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今回もまた短いです
「……都……?」
(……遠くで誰かが呼んでる声がする。
もう朝……?)
「……こ、都、大丈夫か?」
(あれ、東途くんの声? 東途くんが起こしにくるわけないし……。まだ寝てるのかな、私。これ、夢の中?)
「夏苅さん、大丈夫? 具合悪い?」
(別の誰かの声……。あ、あれ?)
ふいに全身の力が抜けていく感覚がして体が崩れ落ちそうになるが、両腕の付け根をつかまれて支えられた。
「霊体化を強制解除した。とりあえず座って。気分悪い? どこか痛い?」
前にもこんなことがあった気がする、とボンヤリと思い出しながら、都は床にペタリと座らされた。
徐々に目の前が見えてくる。白衣姿の平野が、こちらの様子をうかがいながら横に浮かんだ光のキーボードを叩いて画面の表示を確認している。
文字やグラフの意味はよく分からないが、Natsukari Miyakoの文字と都の学籍番号だけは読み取れた。
下を向くと、座っている状態の自分の体が見える。ようやく届いた魔導学院の制服姿だ。
「あれ、私……。」
ようやく頭が働きだした都はキョロキョロと左右を確認する。
「大丈夫か? ずっと突っ立ってボーっとしてたから心配したぞ。」
灰色のローブ姿の東途がしゃがみ込んで都の顔をのぞき込む。
「え、うそ、居眠りしてた?!」
ここは実習棟。今は魔法学の実習中だったと都は思い出した。
「都は立ったまま寝れるのか?」
「え、そんなすごい特技あったの私?!
でも今それやる?!」
「夏苅さん、もしかして寝不足? 寮に入ってすぐじゃなくて、ちょっと慣れてきたころにホームシックになる人もいるから、そういうのかな?」
「いえ絶対ホームシックとかならないです。部屋に他の人がいるのが落ち着かなくて、最初はなかなか眠れなかったけど、今は割とちゃんと寝てます。」
ではなぜこんなことになったのか。
都は直前までのことを思い返してみた。
今は魔法学の実習の時間。前回の実習で初めて攻撃魔法の練習をして、今日は動く的に魔法を当てる練習だった。
前回の、ダーツの的のような止まっている目標に向かって撃ったときと違い、動く的に当てるのは少々難しかった。コツが分かってきたと思ったら的が動くのが段々と早くなり、また難しくなる。二人の横で、教師用のコンパネで平野が調節しているのだ。
今思い返すと、かなり焦って慌ててしまっていた。何度も外してますます焦って、そして――。
その後が思い出せない。
「平気です。先生、もう一回やりたいです。」
立ち上がって頭をグルッと回したり、手足を動かしたりしてみるが、どこにも異常はないし痛みもない。
都は手に持っていたフォーカスに軽く魔力を込めた。
制服がローブへと変化していき、同時にフォーカスが上下に伸びる。片方の端が小さな皿のような形状になっており、その上に握りこぶし大の球体がついた、キャスター用の長杖だ。
換装にもすっかり慣れた。
「じゃあ、再開するけど……。具合悪くなったらすぐに言うんだぞ?」
「はい。」
「では、始め。」
平野がキーボードを操作すると、数十メートル先の空間に、まず光の線がポリゴン状にフレームを描き、次いで表面が金属のような質感で覆われて、小型のロボットが出現した。
以前、都が家の近くで見た、多足の犬のようなロボットだ。ただし光学迷彩の効果はなく、ツルツルのステンレス程度に周囲の色が映るだけだ。
もちろん本物ではないし、実体もない。練習用のただの立体映像である。
それでも正直、嫌な思い出だし見た目も気味が悪いしであまり見たくはないのだが、将来魔導機構の魔導士になれば、これらのセカンドレルムから送り込まれてくるロボットを退治するのは大事な仕事の1つになる。
都は習ったとおり、長杖を両手でしっかりと持ち、球体を斜め前方へ向けて構えた。
まずは手に意識を集めて身体に満ちている魔力を集中させ、次にその魔力をフォーカスの先端のオーブに移動させる。
最初はそう習ったのだが、都はすぐに、直にオーブに魔力を集めることができるようになった。
半透明の球が強く光り出す。
都は、ゆっくりと歩き始めたロボットへと、杖の先端を向けた。
「ファイア。」
オーブと同じくらいの大きさの魔力の塊が飛び出し、ロボットに命中した。
ド真ん中に当たり、標的はバラバラに崩れて光の欠片となり、消えてゆく。
続いて出現したロボットも、都は即座に魔力弾を命中させた。
三体目以降は左右に歩くようになったが、問題なく消していく。
徐々に出現スピードと歩くスピードが速くなり、たまに端のほうに当ててしまい一部が金属状のまま残ってしまうが、それも二射目で確実に消すことができた。
(いい感じ。だいぶ上手くなったよね、私!)
