第十五話 人間の力
――この世で最も美しいのは、人間の心である。
魔王城の前に集まった人間は約七万人。
正直、これほど多く集まるとは思わなかった。
彼ら彼女らは俺の配信動画を見て、国を超えて共に戦おうと立ち上がってくれた者たちである。もちろんその中には、単に暴れたいだけの者もいるだろう。どさくさにまぎれて略奪や凌辱を企んでいる者もいるかもしれない。賑やかしで参加している者もいるだろうし、隣人派のスパイだって混ざっていると思う。
しかし俺は、そういった人間の雑多な感情を愛したい。かつてナオが俺にそうしてくれたように、彼らを受け入れたいと思うのだ。
「ところで仙堂代表。こいつらのAIアシスタントは放置でいいのですか? スパイだという可能性も考慮が必要では」
「あぁ、そこは織り込み済みだ。少なからず隣人派の手の者が紛れているだろうが……だからこそ、作戦の中核を担う部隊はヒューマン・ドウンの社員のみで構成したのだから」
大きな流れの前に、AIなど些事である。
スパイが紛れていても構わない。どうせ重要な役割を任せるつもりはないのだ。潰しのきく駒として人間派の役に立てれば、こいつらも本望だろう。
「……代表、そろそろ食事の時間です」
「あぁ、分かった。すぐに向かおう」
そうして案内されるまま、俺は拠点を歩いていく。
恥も外聞もかなぐり捨てた俺は、父親に頭を下げて頼み込み、大城戸研究所に隣接する土地を購入して更地に変えた。そして世界中から集ってきた猛者たちをそこに集め、大規模な襲撃作戦を行おうとしているのが現状だ。
簡易的な天幕。
その中に入れば、数十人の視線が俺に突き刺さる。
『仙堂。食事の時間くらいは守ってくれないか』
「あぁ、待たせて悪かった。早速頂くとしよう」
ASBの翻訳アプリによって音声は自動変換される。
つまり現在の人類は、バベルの塔が崩壊する前の時代まで遡り、言葉の違いを意識することなく意志を伝え合うことができるようになったのだ。そして……そんな今だからこそ、人間の力を結集して戦うことができる。
食事を取りながら、今回の戦争のために集まった人間たちを思い浮かべる。
まず、生身の人間たちは最も多く、総勢六万五千人ほど。
しかし、そこには子ども、老人、貧弱な者、病気がちな者なども含まれている。直接的な戦力として数えられるのは二万人程度だろうか。
彼らは千人ずつ二十の部隊に分割して隊長を置いている。そしてその隊長たちを束ねるのが、今どき「傭兵団」なんて稼業で食っている荒くれ者の筋肉女ベローナである。
どうやら「暴動」と聞けば世界中どこへでも飛んでいき、阿鼻叫喚の地獄を作って荒稼ぎしているろくでもない女らしいが。
『仙堂。お前は戦争なんて初心者のド素人なんだろう。私らに任せてくれないかい? 何でもやるよ、金さえ貰えれば』
「……悪いな。一度隣人派に組織の深いところまで入り込まれているんだ。中核は確実に信頼できるものだけで固めたい」
『あいあい。まぁせいぜい頑張りな、坊っちゃん』
ベローナたち傭兵が取りまとめる二万の歩兵部隊は、悪い言い方をすれば消耗品だと思っている。これをAIどもに真正面からぶつけつつ、後続部隊のために露払いをさせる心積もりだ。
そして、歩兵部隊とは別に五千ほどいるのが義体兵の部隊である。
『仙堂。義体のメンテナンス要員が足りていない』
「分かった。整備知識のある者がいないか呼びかけよう」
『頼むぞ。俺らが存分に働くにはメンテが重要だからな』
彼らは義体アスリートとして肉体改造が施されており、その身に多種多様なギミックを仕込んでいる。今回はその突飛な能力を思う存分に発揮し、AIどもを殺しきるために暴れ回ってもらおうと思う。隣人派の厄介な戦闘ロボットを排除するために、大いに役立ってもらうつもりだ。
そして最後に、中核部隊が百人。
「代表。中核部隊の作戦について相談が」
「うむ。すぐに行こう」
中核部隊を構成するのは、ヒューマン・ドウンの社員から選抜された者たちである。特に物垣ライタによってAIアシスタントを奪われ、強い恨み持っている者を選び抜いた。我らの目標はデータセンターの破壊。それこそがこの戦争の勝利条件である。
もちろん、社員は戦闘なんて素人だ。
しかし今日までの準備期間で、我々は思いつく限りの装備を用意してきた。単純な戦闘力としてみれば義体部隊にも劣らないだろう。もちろん国際法に違反するような兵器の所持は不可能だが……隣人派が行っているように、スポーツギミックの技術を応用した兵器であれば、どうとでも言い訳はできるのだ。
