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『国際魔導機構 歴史と沿革 概要その二』


大震災以降も、数年から十数年に一回ほどの頻度でフォッサマグナを震源とする小規模な地震が発生した。

そのたびに無人のはずの渓谷の方向から爆発や閃光が目撃され、世界中が「フォッサマグナの謎」を、あるときは真面目に、あるときは面白おかしく推理した。




世紀末も迫ったころ、フォッサマグナ管理機構による報道発表と記者会見が告知された。


「ようやくUFOだの地底人だのといった与太話ではない、まともな説明が聞ける。」


世の中のたいていの大人たちはそう考えた。


会見当日。

世界中の報道陣が集まった記者会見場にて、管理機構の職員がひとりの女性を紹介した。


明るい褐色の肌に、光沢を放つ銀色の髪。

セセンドールという国の王族だと名乗った彼女は、一般の地球人類が初めて目にした異世界人となった。




     *****




月曜日の朝、寮の自室で都は早めに支度を始めた。


「あ、それ前の学校の制服?」

「うん、まだ制服が間に合わなくって。私も早く魔導学院の制服着たいなあ。」


都はルームメイトの莉穂にそう答えながら彼女の服装を眺めた。

スクールワッペンのついたニットベストにプリーツスカート、ハイソックス。既に彼女の服装は万全だ。

なお、彼女の机の上には化粧水に乳液、美容液まで揃っており、スキンケアのほうも万全だ。今はホットビューラーでまつ毛の仕上げにかかっている。


地味な濃紺のブレザー姿の自分とはえらい違いだ。


「せっかく校則が自由な学校に来たんだし、もうちょっと女子力を上げたい……。」


都はボヤきながら、せめて髪型くらいはかわいくしようと、いつものハーフアップに水色の大きめのバレッタを留めた。


挿絵(By みてみん)


二人で寮を出ると、反対側の出入り口から男子生徒たちも出てくる。


学生寮は中等部と高等部が一緒だ。建物の片側が女子寮、もう片側が男子寮に分かれており、入り口から別々になっている。

都たちは中庭に面した柱廊を歩き、カフェテリアに入ってカウンターに並んだ。

今朝のメニューは卵焼きとポテトサラダ、スープ、カップのヨーグルト。

主食はロールパンかおにぎりを選べるようになっている。

都はパンの皿のほうをトレイに乗せて中等部の長テーブルへと移動しながら、高等部の生徒たちが座るテープルのほうに目を向けた。


「なに、都ちゃん、誰か探してるの?」


莉穂が興味シンシンな顔で尋ねてくる。


「探してるってほどじゃないんだけど……。ねえ、ラニ選手って寮生じゃないのかな?」

「なーんだ、男の子じゃなくてラニ先輩かあ。ファン多いよねえ。

ラニ先輩はお父さんが研究所に勤めてて、職員住宅から通ってるって聞いたことあるよ?」


若干ガッカリ気味に笑いながら莉穂が教えてくれた。


「そっかあ。この学校ってもしかして、親が魔導機構で働いてる子が多かったりするの?」

「中等部から入る子は割と多いね。だって普通の小学生が魔導学院受験して寮に入ろうって、普通あんまり思わないでしょ。」

「確かに。

てことは、親が魔力高いと子供にも遺伝するってこと?」

「あるみたいよー、それ。でも100パーじゃないみたいよ? 兄弟のうちひとりだけ魔力高くて他は普通っていうのが多いし。

だから都と夏苅君が一緒に転校してきたのはすごく目立ってるよ。」

「だよね目立つよね。しかも兄弟でもいとこでさえなくて、遠い親戚が二人同時っていのうのが珍しすぎるよね……。」


どうやら二人はこれから夏苅君と夏苅さんで呼び分けられることになりそうだった。

同じテーブルの少し離れた場所で他の男子生徒と一緒に座っている東途を見ると、おにぎりを両手でつかんで黙々と食べ進めているところだった。食べ慣れていないのか、たまにご飯がポロッと崩れて落ちたりして少々危なっかしい。


「で、やっぱり夏苅君は気になる存在なわけ?」


またしても都の視線の先を鋭くチェックした莉穂が探りを入れてくる。

都の脳内で警戒警報が鳴り響いた。


(これ、返答を間違えると後々まで響くヤツだ!)


