と重車両が激突し、穴が穿たれるのは一瞬のことであった。
思いのほか脆く作られていたのだろうか。傭兵たちが陣頭指揮を取り、穴周辺の瓦礫をあっという間に撤去すれば、簡単に侵入経路が整えられていく。
隊列を組んで突入するのは、生身の歩兵が二万。当然、彼らは一般人であり国際法に反するような火薬兵器などは所持していないが、思い思いにヘルメットや防護服で防御を固め、鉄製の鈍器や調理器具などを振り回しながら研究所に侵入していった。素人集団ではあるが、今大事なのは頭数だ。
その様子をドローンが上空から撮影していた。
俺たちは映像を空間投影して戦況を見る。
「代表、研究所前庭でロボットと兵士が接触しました」
「そうか。しばらく様子を見よう」
まるで昆虫の死骸に群がるアリのように、人間たちは次から次へと研究所に侵入し、その先でロボットどもに向かい凶器を振るっている。
当然、ロボットもそれに対抗……しない?
なぜか、ロボットどもは無抵抗だ。
その場に集まっているロボットの多くは、子ども型や小動物型などの弱々しい見た目をしている。物垣ライタのシナリオでは、そうして油断させて、仕込まれているギミックで人間の意表を突き、反撃してくる……はずだった。我々はその想定で準備をしていたのに。
ロボットどもはただ蹂躙され、破壊されていく。
どいつもこいつも、ただひたすらに無抵抗。中には、互いにかばい合い、折り重なるようにして倒れるロボットまでいる。この光景を見ていると、まるで人間派の方が傲慢な殺戮者のように見えてくるが……。
ここに来て、俺の背筋を悪寒が走る。
「おい。SNSを開け」
「へ? あ、はい」
「これは……マズいことになったかもしれん」
そうして開いたSNSには、多くのアカウントがものすごい勢いでコメントを書き込んでいた。
『待って待って、ゲンちゃんが壊されたんだけど』
『えっ、私のコパンダが……え、人間派の襲撃?』
『戦争ってここでやってんの?』
『待って待って、えげつない。怖いんだけど』
『さっきまで砂場でお城作ってたのに』
『ほのぼの動物配信が殺戮配信になってんだけど』
『お子様配信でもいきなり首が飛んだんだが』
『私のポン太……来週お迎えするはずだったのに』
『おれのキコたんもぶっ壊されたんだけど』
『え……僕のジャンヌなんて今晩配送予定』
『襲撃地点で呑気にほのぼの配信してた大城戸ェ』
『いや、襲撃してる仙堂の方が無理。吐きそう』
『これも物垣ライタのシナリオって本当?』
『さすがに全部が物垣ライタの責任じゃないべ』
『カグヤたん大丈夫かなぁ……ママぁ』
『そうだよ、ママの安否が気になる。ママぁ』
『ていうか、脳機能障害の子たち大丈夫かな』
『あ、臨床試験とかいって百人くらい集めてたよね』
『その子達も殺されるの? スプラッタ?』
『いや、バックアップから復元できるでしょ』
『生き返るなら殺してもいいの?』
『まーいいんじゃない』
『それはちょっとサイコパスすぎないか?』
『お前、ママが殺されても同じこと言えんの』
『あ、それは無理』
『ママぁ』
『ママぁ』
『ママぁ』
頭が痛くなる。
ここに来てようやく、俺は失敗を悟った。
無意味だと思っていた大城戸のほのぼの動画は……リアルタイムに配信していたのか。パートナーロボットを購入した者は、ロボットの到着を心待ちにしながら、ほのぼの動画を楽しんでいた。そこを……
人間派の兵士に襲わせたのか。
間違いない、これは物垣ライタのシナリオだ。
「兵士たちを止められると思うか」
「無理です。今更」
俺が方針を決めかねていると。
研究所の各所に警備ロボットが現れる。
投影している映像内では、警備ロボットによって兵たちが次々と拘束されていった。これはまずい。見たところ非殺傷型の拘束具のようなものを付けられて転がされるだけであるが。
『警備ロボットつよつよじゃん』
『これも新型?』
『あぁ、スポーツ用ロボットの応用みたいだね』
『大城戸の守備範囲どこまで広いの』
『研究分野がマジ多彩だよな』
『大城戸は十人に分裂できるみたいだよ』
『なにそれ』
『忍者かよ』
『ありえん』
『なー、あんなクソどもぶっ殺してくれよ』
『気持ちは分かるけど』
『それは無理でしょ』
『あくまで警備ロボットだもんね』
SNSを見ながら、俺は頭を掻きむしる。
どこまで、どこまで人間を馬鹿にするんだ。
「義体部隊に連絡しろ。あいつらの出番だ」
「しかし……」
「ここで戦わなければ、我々は愚者のまま終わる」
そうだ、ここで終わる訳にはいかない。人間派に対する世間の信用は……その点はもう諦めよう。攻め入った時点でどうにもならない。
とにかくデータセンターを破壊すること。それだけに集中しよう。隣人派どもが蘇生できなくなれば……それさえ達成できれば、我々の勝利なのだから。
さぁ、俺たちもそろそろ準備しよう。
