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今回、かなり短いです

『国際魔導機構 歴史と沿革 概要その三』


フォッサマグナに出現した門の先に広がる異世界を、地球人類は「セカンドレルム」と呼称することにした。

そこは精霊と魔法が理の世界。地球の物理法則が通用しない未知の世界だった。


永遠に続く空に浮かぶのは惑星ではなく、浮遊大陸と無数の小さな浮島。ほとんどの場合、1つの島や大陸が1つの国家を構成している。


そのうちの1つ、セセンドール王国が築かれていた浮島の真上が、フォッサマグナの門の出口だった。


突如出現した門によって、様々な異世界の土地の一部がセカンドレルムの世界に転移し、浮島を形成する。それはセカンドレルムではしばしば起こる現象だった。


しかしセセンドールの場合、既に存在する浮島に重なる位置にフォッサマグナの土地が大規模に転移してきたために大きな被害が出た。

数度にわたる大地と大地の衝突により、王国のほぼ全域が損壊。犠牲者の中には騎士団を率いて国民の避難誘導にあたっていた国王と王太子も含まれていた。


隣国ベルミスル王国に避難した生き残りのセセンドール国民は、亡き王太子の妹王女を女王に戴き、門が安定し祖国の大地が安全になるまで待つこととなった。


一方、夫を失いルウェイン王太后と呼ばれるようになった王妃は、ただ待つことを良しとせず、地球のフォッサマグナ管理機構と接触。互いの協力を提案し、管理機構側もこれを了承。

管理機構の管理区域内に居留区が設けられ、少人数のセセンドール国民と共に地球に移り住むこととなった。




     *****




本部地区内、魔導機構本部ビル。

人事教育局局長サバンナ・ツァイは局長室の自分の机のモニターで報告書を読んでいた。

インターンの学生が書いた報告書の確認など本来は局長である自分の仕事ではないのだが、この案件は特別だった。

内線の呼び出し音が鳴り、ボタンを押すと、スピーカーから秘書の女性の「セセンドール聖宝騎士団デイン・トルオ様お見えです」と声が流れる。

「お通しして。」

ツァイは画面を消してて立ち上がり、客人を招き入れた。


「こんにちはー、局長。お忙しいところお時間いただきありがとうございます!」

金ボタンのベストにローブ。セセンドールの騎士団の制服姿の若者が、背筋を伸ばした姿勢で礼儀正しく挨拶するが、その口調は少々軽い。


デスクの前の応接セットのソファを示すと彼はソファの前に立つが、座ろうとはしない。

女性であるツァイが座るのを待っているのだ。

ツァイにとっては歴史ものの映画でしか見たことがないような古式ゆかしい彼らのマナーは、異世界の人間たちも地球と似ているのだととらえるべきか、違うととらえるべきなのか、何とも言えないところだった。

ただし彼の淡い青色の光沢を放つ銀の髪は、間違いなく地球人とは異質のものだ。


「さっそくなんですけど、前回のお話した件どうでした? お役に立ちました?」


人好きのする笑顔で尋ねてくるが、こちらの返事がイエスであることを彼は最初から確信していることを、ツェンはよく知っている。


「ええ。学院の開校以来、最高の魔力を持つ子供が見つかり、無事に中等部に転入しました。

そして初めて、セカンドレルムに誘拐された地球人の関係者である子供も。いただいた情報とアドバイス通りです。」

「それは良かった。」


これは駆け引きだ。


セセンドールの技術者は魔導技術大や魔導機構の研究所に何人もいる。地球の魔導技術のほとんどはセセンドール人からもたらされたもので、魔導機構は残念ながら未だ彼らの持つ技術と知識に追い付いていない。

当然、彼らが持つ魔法の知識と技術の全てをこちらに開示する気はないであろうことも予想はつく。

いつだって主導権はあちらにあるのだ。

そして、今こうやって自分たちの恩を確認した彼が次にどのような要求をしてくるかも、おおよその見当はついていた。


「高い魔力とレアスキルを持った魔導士の卵。訓練によってはもっと伸びますよ!

でも魔導機構には指導できる魔導士もノウハウもないでしょう。ウチに彼女の教育を任せてくれませんか?」

「……それで将来はセセンドールの魔導士にするおつもり?