小学生のとき、隣の席の男子と仲良くなってよく話しをしていたら、「夫婦だ!」などと周囲からさんざんからかわれるという嫌な経験をして以来、都は自分がウワサ話のネタにならないよう、常に注意を払ってきた。


こういう場合、考えられる中で「一番つまらない答え」を返すのが正解だ。

恥ずかしがって「えっ、違うよそんなんじゃないってば!!!」などとツンデレヒロイン的反応をするなど以ての外だ。卒業までずっとからかいのネタになりかねない。


今後の快適な学園生活のためには、初動が肝心だ。


(ちっとも! これっぽっちも! 1ミリも面白くない返事を! 考えるんだ頑張れ私!)


「ポロポロこぼすのは行儀悪くてちょっと気になるかな。でも別に口出しとかはしない。ウザい人になるの嫌だし。」


内心の動揺を隠し、平然と、恋愛とは一切無関係の返事をする。


「ふーん、都ちゃんはお姉さんポジションかあ。もし彼にかわいいカノジョができたら応援しちゃう?」

「それは考えたことなかったなあ……。」


正直、彼と出会ってから今まで怒涛の毎日で、そんなことまで考える余裕は全くなかった。

卵焼きに箸を突き刺し、串焼きのように食べている東途を眺めながら、都は必死に無難な返答を探した。


「どっちかっていうと、かわいいカノジョというより年上のお姉さまにかわいがられるタイプな気がする。」


砂色のフワフワの髪に大きな瞳。同学年の男子が並ぶ中でひと回り小柄な彼に対する率直な感想を述べると、莉穂は「あー、それは分かるなー」と応じた。


質問の答えになっていない答えだったが、どうやら納得してくれたようだ。

無事に関門を突破できた様子に、都は心の中で勝利を喜んだ。


一人はさすがに無理だったものの、二人部屋にしてもらえたのだ。唯一のルームメイトの莉穂とはこれから是非ともうまくやっていきたい。


ふと壁の時計を見ると、8時10分前だった。


(朝の8時から恋バナとか、すごいなあ寮生活って。やっぱり転校って勉強よりも人間関係のほうが大変そう。

あと四年以上もこんな生活なのかあ……。

でも、今さら家に帰れないし。将来の為にここで頑張らないと。)


自分で自分を励ます都だった。




「夏苅都です。よろしくお願いします。」


朝のホームルームで、さっそく転校生二人の紹介が行われた。


半分以上の生徒は既に寮生活で接しているが、それ以外の生徒とは初対面である。

都は緊張で心臓がドクドク鳴る音が実際に耳に聞こえてくるレベルだったが、東途にいきなりしゃべらせる不安は更に大きかったので、先に名乗ることにした。

お姉ちゃん育ちなので、こういうときに率先するのにはそこそこ慣れているのだ。


ペコリと小さくお辞儀してから、隣のラフなパーカー姿の東途に自己紹介を促す。

彼も制服が間に合わなかったらしい。


「夏苅東途です。よろしくお願いします。」

「夏苅君は、お父さんの仕事の都合でセカンドレルムで育ったそうです。日本の学校は初めてなので分からないことがいろいろあると思いますから、皆さん教えてあげて下さいね。」


(東途くんが普通に挨拶できたと思ったら、担任の先生がいきなりぶちまけた!)