十数体目のロボットは、前に向かってきた。前向きになったために的が小さくなるが、都は集中して一撃で当てた。
しかし、徐々にこちらに向かってくるスピードが上がると次第に外してしまう。
(集中集中。落ち着いて、よく狙って……!)
落ち着こうとすればするほど焦りが募る。
(外した! もう一回、早く!)
だが二射目もかすっただけで床に当たってしまった。
焦りで集中できず、次弾を撃つための魔力を集めるのに時間がかかってしまう。
(早くしないと、早く!)
撃てる状態になり狙いを定めようとするが、既にロボットは目の前に迫っていた。
頭の片隅で何かが思い出されて、都は思わずギュッと目を瞑ってしまった。
「…………。
……おーい、みーやーこー?」
「……。あっ!」
目を開くと、ロボットの姿は消えていた。
「夏苅さん、慌てる必要ないから。ただの練習だからね、失敗してもいいんだ。」
「はい……。」
「じゃあ、夏苅さんは少し休んでて。
夏苅君、次行こうか。」
「オッケー。」
東途がベルトからフォーカスを外し、長杖へと変化させる。
都と同じ、学院の練習用のものだが、学院で教えられる基本姿勢をまるで無視して片手で構える。
的のロボットが出現すると、長杖をまるで剣のように軽く振る。魔力弾が飛び出すのとほぼ同時に着弾し、的が光となり弾けた。
学院は、東途については彼が既に身に着けているやり方のままでOKとする方針らしかった。平野が言うには「今のままで十分に強いのに、無理に直そうとしてパフォーマンスが落ちたら誰の得にもならないだろう?」とのことだ。
校則といい、この学校は割と柔軟な方針のようだ。
(上手いなあ。東途くんFPSも強そう。私FPSもアクションもヘタだからなあ。長杖にオートエイム機能が付いてればいいのに……。)
徐々にスピードが上がり、やがてロボットは飛び跳ねるような走り方で自分のほうへ向かってくるようになったが、上下に動く狙いにくい的も東途は無駄なく一撃で仕留めていった。
「はい終了。夏苅君はファイターなのに、キャスター用の長杖も上手だね。」
「基本同じだからな。」
「同じなの?」
「うん。剣と長杖は形が違うだけだな。」
「そうなんだ。
ん、東途くんの見てたらなんとなくコツが分かった気がする。先生、もう一回やります!」
が、その結果。
残念ながら分かった気がしただけだったと判明した。
「みーやこー。目を閉じちゃダメだって。」
自分がまたしてもいつの間にか目を閉じてフリーズしていたことに気がついた都は、愕然としてその場にしゃがみ込んだ。
「これだけやってもダメってことは、やっぱり私、才能ないんじゃん……。
うん。知ってた。だって運動苦手だし足遅いしゲームでもアクション苦手なんだもん。魔法で戦うのだけ強いなんてそんな都合のいいこと、あるわけないよね……。」
床に向かってひとりでしゃべってしまうほどショックだった。
「今日は実習はここまでにしよう。
夏苅さん、そんなに落ち込まないで。才能とかそういうことではないと思うから。おそらく……。」
キーボードを叩く手を止めて、平野は少し難しい顔で都を見て言った。
「学院に来る前に、本物のこれに狙われたんだろう? 自分で意識はしていなくても、ショックが尾を引いているのかも知れない。」
「トラウマってやつですか……。
もしその自覚のないトラウマだったとして、それって治せるんですか? もしずっと直らなかったら?
