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今回は短いです。
石蕗町はフォッサマグナの立ち入り禁止区域の入り口に位置する町で、魔導機構の本部が置かれている。
大震災で崩壊した山地を整地し、魔導機構が都市計画に基づいて開発した為、自転車レーンのある広い道路が走る、ゆったりと開けた街並みが山の中に広がっている。
町自体は誰でも出入り自由だが、関係者しか入れない区域が三箇所ある。
その1つが、魔導学院と魔導技術大学、学生寮や職員住宅がある大学地区だ。
初めて石蕗町にやってきた日、車の窓から新天地を見た都の第一印象は、「米軍キャンプっぽい」だった。
金網の向こうに、広い芝生の前庭のある白い住宅が並ぶ様子は、確かに米軍基地のような雰囲気だ。
ゲートを通って敷地内に入ると、左右にファストフードやコンビニなどの店が並んでいる。
敷地を出なくても、軽い買い物ならできそうだ。
交差点の標識には、直進すると大学、左に学院があると書かれており、左折するとすぐに校舎が見えてきた。
大学地区全体が塀で囲まれているためか、学校には校門など一切なく、広々とした敷地にいくつかの建物が並んでいる。
登校時間を過ぎると頑丈な校門がガッチリ閉ざされる日本の普通の学校とはだいぶ違う開放的な雰囲気だ。
期待と不安と緊張でいっぱいになりながら、都は車を下りた。
それが昨日のこと。
そして今、都は魔導技術大学の生協に、東途と一緒に来ていた。
二人にとって、明日の月曜日が転校初日だというのに、東途が筆記用具を一切持っていないことが判明したからだ。
「シャーペンはここだね。東途くん、どれにする?」
「んー、よくわかんないからどれでもいい。」
「……もしかして、シャーペン使ったことない感じ?」
「うん。」
「今日中にやらなきゃいけないことが倍速で増えていく……。」
東途と知り合って以来、都の「東途への質問リスト」は長くなる一方だった。
しかし急に転校が決まってバタバタしたこの数日はまとまった時間が取れず、昨日は転校の手続き諸々の後はルームメイトの後ろをひたすらついて回って一日終わってしまった。
なにしろ、どこに何があって何をしたら良いのか全く分からない、人生初の寮生活だ。
必要なことを覚えるだけで必死だっだ。
今日の朝食の後、東途とようやくゆっくり話すことができたのだ。
そう、東途は都より先に魔導学院の寮で暮らしていたのだ。
「太いのが書きやすいとか細いほうが書きやすいとか、普通は好みがあるんだけど……。じゃあ私が適当に一本選んじゃうよ?
色はどれがいい? 何色が好き?」
「好きな色? んー……。
黄緑色?」
「あ、シャルトルーズの色だね。」
「当たりー。あと、青もいいかな。」
「OK。じゃあ、赤と青のペンも買って、あとは油性ペンか。あ、油性ペンは私物に名前を書くとき用ね。
あとは消しゴムと……。」
一通りカゴに入れてレジへ持っていく。
「東途くん、お金は持ってきてるんだよね?」
「おう、あるぞ。」
東途がズボンのポケットからゴソゴソとお札を引っ張り出す。
「……もしかしてお財布ないの?」
「ない。」
「……。」
都は売り場へとUターンした。
(今のままだとお札ごと洗濯しちゃってぐちゃぐちゃになる未来しか見えない!)