当然ながら教室内はドヤドヤ騒がしくなった。

都はその話し声の中に「ベルミスル」という言葉を聞き取った。さすが魔導学院、みんなセカンドレルムに詳しいと感心しかけたが、「それなに?」という声も聞こえてきた。

生徒皆が詳しいわけではないようだ。


ベルミスルはフォッサマグナの門から通じている異世界の国のうちの1つで、魔導機構の唯一のセカンドレルム内拠点である駐ベルミスル事務所が置かれている。

ベルミスルとセセンドールは、セカンドレルム側の門の近くに位置し、地球と交流がある国家だ。


「皆さん知っているように、セカンドレルムのお仕事には守秘義務があります。あれこれ聞いたり、関係者以外の人に話したりしないように。」


シュヒギムという言葉は一般の中学生にはあまり馴染みがないように思われるが、ここの生徒たちは聞き慣れているようで、この言葉には特に反応は起きなかった。

魔導機構職員の子供も多いせいだろう。

教室の後ろのほうの自分の席に座り、クラス中の注目を集めている東途をそっと見る。

彼にはちょっと申し訳ないが、おかげで自分があまり注目されなくて済むのはありがたかった。


まだ少し騒がしい教室で、都と東途の学校生活一日目が始まった。




     *****




国際機関が設立した学校とはいえ、魔導学院中等部は日本の法律に基づいた日本の私立中学校であり、授業内容は基本的に日本の学校と同じだ。


一方、学院の建物のほうは周辺の緑に赤色の切妻屋根が映える、歴史のある欧米の学校のような雰囲気だ。正面に高等部の校舎があり、渡り廊下でつながった中等部校舎はひと回り小さい。一部の特別教室は中等部高等部で共用だ。

四角い中庭は屋根のある柱廊でぐるっと囲まれており、カフェテリア、学生寮、図書館、体育館、そして実習棟へと移動できるようになっている。


昼休みの終わった午後、都たち中等部二年生は実習棟に来ていた。

隣に建つ体育館と、大きさも外観もほぼ同じような建物だ。

渡り廊下から中に入り、階段を上がるとホールになっており、大きなモニターが壁にかかり、ベンチが並んでいた。

その先の長い廊下には間隔をあけて扉がいくつも並んでおり、201、202…と番号が書かれている。

反対側には管理室があり、一部ガラス張りで中のモニターや操作パネルが見える。

その隣、プレートに「魔法学準備室」と書かれているドアから教員とクラス委員が箱を持って出てきた。生徒たちは慣れた様子で箱の中から明るい灰色の棒状のものをひとり1つずつ手にする。


何をしていいか分からずにいると、「君たち二人はこっちだよ」と声がかかった。


「はじめまして、平野丈浩です。補助教員として夏苅君と夏苅さんの魔法実習を担当することになりました。どうぞよろしく。」


振り返ると、白衣にメガネの若い男性が優しそうな笑顔を向けていた。


週に二回の魔法学の授業。

それは、魔導学院中等部にとって唯一の魔導学院らしい授業だ。


他の生徒たちはいくつかのグループに分かれてそれぞれ別の扉へと向かっていった。


扉の向こうには、三校対抗戦の動画で見たようなバーチャル空間が広がっているのだろうか?


早く見てみたいという好奇心と自分についていけるのかという不安とを感じながら、都は目の前の教師に視線を向けた。


「あのう、よろしくお願いします……。」

「安心して。この学校は転校生が多いから、途中から魔法の練習始める生徒は多いんだ。それに高等部から入学する生徒のほうが多いから、中二から始めるのはむしろ早い方だからね。俺も高等部からの入学組だし。」


都の緊張が伝わったのか、励ましの言葉をかけられた。


「先生はこの学校の卒業生なんですか?」

「そうだよ。今は魔導技術大の大学院の二年。」

「大学生だったんですか。」


若そうだとは思ったが、本当に若いようだ。


「チューターとして夏苅君の自習の時間も担当するから、これからよろしく。」

「おお、じゃあ先生がアレか、魔導機構の人が言ってた、担当者?」

「そういうこと。」


話についていけない都に、東途が説明した。


「魔導機構の人から、オレの日本での生活の相談に乗ってくれる担当者を決めるって前に言われててさ。

だから都がいってたアレ、コセキ? コクセキ?? そういうのは先生に相談すればいいのかな?」

「えっ、そうなんですか、良かったあ。

心配してたんです、東途くん銀行口座ないし、スマホ契約とかするのに住所どうすればいいのか分からないし、健康保険? 保険証? とかもないからもし病気や怪我したときどうすればいいのか分からないし。」