それに、本当にさらわれたわけでもないのにいちいちトラウマになっちゃうんだったら、やっぱり私って戦闘で役に立たない人じゃん……。」
都のネガティブ方向への想像力が際限なく広がってゆく。
「いや、まだ中学二年生なのにそんなことまで心配しなくていいから。今は魔導具の使い方の練習してるだけだからね。戦い方の訓練なんてもっと後だから。
夏苅さん、今までの実習なんでもすぐにできるからすごく早いペースでカリキュラム進んでるし、すごく優秀だよ。だいたい皆もっと前の段階で何かしらつまづくからね。」
平野がフォローしているらしかったが、都の耳には全く届いていなかった。
(やっぱりね。そんなことだろうと思った!
もしかして私にはすごい才能があって、高校入ったら対抗戦で大活躍して、なんてちょっと想像してた自分がすっごい恥ずかしい! そんなことあるわけないのに私のバカ! すごいバカ!!)
「あんまり難しく考えるなよな。ただの慣れだと思うからさ。」
「うん……。」
授業が終わって教室へと戻る間に東途からも慰められたが、同い年だというのに実習の課題を軽々とクリアしてしまう彼に言われてもあまり心は晴れなかった。
放課後。
クラブ活動が終わった都は、学院指定のジャージ姿で寮への道をひとりで歩いていた。
クラブはダンス部を選んだ。スポーツは全般的に下手だが、ダンスは小学生のときに習っていたこともあり、割と好きだった。
ダンス部の活動は学院から少し離れたスポーツクラブで行われており、今はその帰り道だ。
途中入部のため、振り付けを覚えるのがまず大変で、必死で身体を動かす間は無心になれた。
部活の時間が終わったころには、それまで都の脳内のほぼ十割を占めていた魔法実習での出来事はかなり割合を下げており、今は先ほど習った曲の振り付けをリズムを刻みながら反すうしつつ歩いていた。
「失礼、魔導学院中等部、夏苅都さんですね?」
硬質な女性の声に、都は後ろを振り返った。
金モールに金ボタン、真っ白なローブ。
肩の長さで切り揃えられた髪は銀色。そして明るい褐色の肌。
スラリと背の高い女性が、背筋をピンと伸ばした姿勢で立っていた。
(か……っこいい!!)
都はかわいいのもカッコいいのもどちらも好きだった。もちろんキレイなのも大好きだ。
「セセンドール聖宝騎士団、チューラ・ロッホと申します。唐突なお願いで大変恐縮ですが、よろしければ少々お話しするお時間を頂戴したく存じます。」
右手を胸にあて、軽く頭を下げる。これがセカンドレルム風のお辞儀らしかった。
(セカンドレルムの人に話しかけられちゃった!!)
もうこの時点で都にとっては大事件だ。なにしろ本物を見たのさえ今回がまだ二度目だ。
(どうしよう。知らない人に話しかけられても相手しちゃダメだよね。
でもこの人、今ちゃんと名前を名乗ってたよね? ここ特別区だからニセモノは入れないだろうし、そもそもセカンドレルム人のフリして私を騙す理由ないよね?!
「大人の人には礼儀正しく」か、「知らない大人に話しかけられても相手するな」か、この場合はどっちを取ればいいの?!)
分岐条件の設定を間違えたプログラムのごとくフリーズしてしまった都に対し、相手の女性、チューラは視線を落としたまま静かに返事を待っている。
その姿がますます都の焦りを募らせた。
「あの、えっと、夕食の時間までに寮に帰らないといけないので……。」
「もちろんです。長くお引き留めはいたしません。」
逡巡している都の前に、突然光の渦が現れた。
チューラが素早くそちらに向きを変え、再び右手を胸にあてて礼をとる。
二本の渦は、手前が女性、その後ろが男性へと姿を変えた。どちらもチューラと同じ、豪華な純白のローブをまとっている。
「謹んでご紹介申し上げます。我が国の崇高なる女王陛下の御息女にして王家の誇り、ルウェイン・ジェナ・グラストーム王女殿下にございます。」
チューラの言葉に、都は今度こそ完全にフリーズした。
「本物の王女様に出会ったとき」という条件分岐を探して、頭の中が無限ループに陥ったのである。
挿絵は一部AI、一部手描きで作成しております。
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