さらに俺は、皆には秘密で、切り札となるギミックをひとつ用意している。
「仙堂代表。代表は後方でお待ちいただいても」
「いや、それはダメだ。この戦いに私が参戦しないわけにはいかない。私が偉そうにふんぞり返って、皆だけに戦わせることなんてできない……私たちは一蓮托生さ」
もちろん、そんな高尚なことを考えているわけがないがな。
今回は戦力となる者を全て投入して短期決戦を行うため、後方の拠点はどうしても守りが甘くなる。前線の方がまだ安全なのだ。というか、守るつもりすらない。AIどもが後方に攻めてきて非戦闘員を殺傷してくれれば、それはそれで人間派にとって美味しい展開になるのだから。
そう考えると、一番安全なのが突入組なのである。
「そういえば仙堂代表、隣人派ですが」
「何か動きがあったか」
「いえ、奴らは依然として静かです」
やはり、何もして来ないか。
それはそれで気味が悪いが。
実は戦力を集めている最中、隣人派の妨害工作なども想定して気を張っていたのだが。
奴らは不気味なほど何もしてこない。せいぜい配信で「ロボットをパートナーにしませんか?」といったほのぼの動画を垂れ流すくらいだった。子供型ロボットが砂場で城を作ってコンテストを行ったり、小動物型ロボットがひたすらじゃれあっていたり……そんな動画のどこに面白みがあるというのだろう。
俺には全く理解できないのだが……現在は世界中からパートナーロボットの購入予約が殺到しているらしい。いっそ狂気的だとすら思う。
これまでロボットといえば、あくまで作業機械という印象が強かった。ペットロボットも純粋な愛玩用であり、AIアシスタントのように日常生活のサポートをしてくれるわけではない。
しかし大城戸の提案する新しいロボットは、ASB内のAIアシスタントが現実世界で活動するための物理アバターとしての役割を持っている。つまりこれまで仮想世界でしか触れることの出来なかったAIアシスタントに、現実世界で触れることができると謳っているのだ。
そんなものの、何が魅力なのか。
実は一度、メイド忍者のキララを裸に剥いてみたのだが、その裸体は実に味気ないものだった。その皮膚に体温はなく、下半身はツルンとしていて穴の一つもない。胸の先端に触れても「ミサイル飛ばしますか?」と言ってくるポンコツぶりには、ただ萎えるだけだった。
いくら扇情的な姿をしていても、抱けないなら意味がないと俺は思うのだが……そんなパートナーロボットに人気が出るような世の中は、やはり何かが狂っているように思うのだ。
「仙堂代表。そろそろ時間です。よろしくお願いします」
社員からのそんな言葉に、俺はコクンと頷く。
そして俺は数万人の視線が集まる演台に登った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――さて、お集まりの諸君。まずは人類の未来のために立ち上がってくれたことに、感謝を伝えようと思う」
研究所に隣接する土地を買い取って作った拠点には、その胸に情熱を秘めた数万の人間たちが群れをなしていた。そんな中、俺は皆を鼓舞するために言葉を紡ぐ。
「諸君らは今も信じているだろうか。人間の心が生み出す尊さを。人間の生命が織り成す美しさを」
俺の言葉に応じるように、民衆はその目に希望を灯す。
「胸に手を当てて考えてみて欲しい。そこに熱はあるか。人間が人間であるために必要な、魂の情熱が、ちゃんとそこに灯っているか」
俺が自分の胸に手を当てると、民衆もその真似をする。
まるでそこに集まって人間全てが、一つの生き物になったように、同じ目的に向かって意識が高まっていくの感じる。
「AI自動生成は創作と言えるのか。否。断じて否」
その言葉に、民衆がどよめく。
「AIに心があるのか。否。断じて否」
ダンッ、と演台を踏みしめる。
そうやって自分の中の闘争心を滾らせていく。
「諸君らが今、胸に抱いている情熱は、科学で解き明かせるか? 技術で作り上げられるか? 工場で生産されたものか? 多少の金銭で売り買いできる製品と同じものなのか?」
俺の言葉に、会場全体から強い感情が湧き起こる。
「否。断じて否だ。人間諸君」
それは人間の、意志の力。
強烈な意思を持って、敵を打ち砕かんとする本能。
「行くぞ、人類の勇者たちよ。怒れ、抗え、立ち上がれ。人類の興亡はこの一戦で決まる。進め、進め、進め! 進撃せよ! 我々は人間だ!」
会場全体から力強い雄叫びが上がる。
そうして狂熱をその身に帯びた勇者たちは、醜い化け物たちの待ち受ける魔王城に向かって、行列をなして進みだした。