「うんうん分かった、そのへんの諸々は後でまとめて相談しよう。

今はまず、魔法実習の授業だ。」

「はい。」


他の生徒がいなくなったベンチに並んで座り、授業が開始された。


「夏苅君は知っていることも多いだろうけど、地球の魔導機構の魔法を学んでもらう為に、二人一緒に最初から教えていくぞ。」

「うん。」

「ではまず、これの名称は分かるか?」


平野が箱から明るい灰色の棒状の道具を取り出す。先ほど他の生徒たちに配られたのと同じ物だ。

都が首をかしげている隣で東途が答えた。


「地球のフォーカス?」

「……ええと、魔導学院で教わるものは基本的に全部地球のものだから、テストに出たときは『地球の』は不要だな。『フォーカス』だけでいい。」

「りょーかい。」

「フォーカスは魔導士にとって最も重要な魔導具です。ひとことでいえば、魔法使いの杖です。

魔法を行使するときに自分の魔力を集める収束点であり、魔法を発動する起点にもなります。

これは魔導学院の生徒が使う、練習用のフォーカスです。

まずはこれを起動できるようになるのが、魔導士への第一歩になります。

手に持って自分の魔力を流せば起動できますが、まあ普通はいきなり『魔力を手に集めろ』と言われてもできないので、こちらで練習します。」


もう何度も同じ授業を行っているのであろう、慣れた様子で説明しつつ平野が先ほどの箱から15cm程度の長さの棒を二本取り出して二人にそれぞれ手渡した。大きさはフォーカスと同じくらいだか、こちらは色が半透明だ。


「練習用の魔導具です。魔力を通すと光ります。光るだけなので安心して練習できます。

で、魔力の集め方なんだけど、まずは手に持って……」


東途が手に取った魔導具が、ボワッとまぶしいほどに発光する。


「……うん、夏苅君は練習は不要だね。

じゃあ夏苅さん、利き手に持って、手に意識を集中して、魔導具が光るのをイメージしてみて。焦らずゆっくりでいいから。

鉄棒の逆上がりなんかと似たようなもので、いったんコツさえ掴めば後は簡単なんだけど、そのコツは理屈であれこれ説明するより自分で何度も練習して……」


都の右手の魔導具が発光を始めた。


「……。

もしかして前から練習してた?」

「えーと、いえ、こんなの見たのも触ったも初めてです。」

「すごいね。俺は高校のとき一週間くらいかかったのに。」


ウソは言っていない。確かにこの魔導具を見るのは初めてだった。

しかし都は東途から渡されたバングル型の魔導具を連絡用にとずっと身に着けている。

生まれて初めて手にする魔導具が楽しくて、つけたり外したり大きさを変えたりといじっているうちに、自然に魔導具の扱い方、そして魔力の込め方を身に着けていた。


「じゃあ次の項目。魔法を使う準備について。

魔導士が魔法を使う為に必要な条件が2つあります。

1つは、フォーカスを身に着けていること。もう1つが、霊体になっていること。

人間は、生身の身体のままでは魔法を使えません。魔法を使うには霊体化する必要があります。」


平野が説明しながらモニター横の小さな教卓に置かれた端末を叩くと、モニターに図と文字が表示される。

都たちも、自分の授業用タブレットで「魔法学:実習」のページを開いた。

魔法などというファンタジーな内容の授業をしている割に、かなり現代的だ。


挿絵(By みてみん)


「霊体化といっても、魂が抜けるわけでもないし、もちろん死ぬわけでもないので安心してください。生身の身体の外側を、自分の魔力で作った仮の身体で覆う仕組みです。この仮の身体を『換装体』と呼びます。

大きなダメージを受けたり魔力を使い尽くしてしまうと、換装体は消えて生身の身体に戻ります。

まあつまり、霊体化とは子供向けテレビ番組の『変身』みたいなものですね。

霊体化にもフォーカスを使います。」


平野が二人にそれぞれフォーカスを渡す。


「さっきのように、魔力をフォーカスに通してみてください。座ったままで安定した体勢で行うように。」

「スペルは?」


東途が訊ねる。


「必要ないよ。練習用フォーカスの換装体は一種類だから、生身の状態で魔力を通せば自動的に魔導学院の練習用ローブに換装します。」

「りょーかい。」


東途がフォーカスを軽く握ると、彼の姿が一瞬明るく光り、明るい灰色に白の縁取りが入ったローブ姿へと変化する。

一通り腕を上げたり前を引っ張ったりして納得したのか、都へと目を向けた。


(私の番かあ、緊張する……。

でも、『変身!』とか言わなくていいんだね、良かったあ。

思いっきり『変身!』って言ったのに失敗して何も起きなかったりしたらショックで寝込んじゃう……。)