ポケットに入れやすいサイズの、手ごろな価格のビニール製だがマジックテープではないサイフも無事購入して、二人は隣のカフェテリアに移動した。
大学の施設ではあるものの、このカフェテリア棟は出入り自由で学院の寮生や地区住民も普段から利用していると、事前にしっかり情報収集済みだ。
カウンターで二人分飲み物を買い、外のテーブル席に座って一息つく。
「あー、ようやくゆっくり話ができる……。
ほんと、大変だったんだよ、女子寮の子たちに東途くんのこといろいろ聞かれて。
まあ、名字が同じ親戚同士の男女が一緒に転校してきたら目立つし話題にもなるよね、分かるけどね……。しかも同学年だもんね。」
ずっと年下だと思って接していた東途が実は同じ14歳の中二だと知り、先ほど謝ったばかりであった。
「そっか、珍しいのか。そういえばオレも都のこと聞かれた気がする。」
「珍しいでしょ、もちろん。ねえ、そもそもなんで魔導学院に入ろうと思ったの? 私が教えるまで存在も知らなかったんだよね?」
「ああ、それはさ、」
炭酸飲料の入ったカップの蓋を外し、ストローで氷をつつきながら東途は答えた。
「都の話聞いて面白そうだなーって思ったから。オレ学校なんて行ったことなかったからさ。お金いらないのはラッキーだったな。」
「行ったことないんだ……。えっと、それは……。
……ところで、東途くんは氷好きなの?」
どこからどう聞こうか内心悩んでいた都は、カップを傾けて氷を口に流し込んでボリボリ食べ始めた東途を見てつい話をそらしてしまう。
「ん、どんな味するのかと思って。
……ただの水の味だな。」
「そりゃあね。こういうお店の飲み物に氷がいっぱい入ってるのは、ただのかさ増しだもん。」
「ふーん、つまり甘い飲み物より氷のほうが安いのか。贅沢だな。」
「……日本はお水が安い国だからね。中東とかの砂漠の国に行くと水よりガソリンのほうが安いらしいけど。」
「ガソリンってなに?」
「…………。」
14歳まで生きてきて、外食で氷入りの飲み物を飲んだことのない子供も、ガソリンを知らない子供も、滅多にいないはずだと都は思った。
「ガソリンは、車を走らせる為の燃料かな、主に。
ねえ、東途くん。地球のほとんどの国で、14歳でガソリン知らない子ってあんまりいないと思うんだよね。
……東途くんが、日本に来る前はどこにいたのか聞いていい?」
声を抑え気味に都がずっと聞きたかったことを尋ねると、東途はあっさり答えた。
「都たちがセカンドレルムって呼んでるとこから。」
「やっぱりかあー。
じゃあもう1つ聞いていい?
うちの親戚の夏苅さんは、両親のどっち?」
「父さん。」
「そうなんだ。じゃあ……、」
「ちなみに母さんはセカンドレルムの人。」
「……ねえ、それって気軽に言っていい話なの?!」
思わず突っ込んでしまった都に、東途はアハハと笑って答えた。
「そういえば、言っちゃ駄目って言われてた。」
「誰に?」
「魔導機構の人。」
「やっぱり。
っていうか、魔導機構にはそのあたり全部ちゃんと説明したわけね?」
「んー、だいたいは話したかな。」
「そっか、わかった、じゃあもうそのへんは聞かない……、あ、ごめんもう1つ聞いていい?
ご両親は、今どこにいるの?」
「父さんは二年前に死んだ。
母さんは最近。」
「……。」
ある程度、人に聞かせられないような話が出ることは予想していた。だから外の一番端のテーブルを選んで話を始めたのだ。
しかし、東途の生い立ちは都があれこれ想像していた中で最も重いほうのパターンだった。
(どうしよう、悪いこと言わせちゃった。
こういうとき、なんて言うんだっけ? ご冥福を、じゃないよね、えっと、えっと……。
ああダメだ分かんない。私ってやっぱりまだお子様だ……。)
東途にかける適切な言葉が思い浮かばない自分自身への無力感に沈みながら、とりあえず思いついた言葉で謝罪の気持ちだけは伝えることにした。
「あの、辛いこと思い出させちゃってごめんなさい。」
「いいよ、別に。都は親戚で身内なんだから、魔導機構がなんか言っても関係ない、なんでも聞いてよ。オレもいろいろ教えてもらってるんだしさ。」
本当に気にしていないのか、変わらない調子でまた氷をボリボリしながら東途はそう言った。
(先延ばしにするより、疑問はまとめて早く解決してしまったほうがいいかも知れない。)
自分の落ち込む気持ちはとりあえず横に置いて、都は質問を続けることにした。
「えっと、じゃあ、聞いちゃうね。
東途くんには、誰か他に親戚とか保護者とか、面倒見てくれる身内の大人はいるの?」
「いない。都たちだけ。」
「……だから日本に来たの? 生活のために?」
「んー、生活はあっちの世界でもできたよ、魔導士として戦ってお金稼げるし。
こっちに来たのは、父さんの希望だな。お前は日本に行けってずっと言われてたから。」
「……ねえ、やっぱりうちの両親に紹介しようか? 東途くんのお父さんのことも何か分かるかも知れないし。
母親は昨日もう帰っちゃったけど、今から電話だけでも話しておく?」
「なんで?」
「だって、14歳の子供が保護者いないと困るでしょ、いろいろと。」
疑問の表情を浮かべる東途を見ながら、いや絶対に何かあるはずだと都は頭を回転させた。
「例えばえっと……、お金とか。そういえばこっちのお金はどうしたの? まだ働けないんだから、お小遣いくれる人いないと困るでしょ?」
「ああ、それはシャルトルーズが…」
「あ、ごめんストップ。その先は言わなくていい、なんか聞かない方がいい気がする。」
手のひらから魔法の道具を出してみせた彼のことだ。なにか大っぴらに言えない手段で入手した予感がした。
この件は追及しないことにして、都は他の「保護者の大人がいないと困ること」を考えることにした。
「えっと、中学生だけで銀行口座って作れるんだっけ? あ、でもお金くれる保護者がいないなら必要ないのか……。
あれ、そういえば戸籍はどうなってるの? 国籍とか。」
「コセキってなに?」
「社会科の試験みたいになってきた。ううっ、ネット使えればすぐ検索するのに。キッズ用ケータイやっぱり不便……。
えっと、東途くんの故郷ではなんていうのかなあ……。市民権とか?」
「あー、だいたい分かった。日本ではそれないとどう困るの?」
「うーんと……。
籍がないと入籍できないから、つまり結婚できない?」
東途は微妙な表情を返した。
「うん、今のところあんまり必要ないね……。
ごめん、後でちゃんと調べておく。
それで、親のことはどうする?