いえ、それ以前にあの生徒はまだ14歳。日本の義務教育年齢です。今はきちんと地球の学校教育を受けさせるべきだというのが我々の考えです。

成長期の子供に、一日中霊体化させて魔法の訓練をさせるような教育は認められません。」

「そのルールのせいで、魔導機構が将来見込める戦力の損失になっても?」


コテンと首を傾けて、さも意外という風に聞いてくる。

大した役者だとツァイは内心ため息をつく。


「あなた方もご存知の通り……」


余計な考えを振り払って、ツァイははっきりと告げる。


「地球には七十億の人間がいるのです。魔導機構と魔法の存在がもっと広まれば、更に高い魔力や未知のスキルを持つ子供が見つかる可能性もあるでしょう。

ノウハウがないからとあなた方に丸投げしていては、いつまでたってもこちらにノウハウが蓄積されないままです。

ですので我々のほうには彼女をあなた方にお任せする必要性は見当たらないのですが……。

そちらには何かおありになる?」


営業スマイルで探りを入れてみる。


「そうですかー。残念だけど必要ないなら仕方ない。

地球は武力行使ではない方法で拉致被害者を救出する方針だというのは、聞いてますからね。

でも不思議だなあ。地球の歴史を勉強した感じだと、地球人って国と国で問題が起きたらすぐ戦争で解決しようとするイメージなんですけど。」


率直な疑問に、ツァイは思わず苦笑いで答えた。


「百年前ならその可能性もあったかも知れないわね。

地球人類も少しずつは進歩しているのです。

少なくとも私は、そう信じています。」

「分かりました。つまり大人になってからスカウトするならOKってことですね?」

「……それについては我々に禁止する権限はありません。

ああ、日本の成人年齢は二十歳ですから念の為。」


意外にもあっさり引き下がった若き異世界の使者は、来たときと同様に礼儀正しく退出していった。


「それではっ。皆様に精霊のお導きがありますように。」


あちらの独特の挨拶を述べて青年がドアの向こうへ消えると、ツァイはソファに沈んで深くため息をついた。


まるで、こちらだけ手札を全て表にして戦うポーカーのようだ。


人事教育局という、外交とは直接関係ないはずの部門のトップである自分がなぜセセンドールとの交渉窓口を務めているかといえば、局長級以上の人物で魔導士団所属を除くとツァイが最も魔力が高いからだ。


読心スキルは、相手のほうが魔力が高いと極端に読みにくくなる。極力情報の漏洩を抑えるためには、訓練を受けた魔力の高い人間が応対するのがベターだ。


(とはいえ、それも無駄な抵抗なのかも知れないけれど。)


彼らが、自分らが交渉を有利に進めるための知識を全てこちらに教えてくれているわけがないのだ。

地球ならまだ大学生くらいの若者を使いに送ってくるのも、彼が高い心理系スキルの持ち主だからであろうことは想像に難くない。きっと今回もまた、帰り際に秘書の女性やら若い職員やらに声をかけ、あの愛想を振りまいてはこまごまとした情報を持ち帰ってゆくのだろう。


多少の無力感を感じつつも頭を切り替えて立ち上がり、デスクで仕事を処理していると再び内線が来客を告げた。


「失礼します。」


入ってきたのは平野だ。いつもの白衣姿ではなく、今日は私服だ。

だいぶ緊張気味なのは無理もない。ただのインターンが局長に呼ばれるなど滅多にないことだ。


「報告書は読ませてもらいました。」

「はい。」

「引き続き頼みましたよ?」

「……えっ?!」


だいぶ大きな声で驚く彼に、淡々と指示を伝える。


「担当者を替えてくれと言われたわけではないのでしょう? ならば交代の必要はありません。」

「え……、それは……」


東途たちの担当の交代を告げられるために呼ばれたものと疑っていなかった彼はしばらく呆然としていたが、やがて控えめに反論を始めた。


「報告書に書いた通り、夏苅君はいつものことだと諦めてしまっているだけです。

夏苅さんのほうは、心理スキルで監視されていること自体を知らないはずです。後から『実はずっと監視されていた』と知ったら、自分にとどまらず学校や魔導機構への信用もなくなってしまいます。

この役目を引き受けたとき、二人が将来は魔導機構に入るよう取り計らうようと言われましたが、信用をなくせばそれは難しくなると思われますが。」

「ではどうすれば良いと?」


彼は難しい顔で少し考えてからゆっくりと答えた。


「……少なくとも、夏苅さんに真実を教えるべきでしょう。魔力が高いんですから、少し訓練するだけで心理系スキルにはほぼ対抗できるようになるはずです。」

「そうね。おそらく魔導機構の心理系スキル保持者の誰もかなわなくなるでしょう。

それで、そうなったら誰が彼女を監督するの?」

「スキルなど使わずに、一般の子供の教育に長けた方に担当になってもらえばいいと思います。でないといずれ真実を知ったときの反動のリスクが大きすぎます。」

「……あなたはなぜそこまで自分が嫌われる前提でいるの?」

「人の心の中を勝手に読める人間なんて、嫌がられて当然でしょう。」


自虐でもなんでもなく、ただの事実を述べるように平然と平野は言った。


「ではなぜ二人の担当を引き受けたの?」

「最初はただのチューターという話だったんです。

……この能力は、補習で勉強を教えるのには役に立ちます。勉強でつまづいている子供は自分が何が分からないかが分からず上手く説明もできないので、それをこちらから読み取ってあげることができるので。」

「なるほど。では今後もそのように。」

「……え?」


疑問を浮かべている平野に、教師のような口調で告げる。


「あなたの専門分野は何ですか?」

「え?

あ、大学では魔導技術教育を……。」

「そうですね。

今後の地球の魔導教育に必要なのは、特別な能力を持った生徒用の特別なカリキュラムです。

来年、あなたが正規職員になって担う業務がそれです。業務に活かせるよう、いまは二人の教育に励んでください。以上です。」

「……え、えっ?

ではあの、スキルのことを教える件は……?」

「任せます。あなたが責任者なのだから、必要に応じて判断してください。

他になにかありますか?」

「…………いえ、ありません……。」


若干、納得いかない様子で退出していく平野の後ろ姿を見送りながら、ツァイは再び、不公平なポーカーゲームのイメージを思い浮かべた。


セセンドールとは友好的に関係を築けてはいる。しかしいつまでも彼らに依存するわけにはいかない。あちらには当然、あちらの思惑があるはずなのだから。


異世界との外交と安全保障を担う次世代の人材を育成すること。それが人事教育局長である自分の役目だ。


先ほどまで訪れていたセセンドールの騎士、デイン・トルオは王家の血筋だという。まさにあちらの国の次世代を担う一人なのだろう。


「あの彼に対抗できてかつ対等の関係を築けるようになってもらわないと。

……なかなか大変そうだけど……。」


ツァイは窓の向こう、本部地区の隣に広がる特別居留区を眺めてつぶやいた。

挿絵は一部AI、一部手描きで作成しております。

誤字脱字のご指摘、ご感想など頂ければ嬉しいです


続きは明日、投稿予定です

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