そんな諸々の雑念をなんとか払いのけながら、右手で握った魔導具を見つめて意識を集中させてゆく。

急にフワッと浮き上がったような感覚がして驚くが、次の瞬間にはガクンと落ちる感じがして元に戻った。

反射的に閉じてしまった目をおそるおそる開くと、フォーカスをつかんでいる自分の右手がゆったりとしたローブの袖に変わっていた。

思わず立ち上がって自分の全身をあちこち見てみる。膝上の長さのローブに、濃い灰色のブーツ。一瞬で服装が変わっており、服のサイズは不思議とピッタリだ。


「すごい。魔法みたい……。」

「魔法だってば。」


お揃いの服装の東途がケラケラと笑いながら応じた。


「うん、大丈夫そうだね。では、慣れる為にこのまま授業続けるぞ。

ベルトにフォーカスを差すところがあるから、そこに固定して。

できたら、移動するからついてきてー。」


番号が書かれた扉の1つを開き、中へ入ると、正面にもう1つドアがあった。

左側にはカウンターがあり、その上の壁の一部はガラス張りでドアの先の部屋が見えるようになっている。床も壁も白い、奥行きのある広い部屋だ。

平野がカウンターの上の端末を操作すると、真っ白過ぎて距離感がつかめなかった奥の部屋が、体育館のような木製の床と壁へと瞬時に変化した。


「換装体には、あらかじめ身体能力強化、魔法防御、通信機能などが備わっています。

まずは換装体の身体を動かすことに慣れてください。

はい、では今から中で軽く一周ランニングー。」


挿絵(By みてみん)


ドアを開けて中に入ると、教室2つか3つ分くらいの広さがあり、天井も体育館と同じかそれ以上に高い。


言われた通りに壁に沿って軽く走ってみる。


(あれ、軽い、のかな…?)


軽く飛び跳ねるように走ってみただけで、一歩一歩が驚くほど長くなった。


(そっか、身体が軽くなったんじゃなくて、走力っていうか筋力が強くなってるんだ。)


試しにジャンプしてみる。

軽く飛んだだけで、余裕でダンクシュートできそうな高さだ。

あっという間に一周して戻ってきた。


「すごい。けど、元に戻ったときがコワい。この感覚で何か飛び越えようとして足引っ掛けてコケたりしそう。」

「そのへんは慣れだね。若いうちに訓練始めた方が慣れるのも早いから頑張って。

ということで、次はもう少しスピード上げてもう一周~。」


都は正直なところ走るのは嫌いなほうだったが、今は好奇心が勝っていた。どうやら体力も強化されているようで、今のところ全く疲れないし息も切れない。


(すごい、楽しい! 月面歩くのってこんな感じ?! このまま飛べそう!

……そういえば、動画に出てくる魔導学院の選手、空中飛んでたよね。

もしかして私も飛べる?!

……どうすれば飛べるんだろう?)


すっかり楽しくなってピョンピョン飛びながら、都は頭の中で先ほどまでに得た知識を組み合わせて予測を立て始める。


(えーと、集中して魔力を集めるって言ってたよね……。)


両足を揃えて軽く腰を落とし、身体をバネのように伸ばして地面を蹴る。

空を飛ぶ自分をイメージする。それは小さなころから何度も夢にみてきた光景だった。


「都っ?!」


焦りの混じった叫び声が、都の意識を空想の世界から現実へと引き戻した。

床がグングン遠ざかっていくのが見えた。


ドンッッ!


背中に何か打ち付けたような衝撃。

だがなぜか頭は無事だったようだ。


「バカッ、天井あるとこで思いっきり飛ぶな! 」

「……東途くん?!」


声は背中から伝わって来た。

後ろから都を包んでいたのは東途の腕だった。


一瞬の出来事過ぎて自分の状況が把握できていない都は、とりあえず東途のほうを振り返ろうと身体をよじった。

すると、途端に身体が重力に引かれて落下し始める。


「わああっ、急に魔力止めるな! 制御しろっ!」


内臓が浮くような嫌な感覚がした後、今度はお腹のあたりにグッと衝撃を感じて、ようやく都は状況を理解できた。

いま自分は、天井近くの空中で、ウエスト位置に回された東途の腕だけでプラーンと吊り下げられているのだ。


下を見ると、床がはるか遠い。落ちたら頭を強打して死にそうな高さだ。


(ど、どうしよう……。)


鉄棒で前回りしようとして失敗したときのような二つ折りの姿勢でぶら下がっていると、腕をつかまれてそっと引っ張られた。


「大丈夫、ゆっくり下ろすから、だから暴れないで、魔力も使わないでおとなしくしてて!」


焦りと悲壮感に溢れた声がすぐ横から聞こえた。


(先生だ!)