お金のことだって、ずっとシャルトルーズさんに頼るわけにいかないでしょ? でも、働いてお給料もらえるようになるのはずっと先だよ?」
「んー、都は人のこといろいろ心配しすぎで心配になるな。」
腕を組み、難しい顔で東途が言った。
「オレの言ったこと、全部ウソだったらどうするんだ?」
「なんのために?」
都は軽く肩をすくめた。
「お金目当てで騙すんだったら、最初から私じゃなくて親のところへ行くでしょ。お金持ってるのは私じゃなくてうちの父親なんだから。」
「うーん……。」
東途は何やらまだ納得していない様子だったが、追及はしないようだ。
「日本での生活は魔導機構がなんとかしてくれるって言ってたからへーきだと思う。
もしダメだったら、あっちの世界へ戻って魔導士として暮らせばいいだけだしな。
……心配してくれて、ありがとうな。」
ヘヘッと笑って素直に礼を言う東途に、「こっちこそ、人さらいロボットから助けてくれてどうもありがとう。とちゃんと改めてお礼言わなきゃ! これくらいじゃ全然お返しになってないよ!」と内心では思っているのに素直に口に出せない。都は自分のコミュニケーション下手を内心で嘆きながら、つい話題を変えてしまう。
「えっと、他に何か聞きたいことある?」
「んー、今はもうないかな。たぶん学校の勉強始まったらなんか出てくるかもな。」
「……もしかして九九の暗記からやらなきゃなんない感じだったり?」
「お、九九なら知ってる。インイチガイチーってやつだろ?」
「良かった、日本の小学校の難関は履修してたー!」
都には以前、帰国子女のクライメートがいたので、外国からの転校生事情にはまあまあ詳しかった。
彼女は九九と漢字に苦労していた。
「じゃあ問題は漢字かあ。実は私も苦手なんだよね。
魔導機構に就職するんだし、もう漢字は諦めて英語に力いれちゃおっか……。
あと聞くことは何だったかな?
そうだ、シャルトルーズさんは今どうしてるの?」
「表に出ないことにした。ここには『視える』人が多いから。
でも、話は全部聞こえてる。」
東途が左手首を軽く振ってみせる。
今は長袖の下になっていて見えないが、そこに黄緑色のバングルがあることを都は知っていた。
「そっか。魔導学院が校則ゆるい学校で良かったよね。アクセサリー禁止だったらこれ困っちゃうもんね。」
都は自分の左手首のお揃いのバングルを眺めた。
他にもまだ疑問はあったが、もうじきお昼の時間なので話を切り上げて二人は寮へ戻ることにした。
これからは一日三食、学校のカフェテリアで食べる生活だ。
「午後はさっき買った筆記用具でノート取る練習ね。
あと、魔導機構の人には何をしゃべっちゃ駄目って言われたか教えて? 学校のみんなには、出身地とかどう説明するのか打ち合わせておかないと。
ああ、ほんとにやんなきゃいけないことが多すぎる……。」
「だから都は心配しすぎだって。」
当の本人である東途は、そう言ってアハハとのんきに笑うのだった。
挿絵は一部AI、一部手描きで作成しております。
細部はかなりいい加減です。あくまでイメージイラストということで……。
誤字脱字のご指摘、ご感想などいただければ嬉しいです。
続きは明日投稿予定です