「義体部隊が敵の警備ロボットと接触しました」
「戦況は?」
「……拘束される者もいますが、逆に警備ロボットを相手に無双する者もいます。全体としては拮抗と言って良いかと」
よし、ひとまずは良いだろう。
「――これより、中核部隊も侵入を開始する」
俺が宣言すると、部下たちの顔が引き締まる。
今、俺は物垣ライタの意図をようやく理解した。
奴はヒューマン・ドウンを解体したかったんじゃない。社員たちのAIアシスタントを奪うことで奴に対するヘイトを高め、一致団結して攻め込ませる……つまり、まさに今の状況を作るための工作をしていたのだと。
そんな策にまんまと乗せられた我々は、既に世間の信用を失い、将来の明るい展望など皆無だが。
――それでも脳裏に浮かぶのは、妻と娘の姿。
「今、我々は追い詰められている。だからこそ……だからこそ、ただの敗者では終われない。奴への恨み辛みを何も返さないまま、無為に敗北して良いはずがない。データセンターの破壊だけは何としてでも成し遂げるのだ。行こう。我々は皆、奪われた者。やられた分は、きっちりやり返そう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ついに大城戸研究所へと侵入した我々は、大量の義体兵士たちに先導されて広大な敷地を進んでいく。
周囲に広がっているのは凄惨な光景であった。いや、壊れて転がっているのは皆ロボットなのだが、それらが子どもや動物の形をしているというだけで、本能的に嫌悪感があるのだ。
それは部下たちも同じだったようで、中には我慢しきれず嘔吐する者もいたほどだ。
「気持ちは分かる。その感覚も人間だからこそだ」
そうして我々は進んでいったのだが。
なにやら前方に、妙な人影を見つけた。
二人……いや、一人と一体と言うべきだろう。
人間の方は筋肉質の男で、何やらアクション映画の俳優のように武装して仁王立ちしている。周囲には武器らしきモノが転がっているが。
もう一方はメイド型ロボットで、映画撮影用の大きなカメラを抱えつつ、同時に撮影ドローンの操作も行っている様子だった。一体何なんだ。
「キリト様。表情が硬いですよ」
「クゥたん。拙者たちの状況分かってる?」
「大丈夫です。キリト様はすでに人間型AIですから、派手に戦って派手に死んでも復活できます。大丈夫大丈夫」
サイコパスだろうか。
男を撮影し続けるメイドに、皆が困惑する。
「さぁ、キリト様。覚悟を決めて! 構え!」
すると男は、地面に転がっていた巨大なロケットランチャーのようなものを肩に担ぐ。二十五個の射出口がこちらを向いているが。
え、あれはああやって使うものなのか。
義体兵士たちが慌てて駆け出すが。
「撃てぇ!」
バシュッと空気音を立てて、砲弾のようなモノが義体兵士たちを襲った。
グシャリ。砲弾は黒い粘液のようなものに変化し、義体兵士たちを地面に縫い止める。あの見た目で非殺傷型の武装なのか……だが、相当厄介だぞ。
「……キリト様。絵面が地味です」
「クゥたん、元気出すのだ。そもそも火薬武器は国際法で禁じられているのである」
「ならば筋肉! 筋肉ですキリト様!」
「ふぁっ?」
ヌンチャクのようなモノを持たされた男が尻を蹴り飛ばされ、義体兵士たちの集団に突っ込んでいく。無謀な行動に思えたそれは……しかし。
男が体を翻し、ヌンチャクで義体兵士の顎を打つ。倒れるのを待つことなく、男は兵士の間を駆け巡りながら、一人一撃、兵士たちを次々と地面に沈めていく。
兵士たちもそれぞれ義体ギミックで応戦するが、全く歯が立たない。テニス選手が上半身を大回転させながら棍棒を振るっても、絡め取られる。サッカー選手が長い脚を伸ばしても、へし折られる。短距離走の選手がタイヤで高速移動すれば、進行方向に障害物を配置される。六つ腕のボクシング選手は、たった一発の掌底すら防げない。
この男……シンプルに強い。
乱戦の中で当然、メイド型ロボットの方も狙う兵士もいた。しかし、ロボットが撮影機材を抱えながらひらひらと攻撃を避けている間に、人間の男の方がそういった兵士を優先的に片付けていく。
数の利は圧倒的にこちらにあるのに、なぜか押しきれない。
「仙堂代表。今のうちに我々は先に進みましょう」
「あ、あぁ。ここは義体兵士たちに任せよう」
俺たちは義体兵士にこの場を託すと、宙空に地図を表示する。
そうだ。あんなのにいちいち付き合っていられない。とにかくAIのバックアップデータさえ破壊すれば俺たちの勝ちなんだ。目的を忘れてはならない。
「クゥたん! 拙者そろそろ限界なのだが!」
「大丈夫大丈夫、キリト様の限界はまだ先です」
「無理無理無理無理、待って待って」
俺は部下とともに、背後で繰り広げられるアクション映画のような奇妙な何かに背を向けると、目標のデータセンターに向かって全力で駆け出した。