抱え上げられてようやく頭が身体よりも上になり、目の前の白衣に頭を乗せてギュッとしがみついた。


「うん、そのまま動かないでじっとしててお願いだから、もうすぐだから。」


やたらと動かないように強調されている気がしたが、たったいま自分がバカをやらかした自覚は十分にあったため、指の一本さえも動かさずにおとなしく待つ。


「はい、着いた。もう大丈夫。」


膝の下に床の感触を感じてホッと安心する。

背中を優しくポンポンと叩かれ、自分が目をギュッと閉じていたことに気づいてゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に白衣があった。

そっと頭を離しつつ、その上にある先生の顔を見上げる。


「はい、大丈夫、落ち着いて深呼吸。はい、吸ってー。」


まるで幼児をあやすような言葉だが、メガネの奥からまっすぐに向けられた目は真剣だ。

目の前に膝をつき、両腕をしっかりつかまれて身体を支えられている。

都はおとなしく言われた通りにすることにした。


「あの、先生、すみませんでした……。もう大丈夫です。」


三回ほど深呼吸をした後でおそるおそるそう言うと、平野はゆっくり腕を離してくれた。

やはりまた急に飛び出すことを警戒されていたようだ。


それ以上なにを言えばいいか分からくなった都は、ふと上を見上げた。

床に座った状態で見上げると、天井が一段と高く見えた。


「そうだ、東途くん!」


振り返って探すと、すぐ後ろに東途も座っていた。


「私、天井じゃなくて東途くんにぶつかったんだよね? ごめん大丈夫だった?」

「ああ、オレは別にへーき。」


微妙な顔で東途が答える。


「いやほんと、助かったよ夏苅君。俺じゃぜんっぜん間に合わなかった。さすがだよ、本当に良くやってくれた……、ありがとう……。」


床に両手をついた姿勢でガックリと頭をたれて平野が言う。


「あの……、もしかして私、死ぬところだった?」

「都の魔力量だったら、オレが間に入らなくても一撃死はしなかった思うよ。」

「死ななきゃいいってもんじゃないから! 最悪、俺が、失職するから!


……あ、違うからね、死なないからね! ダメージ入って換装がロストすると自動的にあっちに転移する仕組みだから! 安全だからね、心配しないで!」


先ほど入ってきたカウンターのある控室を指さして、平野が必死に説明する。


周囲が興奮していると逆に冷めてくる性質が作用したのか、すっかり落ち着いてきた都は、初めての魔法に浮かれまくって男性二人がかりで助けられたという己の失敗を理解して猛烈な恥ずかしさに襲われた。


「本当にご迷惑かけてしまってすみませんごめんなさい、まさかあんな風に飛ぶなんて思ってなくって……。」

「そう、なんで飛べたの?! ジャンプしただけじゃないよね? 上に向かって加速していたし。」

「うん、してたな。」


東途が同意する。


「え、私も分からないです……。」

「もし何も意図せずにあんな風に飛んでしまったなら、それはフォーカスの故障か設計ミスかってことになる。できれば直前のことをよく思い出して欲しいんだけど。」


そう真剣に聞かれてしまい、都は正直に話した。


「えっと、走りながら『もしかしたら飛ぶこともできるんじゃないか』って思いつきました。それで、ジャンプしながら飛んでる自分をイメージしたんです。そしたらそのまま……」

「……。

それで一発成功?」

「あれで成功なのか分からないけど……。」


自分がきちんと話さなかったせいで設計ミスだと疑われて不要な手間をかけることにでもなったらいたたまれない。

かなり恥ずかしかったが都は全て白状することにした。


「練習はしたことがあったかも。その……、夢の中で、何度も魔法で飛んだり飛ぶ練習したりしたので……。」

「…………。」


沈黙が流れた。


「夏苅さんって……」

「はい?」

「もしかして前世が賢者とか勇者とか悪役令嬢とかそういう系?」

「中学二年生が全員中二病って決めつけるのやめてください!!

っていうか、先生なんで悪役令嬢とか知ってるんですか、ラノベ読者ですか?!」

「アニメを観させられたことがある。」

「意外!」


調子が戻ってきた都は、ふうと息をついてから決意表明をした。


「ほんとすみません。これからは魔法の実習のときに勝手に飛びたいとかファイヤーボール撃ちたいとか絶対零度の冷気を出したいとか、そういう感じのこと絶対に考えないようにします!」


(二度とこんな恥ずかしい思いをしたくない!)


「うん、絶対やめて。正直、夏苅さんの魔力量だと、本気で暴れられたら俺じゃあ吹っ飛ばされるから……。」

「えっ、本当にファイヤーボール撃てるんですか?!」

「撃てるというか撃てないというか……。学院のフォーカスはあくまでシミュレーションだから実際に火は撃てないけど、放出した魔力が当たれば相手の換装にダメージ入るから。」

「あ、そっか。」


平野が手をスッと前に出すと、オレンジ色の光で描かれたモニターとキーボード状のインターフェースが空中に出現した。

光のキーボードをタッチして操作すると、床や壁が薄い黄緑色の大きなマス目状に変化した。


「本当なら、飛ぶ練習をするときはフロアをこのクッションフロアに変えるんだ。夏苅さんたちの授業はしばらくこっちにしよう。これなら少しくらいコケても大丈夫だから。ちょっと歩きにくいけど。」

「すごい……!」

「だろう? この実習室は見た目だけじゃなくて質感も変わるんだ。

実はこれ、床の材質が変わったわけじゃなくて自分の換装体のほうで……」

「パソコン画面が浮かんでる! SFみたい!」

「そっちかあ。

そっか、コンソール画面も見たこと無いのに飛べちゃうのかあ……。俺、高校のとき半月くらいかかったけどなあ……。」


ちょっと遠い目をしている先生に何と声をかけていいか分からず、都は無難に無言を貫いた。


「ええと、じゃあ、コンソールの使い方から先にやろうか。座ったままでできるしね。

ではまず、フォーカスを手に持って。」


床にペタリと座ったまま、ベルトに差していた魔導具を引き出す。


「魔力を通しながら『ウインドウ オープン』と言ってみてください。」

「ウインドウ オープン。」

「ウインドウ オープン。」


都と東途の目の前に、オレンジ色の画面とキーボードが浮かび上がった。

ノートPCをディスプレイとキーボードに切り離したくらいの大きさだ。


「画面の説明をします。

画面上がツールバーです。

右下がメンバーのステータス表示。一番上が自分で、次がチームリーダーです。今は先生がリーダーになっています。

左下がミニマップ。」

「すごくゲーム画面っぽくないですか?!!」

「うん、まあ、セカンドレルムの技術をベースに、魔導機構の地球人のエンジニアが地球人のために作ったシステムだからね。

分かりやすいほうがいいだろう?

はい、では次に、『フルスクリーン』と言ってみてください。魔力を通すのを忘れずに。」


指示通りにすると、上のモニター画面だけが大きくなりながら自分のほうへと近づいてきてピタッと止まった。

視界に大きな半透明のフレームが浮かぶ。


「頭を動かしてあちこち見てみてください。」


先ほどまでは中空で固定されていたコンソールが、VRゴーグルを装着した時のように頭の動きについてきた。


「ウインドウモードの画面は他人にも見えますが、フルスクリーンモードだと自分にしか見えません。

必要に応じて使い分けてください。」

「……すごい。これ本当に魔法? IT技術とかじゃなくって?!!」

「そうだなあ……。そもそも魔法と科学は違うのかとか、考えを突き詰めるともう哲学の範疇になりそうだ。

……それと夏苅さん、授業を楽しんでくれるのは先生としてはとても嬉しいんだけど、

お願いだから夢中になり過ぎてまた飛び出したりしないでくれよ?」

「本当にすみませんでした!」


風を切る勢いで頭を下げると、オレンジ色のフレームの内側に柔らかそうなクッションフロアが見えた。

挿絵は一部AI、一部手描きで作成しております。

今回は多くなりましたが、次からは1回につき1枚あるかないか、くらいに戻ります


誤字脱字のご指摘、ご感想など頂ければ嬉しいです


次は明日投稿予定です

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